第1.5話 醜い親族たちの中で
葬儀を終えた翌日。
雷雲が立ちこめ稲妻が近くの大樹に堕ちる中、外の轟々とした嵐よりも室内の陰惨かつ醜い言い争いの方が煩く聞こえる。父が事故死したことで『誰が伯爵当主を継ぐか』という一点において、親族全員が揉めに揉めているのだ。
「まああ! 当主はあの子の妹である私の息子デニスちゃんしかいないわ!」
「なにを言い出すかと思えば、そんなぶくぶくに太った豚──失礼、ご子息では我が家の恥。ここは従姉妹である私が継ぐべきでは?」
「いやいや、ここは直系であられるイリーナ様を当主代理として、我が息子と婚約させるのが一番」
「それこそ愚かな。女に領主など務まるか」
「そうだ! やはり商人として知見のあるワタクシ、マイキーが!」
「それこそあり得ない。今君の商会は傾いていると聞いているぞ。であれば農耕で支え続けてきた僕ピーターこそがふさわしい」
「ふざけるな!」
喧々諤々、話し合いは一向に進まない。
誰も彼も自分の意見を引っ込めないからであり、妥協もしないからだ。
(日も暮れる……。結局今日も話が進まなかった。なにより誰も彼もが自分の利権を得ることばかりで、当主の器となりそうな身内はいない)
唯一喪服姿の私は、後ろに控える執事のクラウスと護衛騎士ロルフを引き連れて早々に部屋を出た。
これ以上、平静を保ち伯爵令嬢の仮面を被り続けるのは難しい。
あのまま残っていたら淑女の立ち振る舞いも忘れて、人目も憚らず泣き出していただろう。目尻に涙が浮かぶのを必死で堪え、足早に長い廊下を歩く。
細長いアーチ形の廊下は父が気に入っていて、親族の集会場という形の別荘として買い取ったのだ。窓の外にはいくつもの林檎の木が見えた。
お父様の趣味は林檎の栽培で、より美味しく実るように品種改良も行っていた。
『林檎の木を沢山植えようと思った理由? そうだな、我が家のシンボルであり領民たちにも、他国の人たちにも空腹であって欲しくないだろう』
『林檎は《絶対的な愛の象徴)なんだよ。私も妻を口説くためにより珍しい林檎の実を捧げたものだ』
お父様はいつだって笑顔で、聡明で思慮深くて、思いやりのある方だった。手入れの怠った林檎の木だけが私の父の死を嘆いているように思えた。
親族よりも彼らのほうがずっと、悼んでくれている。
「お父様……私はどうすれば……」
伯爵本家のある屋敷は、父が認めた者しか入れない。それ故、父の葬儀後の話し合いが、この別荘で行われた。
もっとも話し合い――ではなかったが。
(誰も彼も伯爵家の継承と財産と領土のことばかりで、父様の死を嘆こうとしない……)
「お嬢様、馬車の準備は整っております」
私の隣に着きそうクラウスの声は優しかった。それだけで気が緩みそうになったが、何とか堪える。
「ありがとう、クラウス」
「とんでもありません」
(決断できずに親族たちの前でも堂々とできず縮こまって……やっぱり私が領主を継ぐなんて……無理よ)
このままではいけない。
それは分かっているのに、思考が鈍くて上手く考えられないのだ。決断しなければと焦るのに、踏み出すのが怖い。
「お嬢。万が一、お嬢に無礼な真似をしたら、問答無用で切り捨ててもいいですか?」
護衛騎士のロルフは軽口を叩く。しかしあまりにも物騒だったので慌てて顔を上げた。
「だ、ダメよ、ロルフ。半殺し程度にしておきなさい」
「承知しました。では骨を百本ほど折ることにします」
「骨を百……」
「脳筋、いやポンコツはこれだから」
「はははっ、陰湿腹黒執事殿ほどではないよ」
私の両脇を歩くのは漆黒の燕尾服に身を包んだ儚げ美男子執事のクラウスと、白銀の甲冑を身に纏う護衛騎士のロルフだ。金髪碧眼の彫刻のような美しい顔立ちで、二人とも父の専属執事と護衛騎士だった。
ちなみにクラウスとロルフはとても仲が悪い。顔を合わせれば喧嘩腰で、間に挟まれていたお父様が私に助けを求めてきたものだ。
(懐かしい……)
二人は私が生まれた時から一緒に暮らしているので、主従という関係よりも家族に近い。それでも表面上、人の目がある場合は主従関係を演じてくれている。
(それにしても二人とも本当に十年以上前から、見た目が全然変わらないわね……)
クラウスとロルフの外見が変わらないのは人外の者で、長寿だからだ。
我がナイトメア家を継ぐ者は総じてスフィラ領を統治下に置き、人族、亜人族、魔族の三種族を相手取らなければならない希有な土地でもある。
それ故、ナイトメア家当主に治まり、莫大な地位と名誉を我が物にしたいと親族は血眼になっていると言うわけだ。
『いいかい、私の可愛い娘。イリーナ。もし万が一、私に何かあったならクラウスとロルフを傍に置きなさい。……時期当主争いに巻き込ませないため王族と形だけの婚約を取り決めているけれど、もし君が本当に伯爵を、領主となるのを望むのなら、《時の鐘》のまでに覚悟を決めることだ』
父が残してくれた私宛の手紙に書いてあった《時の鐘》とは、いつなのか。
その時までに私は決断できるのだろうか。親族の言い争いに辟易して、今も屋敷に逃げようとしている私に、一族をまとめられる度量も、力も、権力も、覚悟もない。
(でもだからといって、横暴な人が領主になって欲しくない。親族にまともな人がもしかしたらいるかもしれない──と思ったけれど、あれでは……)
長い廊下の出口が見えた頃。
「イリーナ!」と金切り声を上げて呼び止める声が廊下に響いた。
「――っ!」
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