25 何かオレンジのヤツ
(8)
皆がドン引きする中、妖狐の神楽坂文が続けて、
『――だから、言葉のとおりだ。ギンピギンピを食っても、フッ酸を飲んでも、身体を変形させる力を受けても、首輪爆弾でも死ななかったのだろ? ヤツは? そろそろ、水に1時間くらい漬けてても、大丈夫じゃね?』
と、電話の向こうの異界から、スピーカーモードで聞いてきた。
「「「大丈夫じゃね――? じゃ、ねぇよ」」」
「「しかも、何だよ? 漬けてって、漬物かよ?」」
ドン・ヨンファやキム・テヤンやら、ゴーグル・サングラス男などなどの、つっこむ声が重なる。
なお、カン・ロウンはツッコミ要員ではないので、
「……」
と、ポカン――として、傍観していたが。
ただ、そうは言っても、時間は過ぎゆくばかりであり、
「おいおい!! ふざけたこと抜かしやがって!! んな、悠長なこと言ってる場合じゃねぇんだ!! 何か、妖力か、妖具でも出してくれよ!!」
と、キム・テヤンが声を荒らげ、
「そ、そうだよ!!」
と、ドン・ヨンファが同調する。
その横からは、
「というよりも、この、妖狐ってのは、本当にソユンを助けてくれるのかよ!?」
と、ゴーグル・サングラスの男が、妖狐のことを半ば疑ってきた。
焦り、苛立ちを募らせる彼らに、
『ふむ。まあ、ちょっと、考えさせるのだ』
と、妖狐が言った。
「「「は――?」」」
キム・テヤンと、ゴーグル・サングラス男に、DJオイスターの声が重なる。
「考える、って……? 何を?」
ドン・ヨンファが、キョトンとしながら聞くと、
『いや、な――? 先ほど言ったように、賭博で負けたツケが溜まってしまってな。妖力が、けっこう、からっ空になりかけていてな』
「はぁ、」
と、ドン・ヨンファが相槌しつつ、
『――なので、何とか、すこしケチりたくてな』
「ケチりたい、って……」
と、露骨に妖力を「ケチりたい」と宣う妖狐に、軽く引きながら呆れにかかる。
そんな、拉致の開かない彼らに、
「ああッ!! ったく!! ムカつくヤツだな!!」
と、キム・テヤンが、痺れを切らしたように声を荒げながら、
「おいッ!! ヨンファ!! そのオッサンと、もっかいやってみろ!!」
「も、もう一回って、」
「そのオッサンて、な……。まあ、もう一回やっても、駄目なもんは駄目やと思うぜ」
と、ドン・ヨンファと美祢八は、やるように言われるものの、そんなノリ気ではなかった。
そのように、連絡はとれたものの、まさかの、妖狐は“何もする気ないモード”という状況。
30分など、ゆうに過ぎていた。
見かねて、カン・ロウンが、
「タヌ――、神楽坂さん? もう、ゆうに30分は経とうとしているんです 何とか、手を貸してくれないでしょうか? その、妖力が減少した状態で、申し訳ないのですが」
と、もう一度、何とか頼んでみる。
『ふ、む――?』
妖狐が、ふたたび、空を仰いで考える。
すると、その時
――ス、タッ……
とここで、活発な倶楽部――ではなく、快活な蟹こと、オレンジのセクシーな衣装に身を包んだDJこと、アクティブ・クラブが皆の前に出た。
そして、
「あっ――? そう言えば、私も、異能力……、使えるんだけど」
と、アクティブ・クラブの、まさかの発言に、
「「「「「は――?」」」」
と、ふたたびの再び、皆の、人間性を疑うときの「は?」の声が重なった。
何で、いま言った? 的な――
あるいは、「いや、何で? お前? それ、もっと早く言わなかったの?」と、先ほどの妖狐の発言以上に、ドン引きする空気が流れる。
…………、…………
と、シーン……とした沈黙が、しばらく続く。
今さら“それ”を言うとは、天然なのか? それとも、何かサイコ的なところでもあるのか――?
皆が、次のひと言を言いかねていると、
『――ほ、う? そしたら、やってみよ? 何か、オレンジのヤツ』
と、妖狐が言ってきた。
((((何かオレンジのヤツ、って……)))
皆の、心の声がそろう。
(((まあ、オレンジ色メインの衣装を着ているけど、ちょっと、直球すぎないか――))
と、いった具合に。
そうして、“何かオレンジのヤツ”こと、DJアクティブ・クラブが、“水の匣”へと近づく。
「……」
と、DJアクティブ・クラブの目が、変わる。
オレンジの、瞳――
少し広げながらも、下に垂らした腕。
その腕が、次の瞬間には、
――ジャッ!! キンッ――!!
と、1メートル以上はありそうな、大きな“ハサミ”と変化する!!
オレンジと黒の、何か複合素材のようなハサミ――
それを見て、
「う、うぉっ……!?」
と、DJ仲間の、オイスターが驚いて見せる。
「な、何だ? そのハサミは……?」
オイスターが聞くも、
「あ、あ……、これ、は、」
と、異能力で具現化した本人、DJオイスターは言葉をつまらせる。
まさかの、異能力を発動させることになるとは、本人も想定していなかったのだろう。
すると、
『ふむ? これは、“アレ”じゃなかろうか――? その、あらゆるものを――、万物を“切る”ことのできる、ハサミ的な』
と、妖狐が、アクティブ・クラブ本人に代わって答えた。
「あっ……、そ、そのとおりです! タヌキさん」
『タヌキじゃなくて、キツネだが、な。貴様も、わざとだろ』
妖狐は、またしてもタヌキ呼ばわりされつつも、もはや諦めの境地でつっこんだ。




