12 まるで、グレイグーのようにして、世界中に在るあらゆる水という水を、ポリウォータへと化して
「そんで? その、ポリウォータけ? ――の夢も、ゆく川の水のように、儚くも消えてしまったわけやね」
美祢八が、言った。
「ゆく川の流れ、か……」
ドン・ヨンファが、聞いたことある日本のフレーズに、すこし反応する。
その横で、
「夢踊るような、ニュースだったからね。まあ、もしも、実際にポリウォータが存在するとしたら……、その、ポリウォータの状態が、水にとって安定なものであるとすれば……、まるで、グレイグーのようにして、世界中に在るあらゆる水という水を、ポリウォータへと化してしまうだろう――、という反論もありましてね」
「おおっ! グレイ、グーけ」
と、ス・ミンジュンの言った『グレイ・グー』の単語に、美祢八が反応する。
「ただ、幸運なことに、ですね……、そうなる心配は、ありません」
「ん? そうなんけ?」
「ええ。結論を申しますと、この、ポリウォータの研究の騒動ですね……、観測された異常な水の性質というのは、結局は、『不純物が悪さをしている』ということが分かったのです」
「まあ、ベタっちゃ、ベタな展開やね」
適当な相づちをする美祢八に、
「ええ。当時の実験の技術は、急速に発展しているとはいえ、途上段階でしたからね。どうしても、思わぬ不純物の混入だったり……、混入しても、なかなか気がつかなかった、ってこともあったのでしょうね」
と、ス・ミンジュンが答える。
またそこへ、
「すると、さ? ミンジュン? 逆に言えば、何か、微量の物質をうまい具合に混和させることで、ポリウォータに類似したものができるって可能性は、ないわけかい?」
ドン・ヨンファが気になって、ス・ミンジュン友人に聞いてみた。
「何も、純粋に、水にこだわらなくても、ね」
と、つけ加えながら。
「そう、だねぇ……」
相づちをして、ス・ミンジュンが答えようとするが、“それ”よりも先に、
「――また、そうした研究、技術開発を積み重ねて行けば、さ? 何らかの原材料だったり、エネルギー貯蔵手段、また、分子レベルのデバイスへの応用技術とかも、花開くんじゃないかって?」
と、ドン・ヨンファが少し、夢を語るように先走って話した。
それを聞いて、
「そうすっと、今回の、動く水――ってのは、ヨンファの言うような応用の、最前線にいるっちゅうことけ?」
と、強引にまとめる美祢八に、
「ええ、そのとおりです」
と、ス・ミンジュンが頷いた。
また、続けて、
「“水”自体を、ですね……、計算機械、自己組織化する機械と化すことで、多くの、応用の可能性がありますね」
ス・ミンジュンが答え、
「ああ? あと……、その、動く水を媒質としたら、貴方の扱う分野の――、左官的アートにも、利用できますよね? 美祢八さん?」
と、美祢八に振った。
「うん」
とは、美祢八。
その返事を聞きつつ、
「……」
「……」
ドン・ヨンファとス・ミンジュンは、一瞬、フリーズしながら、
「「『うん』って、ちょい軽い返事だな……」」
と、軽くシュールな気分で、つっこんだ。
この美祢八というのは、面倒な説明などを、シレッと人に丸投げさせるタイプの人間に違いない。