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【神楽坂】ゴシック・フォックス調査譚シリーズ 【水の匣】  作者: 山口友祐
第三章 襲来、水の匣

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20/34

20 オレンジ色まみれのDJアクティブ・クラブ




          (4)




 そうして――

 パク・ソユンが、“水の匣”に閉じ込められて、少なくとも3分以上は経っただろう。

 水の中で、溺れる危険のある中での3分間とは、長く感じる時間に違いないだろう。

 ただ、それを目の当たりにしている水の外の者にとっては、非情にも時間は刻一刻と流れていく。

 そんなふうに緊迫する空気の中、カン・ロウンたちや、パク・ソユンのDJ仲間たちは“水の匣”を前にして、思いもよらない壁にぶち当たっていた。


“それ”は、まさに、『壁』というべきか――?

 器などを持たず、ただ、水だけで立方体を形成しているはずの“水の匣”である。

 手をつっこんで、中へと入りこみ、そのまま泳いでパク・ソユンを救出しようと思った。

 その矢先のこと、何とあろうことか――?

“水の匣”の表面から返ってきたの、某硬いグミのような触感であり、容易に、その中に潜りこむことができなかったのだ――!!


 目の前の、“水の匣”の真ん中には、DJブースともに、パク・ソユンが意識を失いかけているのか――?

 それでも、美しく、眠れる姫のように佇んでいた。

 たった、数メートルの距離――

 それを前にして、

「くっ……!」

「ど、どうするか……、」

 と、皆が、立ち往生したようになっていた。

 そうした中、

「くそっ!! いったい、何だ!! この水は!!」

 と、パク・ソユンの仕事仲間のゴーグルサングラス男が、手を伸ばし、強引にも入ろうとした。

 すると、


「――ろっとぉ、下手に、触らんほうがええっちゃ」


 とここで、美祢八が、ゴーグルサングラス男の手を止めた。

「お、おい? 何を、」

 ゴーグルサングラスが、突然のことに、怪訝な顔をした。

 それは、彼だけでなく、

「あ”ん?」

 キム・テヤンと、

「え? 美祢、八?」

 と、ドン・ヨンファも同様の反応をする。

 そんな彼らに、

「まあ、こう見えて、の? 左官偽能アーティスっちゅう、水を、少しつかさどる程度の仕事をしてるから、のう? この、水、“ただの水”ではないだろう――」

 と、美祢八が話す。

「ただの、水じゃ、ない――?」

 DJオイスターが、聞く。


 横から、

「ああ……、たぶん、美祢八さんのいうとおりだ」

 と、カン・ロウンが、丸サングラスを光らせながら言った。

 美祢八が続けて、

「おうよ、ただの、水に見えながらも……、物理化学、やったっけ――? でいうところの、相の違う水の状態になっていての。誰か、詳しいの、おらんけ? 高圧、高温の状態では、水や氷が特殊な状態に変化するとか、あるやん」

「ああ? 超高圧で、硬くなったり、電気まで生じたりとか……、何か、動画にあったような」

 とここで、DJ・ACこと、オレンジ色まみれのDJアクティブ・クラブが答える。

「そ、そっ。何か、氷でも、水に沈むようになる、とか――」

 美祢八が、「そのとおり」と相槌する。

 

 またそこへ、キム・テヤンが、

「けっ、……! 何だ? そうすると、この、“水の匣”ってのの表面も、そんな状態になってんのかよ?」

「まあ、その可能性はあるやろ。さっき、触ったアンタとヨンファが、一番分かるやろ」

 と、美祢八。

 その、一連の話を聞いて、 

「な、なんだって、そんな水がっ!」

「く、くそっ!」

 と、DJオイスターとゴーグルサングラスが、声を荒げる。


 また、

「と、とりあえず何とかしてよ!!」

 と、仕事仲間の女と、

「そうだ!! もう、ソユンが閉じ込められてから5分以上は経ってる!! このままじゃ、溺れ死んでしまうぞ!!」

 と、ゴーグルサングラスが、カン・ロウンや美祢八たちに、手を打つように急かす。 

「ぐっ……!」

 カン・ロウンが、焦りに歯を食いしばり、

「ちっ……! そいつは、俺たちも分かってらぁ、」

 と、キム・テヤンが舌打ちしながらも、声を荒げるのを抑える。

 パク・ソユンは自分たちの仲間であり、彼らと同じか、それ以上に、何とかしなければという焦燥感があった。

 ただ同時に、


≪このパク・ソユンのことだから、ワンチャン、死なないんじゃないのか――?≫


 という、すこし不謹慎ながらも、共通した思いというか認識が、カン・ロウンとキム・テヤン、ドン・ヨンファの、SPY探偵団の三人の中にはあった。

 以前にか調査して事件の中でも、時に、“ギンピギンピの茶”やフッ酸を飲まされたり……

 また、ある時は、身体の内側と外側を“ひっくり返す”という“謎の念力”を受けても、肋骨にヒビが入るだけで済んだり……

 さらに、ある時は、首輪爆弾を爆発させられても、「ぽよ」と息を吐くだけで、とくに命に別状はなかったり――

 と、常人や、異能力者から見ても、『さすがに、これは死ぬだろう』というような、散々な目にあってきながらも、死ぬことのなかったパク・ソユンである。

 ゆえに、三人のメンバーがそう思うのも、無理はなかった。


 とはいえ、サイボーグのような異常な頑丈さ、耐久力のあるパク・ソユンとはいえ、水の中で溺れ死なないという保証はない。

 もう5分か、下手をすると、10分ちかく経っているかもしれない。

 なので、あまり悠長にすることはできない。

「み、美祢八の異能力でも、何とか、できないかい?」

 ふと、ドン・ヨンファが、美祢八に聞いてみた。

 そう――

 左官偽能アーティストなる、胡散くさい肩書を名乗る、る・美祢八であるが、いちおう、ドン・ヨンファたちと同様に、異能力を使えないこともない人間である。


 また、

「そ、そういえば……、以前、『黄色の壁』の茶室の事件を調査したときに、美祢八さん? “壁に入る能力”を、使ってましたよね?」

 と、カン・ロウンも思い出す。

 以前に、日本の東京で、一面に『黄色の壁』を要する、茶室というか庵というべき建物を調べたことがある。

 その建物に入った人間は、異界に連れていかれる――、あるいは、狂ってしまい、元に戻れなくなるなど、謎の噂があったわけである。

 まあ、そこで実際に、先に調べに行ったパク・ソユンとドン・ヨンファが、壁の化身とでもいうべき、“謎の翁”によって、“壁の向こうの異界”へとさらわれるのであるが。

 それを助けに、カン・ロウンと美祢八は、あとから調査に向かったのだが、その時に、“壁の向こうに異界”へと入っていくという異能力を、美祢八は発動してみせたのだ。

 ゆえに、その記憶から、この“水の匣”の面――、すなわち、“水の壁”を越えていけると思いついたのも、自然なことだろう。


 そんな期待を受けながらも、

「ま、まあ、そうやけど……、それと、これとは、違うぜ」

 と、美祢八は、「おいおい、待てよ」と言う。

 そうしている間にも、変化は起きる。

 水の壁の向こうの、水の匣の中では、


 ――ガ、クン……


 と、DJセットの前に、何とか凛として耐えていたパク・ソユンだったが、耐えかねて、力を失ったように見えた。

 その様子に、

「「「そっ、ソユン――!!」」」

 と、SPY探偵団の三人は、思わず声をそろえた。

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