20 オレンジ色まみれのDJアクティブ・クラブ
(4)
そうして――
パク・ソユンが、“水の匣”に閉じ込められて、少なくとも3分以上は経っただろう。
水の中で、溺れる危険のある中での3分間とは、長く感じる時間に違いないだろう。
ただ、それを目の当たりにしている水の外の者にとっては、非情にも時間は刻一刻と流れていく。
そんなふうに緊迫する空気の中、カン・ロウンたちや、パク・ソユンのDJ仲間たちは“水の匣”を前にして、思いもよらない壁にぶち当たっていた。
“それ”は、まさに、『壁』というべきか――?
器などを持たず、ただ、水だけで立方体を形成しているはずの“水の匣”である。
手をつっこんで、中へと入りこみ、そのまま泳いでパク・ソユンを救出しようと思った。
その矢先のこと、何とあろうことか――?
“水の匣”の表面から返ってきたの、某硬いグミのような触感であり、容易に、その中に潜りこむことができなかったのだ――!!
目の前の、“水の匣”の真ん中には、DJブースともに、パク・ソユンが意識を失いかけているのか――?
それでも、美しく、眠れる姫のように佇んでいた。
たった、数メートルの距離――
それを前にして、
「くっ……!」
「ど、どうするか……、」
と、皆が、立ち往生したようになっていた。
そうした中、
「くそっ!! いったい、何だ!! この水は!!」
と、パク・ソユンの仕事仲間のゴーグルサングラス男が、手を伸ばし、強引にも入ろうとした。
すると、
「――ろっとぉ、下手に、触らんほうがええっちゃ」
とここで、美祢八が、ゴーグルサングラス男の手を止めた。
「お、おい? 何を、」
ゴーグルサングラスが、突然のことに、怪訝な顔をした。
それは、彼だけでなく、
「あ”ん?」
キム・テヤンと、
「え? 美祢、八?」
と、ドン・ヨンファも同様の反応をする。
そんな彼らに、
「まあ、こう見えて、の? 左官偽能アーティスっちゅう、水を、少し司る程度の仕事をしてるから、のう? この、水、“ただの水”ではないだろう――」
と、美祢八が話す。
「ただの、水じゃ、ない――?」
DJオイスターが、聞く。
横から、
「ああ……、たぶん、美祢八さんのいうとおりだ」
と、カン・ロウンが、丸サングラスを光らせながら言った。
美祢八が続けて、
「おうよ、ただの、水に見えながらも……、物理化学、やったっけ――? でいうところの、相の違う水の状態になっていての。誰か、詳しいの、おらんけ? 高圧、高温の状態では、水や氷が特殊な状態に変化するとか、あるやん」
「ああ? 超高圧で、硬くなったり、電気まで生じたりとか……、何か、動画にあったような」
とここで、DJ・ACこと、オレンジ色まみれのDJアクティブ・クラブが答える。
「そ、そっ。何か、氷でも、水に沈むようになる、とか――」
美祢八が、「そのとおり」と相槌する。
またそこへ、キム・テヤンが、
「けっ、……! 何だ? そうすると、この、“水の匣”ってのの表面も、そんな状態になってんのかよ?」
「まあ、その可能性はあるやろ。さっき、触ったアンタとヨンファが、一番分かるやろ」
と、美祢八。
その、一連の話を聞いて、
「な、なんだって、そんな水がっ!」
「く、くそっ!」
と、DJオイスターとゴーグルサングラスが、声を荒げる。
また、
「と、とりあえず何とかしてよ!!」
と、仕事仲間の女と、
「そうだ!! もう、ソユンが閉じ込められてから5分以上は経ってる!! このままじゃ、溺れ死んでしまうぞ!!」
と、ゴーグルサングラスが、カン・ロウンや美祢八たちに、手を打つように急かす。
「ぐっ……!」
カン・ロウンが、焦りに歯を食いしばり、
「ちっ……! そいつは、俺たちも分かってらぁ、」
と、キム・テヤンが舌打ちしながらも、声を荒げるのを抑える。
パク・ソユンは自分たちの仲間であり、彼らと同じか、それ以上に、何とかしなければという焦燥感があった。
ただ同時に、
≪このパク・ソユンのことだから、ワンチャン、死なないんじゃないのか――?≫
という、すこし不謹慎ながらも、共通した思いというか認識が、カン・ロウンとキム・テヤン、ドン・ヨンファの、SPY探偵団の三人の中にはあった。
以前にか調査して事件の中でも、時に、“ギンピギンピの茶”やフッ酸を飲まされたり……
また、ある時は、身体の内側と外側を“ひっくり返す”という“謎の念力”を受けても、肋骨にヒビが入るだけで済んだり……
さらに、ある時は、首輪爆弾を爆発させられても、「ぽよ」と息を吐くだけで、とくに命に別状はなかったり――
と、常人や、異能力者から見ても、『さすがに、これは死ぬだろう』というような、散々な目にあってきながらも、死ぬことのなかったパク・ソユンである。
ゆえに、三人のメンバーがそう思うのも、無理はなかった。
とはいえ、サイボーグのような異常な頑丈さ、耐久力のあるパク・ソユンとはいえ、水の中で溺れ死なないという保証はない。
もう5分か、下手をすると、10分ちかく経っているかもしれない。
なので、あまり悠長にすることはできない。
「み、美祢八の異能力でも、何とか、できないかい?」
ふと、ドン・ヨンファが、美祢八に聞いてみた。
そう――
左官偽能アーティストなる、胡散くさい肩書を名乗る、る・美祢八であるが、いちおう、ドン・ヨンファたちと同様に、異能力を使えないこともない人間である。
また、
「そ、そういえば……、以前、『黄色の壁』の茶室の事件を調査したときに、美祢八さん? “壁に入る能力”を、使ってましたよね?」
と、カン・ロウンも思い出す。
以前に、日本の東京で、一面に『黄色の壁』を要する、茶室というか庵というべき建物を調べたことがある。
その建物に入った人間は、異界に連れていかれる――、あるいは、狂ってしまい、元に戻れなくなるなど、謎の噂があったわけである。
まあ、そこで実際に、先に調べに行ったパク・ソユンとドン・ヨンファが、壁の化身とでもいうべき、“謎の翁”によって、“壁の向こうの異界”へと攫われるのであるが。
それを助けに、カン・ロウンと美祢八は、あとから調査に向かったのだが、その時に、“壁の向こうに異界”へと入っていくという異能力を、美祢八は発動してみせたのだ。
ゆえに、その記憶から、この“水の匣”の面――、すなわち、“水の壁”を越えていけると思いついたのも、自然なことだろう。
そんな期待を受けながらも、
「ま、まあ、そうやけど……、それと、これとは、違うぜ」
と、美祢八は、「おいおい、待てよ」と言う。
そうしている間にも、変化は起きる。
水の壁の向こうの、水の匣の中では、
――ガ、クン……
と、DJセットの前に、何とか凛として耐えていたパク・ソユンだったが、耐えかねて、力を失ったように見えた。
その様子に、
「「「そっ、ソユン――!!」」」
と、SPY探偵団の三人は、思わず声をそろえた。




