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第2話 後継者問題

 外れかけていた令嬢の仮面を被ったまま優雅に振り返ると、そこには丸々太った豚のような貴婦人と青年が並んでいた。


 よくよく見れば高級なドレスに身を纏い、大粒の宝石を付けた指輪を両手にはめている叔母ジェニーと、紺のジャケットのボタンがはち切れそうな体型の従兄デニスが立っていた。


(ああ……一番会いたくない人たちに捕まるなんて……)


 ウンザリした気持ちになるが、令嬢らしく笑顔を貼り付けて対応する。


「急いでいるのですが何か――ご用でしょうか、叔母様?」

「何か、じゃないでしょう! 断りもなく勝手に部屋を出るなんて何を考えているの!? いくら王族と婚約していても、貴女はナイトメア家元当主の一人娘だったのよ。我が一族の今後のためにもっと貢献しようと思わないの!?」


 叔母ジェニー・オクレール男爵夫人。父の妹であり、一族の中でも強欲かつ金銭感覚がおかしな人の一人だ。常に自分中心に世界が動いていると信じて疑わず、母との結婚を最後まで反対した一人でもある。


(お父様に何度も援助を頼んで、断られていたことを根に持っているのかしら?)

「母様の言うとおりだぞっ! 時期当主のことについて本当に何も知らないのか!?」

「まあ、さすがデニスちゃん。格好いいわ!」


 隣に立っている従兄は、脂ぎった骨付き肉を獣のように豪快に食べている。

 この従兄に貴族としての礼節やらマナーは皆無のようだ。令嬢の仮面を被っている私が馬鹿みたいに思えてくる。


 しかしそんな場合ではない。

 すでに両脇に控えているクラウスとロルフが、眼前の二人を排除しかねない殺気を出しているのだ。背筋に冷や汗が流れ落ちる。


「(こんな所で流血沙汰はまずい。証拠隠滅も難しいし、親族にまた囲まれるのも絶対に嫌!)……何も聞いていませんよ。私は父との思い出のある屋敷に戻りたいので、失礼します」

「イリーナ!」

「お前、本当は叔父上の指輪を渡されているんじゃないか?」

「──っ」


 当主の指輪。

 それこそが伯爵家当主の証でもある。

 しかしそれはこの土地神によって手渡されるもので、父が死亡したときに指輪は行方不明になっていた。


(その指輪がないから、クラウスは──っ)

「黙っていないで何とか言ったらどうなの!?」

「……あれは土地神様に返却されたので、私は持っておりません」

「そんなのは迷信だろう!」

「そうよ、デニスちゃんの言うとおり。……貴女が隠し持っているんじゃ無くって?」


「違います」と何度言っても信じてくれない。

 平行線だ。面倒になった私は踵を返して歩き出す。


「私は存じません。……では、ごきげんよう」

「もしお前が当主の座を狙っているのだとしたら、私の可愛い可愛い息子のデニスちゃんに譲るのよ! いいわね!」


 屋敷の外に出た途端、素早く馬車に乗り込んだ。

 クラウスが同乗し、ロルフは馬に騎乗して護衛として付いてくる。金髪碧眼の偉丈夫が騎乗する姿は絵になるものだ。

 騎士服のロルフが騎乗する姿は、すさんだ心を幾分か癒してくれた。


(ああ……これであと数分は持つ……)


 本来なら嵐の中での移動は自殺行為に等しいだろうが、父の代から引き継がれた八本の足の駿馬に、鉄の槍でもびくともしない特注の馬車はどんな悪天候であっても影響しない。


 馬車が動き出して数分後。

 限界が来た私は両手で顔を覆い、盛大に溜息を吐いた。


「はああああああああああああああああああああああああああああああーーー」

「お嬢様、屋敷までまだありますよ?」

「もう無理! ムリムリムリムリーーーー」

「まったく、そういう所はまったくおわかりないようで」

「うぐっ、クラウスの意地悪……」


 令嬢の仮面は砕け散り、十六歳の顔が表に出てきてしまう。クラウスは微苦笑しつつ窘めるが、いつもより存在が儚げだ。


 黒紫色の長い髪を一つに結っており、アメジスト色の双眸は宝石よりも美しい。外見は二十代前半の知的で美しい青年だが、今は存在が不安定というか体が透けている。


 クラウスはこの土地に縛られている魔族らしいが、初代ナイトメア当主との約束を叶えるまで代々執事職に就いている。

 それでも代替わりをする度に《約束事》が薄れて存在があやふやになりつつあるとかで、すぐにでも伯爵当主を継がなければクラウスは消えてしまうのだ。

 また私の大切な家族が欠けてしまうかも知らないのに、私はあまりにも無力だった。


 クラウス。

 ずっと好きだった初恋の相手。

 王都に向かう際、淡い想いに蓋をしたのに、また気持ちと共に弱い私が全面的に出てしまうなんて令嬢失格だ。


 素敵な令嬢はいつも笑顔で、可愛い物と、甘い御菓子、楽しいお話を知っている愛らしい──真昼のような温かさを持つ。

 そんな令嬢に憧れたけれど、私は泣き虫で、人見知りを克服しようとしたけれど駄目だった。


 王都で伯爵令嬢らしい振る舞いが身に付けば、クラウスに意識してもらえるかと思ったけれど、結局彼の前だと素の自分に戻ってしまうのだ。

 なんて残念な性分なのだろう。


「ああ……お父様、どうしてこのタイミングで亡くなってしまったの……。私が次期当主にならなければクラウス、ロルフ、ハンス、ヨハンナ、ウーテ、ロベルト、ミー、チャムたちが路頭に迷うだろうし、でもでも……私が領主なんて……ムリムリムリムリ……。考えるだけでも胃がキリキリするぅうう」

「あはは、万華鏡のようにお嬢様の表情はよく変わりますね」

「クラウスが呑気すぎるのよ!」


 ハラハラと涙をこぼして、ウジウジめそめそと涙をこぼす。

 これが素の私なのだ。

 優柔不断で押しに弱くて泣き虫で「デモデモダッテ」が口癖のネガティブ思考。


 貴族の令嬢としてそれでは生きていけないので、オンオフで人格を切り替えることでなんとか立ち回っている。もっともクラウスたちのフォローなどがあってこそだ。

 そんな自分が前世の時から大嫌いだった。


「もう嫌ぁあ……。ふかふかのベッドに横になりながら三度寝する生活をしたい……。美味しいものを食べて、読書や趣味の時間を満喫するのぉーーー」

「では次期当主試練はやめますか?」

()()()()()


 きっぱりと答えた。

 素の私は優柔不断でダメダメだけれど、それでも大切な家族を守るなら、ならそんなことを言っている場合じゃない。

 クラウスが消えてしまうことだけは、避けなければならない。

 例え私の思いが届かなくても、居なくなってほしくはないのだ。


「しかしそうなると伯爵家を継ぐのですから、王子との婚約を白紙に戻してもいいのですか?」

「いいわ。……どうせ形だけのものだもの」


 物語のような恋に憧れたけれど、私には無理だったのだ。

 足の引っ張り合いする社交界、ゴシップが大好きで虎視眈々と獲物を狙う令嬢と、競り合う生活は正直言って胃が痛かった。


 彼女たちは自分が幸せになるための努力を怠らなかったのだ。競争相手に対しても権勢をして、水面下で熾烈な戦いをして自身を磨き上げていった。


 私にはそんな覚悟も、思いもない。

 前世の私は平凡で、特出したものなどなにも持たない人間だった。それは今も変わらない。


 私にとっての一番は、幸せな結婚でも、王子様と結ばれるでもなくて、クラウスや屋敷のみんなと平穏に暮らすことなのだ。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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