19 まるで片栗粉を溶かした水の、ダイラタンシー実験にも似た感覚――、もしくは、ハリボー・グミのような、硬い感触
(3)
「ッ――!!」
と、パク・ソユンは目を見開いて反応する。
眼前には、
――ゴゴゴゴゴッ――!!!!!
と、襲いくる!! 動く水――!! 水のキューブの集合群!!
だが、パク・ソユンは“動くこと”はできない――!!
何故なら、先の、ヘッドホンからの謎の声により、この会場にいるオーディエンスたちが人質に取られているからであった。
そうして、
――ド、バァッー!!!!!
と、水のキューブが、まるでパク・ソユンを食らうのように包みこむ!!
「くっ――!!」
瞬く間に!! パク・ソユンはDJブースごと、“水の匣”に閉じ込められてしまう!!
様子を目の当たりにして、ステージの下では、
「お、おいっ!! 水が、ソユンのヤツを!!」
キム・テヤンと、
「ッ――!? そっ、ソユーンッ――!!」
と、ドン・ヨンファのふたりが叫んだ。
プールサイドから見上げても、パク・ソユンが閉じ込められているのは、一辺が6メートルほどはありそうな、大きな水の立方体――
まさしく、“水の匣”だった。
また、目まぐるしくも、壇上へと視点を戻して、
「うっ、ぐ……!!」
パク・ソユンは、思わず喉をおさえていた。
動くにも動けない、人質という条件――
そして、この水自体も、何か通常の水とは違い……、おいそれとは、動けそうもない“何か”がある。
粘度が高いのかだろうか? 何か、拘束するような感じがある。
このままでは、いくら潜水能力に秀でた人間であれ、溺れてしまうのは時間の問題だろう。
ふたたび、ステージの下の、プールサイドのほうへ――
「……」
と、静かに見る美祢八と、その横で、
「むぅ……!」
と、カン・ロウンが、思わず鬼気迫る表情になっていた。
「み、水の匣かッ――!?」
キム・テヤンが、思わず『水の匣』と言葉にし、
「ま、マズい!!」
と、ドン・ヨンファが叫ぶ。
その次の瞬間には、
「おいッ!! ステージに向かうぞ!! ロウン!! ヨンファ!!」
と、キム・テヤンが動いていた。
「ああ!!」
すぐさま、カン・ロウンが反応し、
「あっ、ああ!!」
と、ドン・ヨンファが遅ればせて答える。
そうして、先を急ぐキム・テヤンたちを追う形になりながらも、ドン・ヨンファは美祢八とス・ミンジュンの姿に気がついて、
「みっ、美祢八も来てくれ!! あと、ス・ミンジュンもッ!! この、動く水を、何とかできないか!?」
「おうよ」
美祢八がフランクに答え、
「わ、分かった! 動く水を操作しているシステムから、何とかしてみる」
と、ス・ミンジュンは、ステージの裏方へ向かった。
******
そうして、SPY探偵団の三人に、る・美祢八、そしてドン・ヨンファの友人のス・ミンジュンが、パク・ソユンの救出に、迅速に向かうこと。
ステージ上にて――
DJセットごと、美麗の、水着姿のDJ・SAWことパク・ソユンが、およそ一辺が六メートルほどの、水の匣の中に閉じ込められていた。
その様は、溺れゆくプリンセスのようにしながらも、まるでアート作品のように美しい何かがある。
まさに、ある種の、異様な光景――
そこへ、
――ドタドタ、ドタッ!!
と、カン・ロウンたちSPY探偵団の三人に、美祢八が壇上へと駆け寄ってきた。
「ハァ、ハァ!! そッ、ソユンーッ!!」
階段を上がって息が切れかけながら、まずドン・ヨンファが思わず叫んだ。
続いて、
「ちっ――!! ソユン!!」
舌打ちしながら、キム・テヤンが呼びかけ
「す、すぐ助けるぞ!! ソユン!!」
と、カン・ロウンが叫んだ。
さらに続けて、
「ソユン!!」
「なっ!? なんてこった!!」
と、パク・ソユンの仕事仲間の、ゴーグルサングラスと女のふたりも、慌てて壇上へと駆けつけた。
さらには、
「おぉいッ!! ソーウ!!」
「ソウちゃぁーん!! 大丈夫!?」
と、DJ仲間も駆けつける。
イケメンDJこと、DJオイスター。
さらに、黒髪に金色と、オレンジ色のメッシュの交じった髪に、赤めのオレンジ色を基調としたファッションの女DJこと、DJアクティブ・クラブなど。
ちなみに、クラブは『club』ではなく、蟹のほうの『crab』であるが。
韓国DJ界隈の、錚々(そうそう)たるメンツではあった。
「そっ!!ソユーンッ――!!」
ドン・ヨンファが叫びながら、水の匣のそばまで駆け寄り、
「くっ!! おいおい!! お前、泳げなかったのかよ!!」
と、同じくそばで、キム・テヤンが叫びながら“水の匣”を叩いてみせる。
まあ、記憶にするところ、大波のサーフィンのプロモーション動画を撮っていたくらいであり、充分に水泳能力のあることは分かっている。
ゆえに、何らかの理由で、パク・ソユンがこうなっているのは分かってはいるのだが。
それはさておき、ドン・ヨンファと、キム・テヤンは水の匣へと手を伸ばし、中に入ろうとし、助けようとする。
だが、その時、
――ゴッ、ワンッ――!!
と、無色透明な、澄んだ“水”から返ってきたのは、まるで片栗粉を溶かした水の、ダイラタンシー実験にも似た感覚――、もしくは、ハリボー・グミのような、硬い感触だった。
そして、“そんなこと”など予期せずに、“水の壁”に手をつっこもうとしたものだから、
「ア、ウチィッ――!!」
と、ドン・ヨンファが痛みと驚きに、「アウチ!」との、アメリカン・スタイルの叫び声を上げる。
それを、寸前で気がついたのか、
「おぅっ、とぉ――!!」
と、キム・テヤンのほうは、最小限のダメージで回避した。
そんな、ドン・ヨンファとキム・テヤンの様子を見て、
「ど、どうしたんですッ!?」
と、イケメンのDJオイスターと、
「だ、大丈夫!?」
と、オレンジの女DJ、アクティブ・クラブが心配して寄りそったところ、
「かっ、硬いッ――!!」
ドン・ヨンファは思わず、そう叫んで答えた。
「「「「かっ、硬い――、だって!?」」」」
何人かの、驚く声が重なる。
まあ、目の前の“水の匣”であるが、立方体という形をもっているのだが、何かの容器に入れられているわけではない。
ゆえに、もし触って手をつっこんでみれば、水の触感そのものが返ってくるだろうと予想していたところ、それは違っていた。
皆が驚くのも、無理もない。
ドン・ヨンファと同じく、
「ああ……、その、“動く水”って代物の力なのか? 手を入れようとしても、よぅ? 何か、硬くて、入んねぇんだ」
キム・テヤンも、そう言った。
「なっ、何だって……」
カン・ロウンが言い、
「そんな、馬鹿な、」
と、ゴーグルサングラスが、「信じられない」との顔をした。




