第15話 叔母の視点(ざまぁ展開)1
空が白みつつあるものの、完全に夜が明けきらない時間帯。
馬車を急いで走らせ、屋敷へと向かう。揺れが酷く、愛する息子は青い顔をしていた。無理もない。馬車に乗る前に食事をとっていたのだから。
「ママン、……うぷっ、まだ屋敷には着かないの?」
「もうすぐよ。雇った暗殺ギルドから依頼完了の連絡が来ているのだから、他の親戚たちが気付く前に兄の財産と伯爵の証を坊やが見つけるのよ」
「僕が」
「そう。そうすれば貴方は名実ともに伯爵当主なの」
「僕が伯爵になったらママンに贅沢させてあげる!」
「まあ、まあ! 嬉しいわ!」
優しい子に育ったと我ながら思う。
なぜ兄の妹である私が冷遇されなければならかったのか。あの屋敷も本来であれば兄の死後、私が所有して当然だというのに、誰一人私を立てようとしなかった。
イリーナもそうだ。
兄の娘として大事に育てられた箱入り娘のせいで、世間というものをまるでわかっていない。年長者を立てることも、当主にふさわしくないと身を引くことも知らず、好き勝手した結果だ。殺されても悪く思わないでほしい。
(もう少し下手に出ていれば、死ぬこともなかったでしょうに……。呪うなら自分の傲慢さを呪いなさい)
「ママン、屋敷の門が開いたよ。僕らを主人として迎えてくれたんだね!」
「そうよ。いつもここに来る度に煩い門番が足止めをして、本当に腹が立ったもの。(門番を早速始末してくれたのね。報酬を弾んだ甲斐があったわ)門番も新しく手配しているから今度はすんなり入れるわよ」
仰々しいほど硬く強固な門が主人を迎えんと、音を立てて開いた。これこそが、私たちふさわしい対応だと実感する。
屋敷は争った形跡は感じられず、馬車は屋敷の入り口前に停車した。ドアを開けたのは、私が手配していた暗殺者に扮した執事――ではなかった。
「お待ちしておりました、ジェニー夫人、デニス様」
「え」
《《黒い燕尾服を着こなす初老の男》》。
そう兄の教育係を務めた執事長のハンスが出迎えたのだ。思わず悲鳴を上げそうになったのをなんとか堪えた。
執事は笑顔を絶やさずに、屋敷のロビーへと案内する。上質な黒い絨毯を歩きながら客間へと案内されるのだが、使用人たちの視線は冷たい。
(夢を見ているの? それとも私が女主人であるとようやく認めた? あら? でもそれなら私の雇った暗殺者たちは??)
客間に入ると二メートルは超えるだろう大型の黒犬が、《《イリーナの傍に寝そべって控えていた》》。
全身真っ黒でベールを被った喪服の令嬢――兄の忘れ形見であるイリーナはソファに座りながら、私たちを出迎えたのだ。一瞬で、血の気が引くのを感じた。
「ひっ」
「あら叔母様。連絡も無しにこんな朝早く訪れるとは……何か急ぎの用でしょうか?」
(あり得ない。襲撃が失敗した? それとも手違い? でもそれなら任務が完了したなどと連絡は入らないはず……情報が少なすぎる。どちらにしてもここに来たのは姪を心配してという風にすれば……)
心臓の音がうるさく早鐘を打つ。今、思考を加速させて状況を整理する。ここを乗り越えなければ、その思いだけで愛する息子のことをすっかり失念していた。
「その、実はね――」
「おい、イリーナ。お前の所有するものは全部僕が貰う。今おとなしく僕の言うとおりにすれば、衣食住の保証はしてやろう」
「デニス!?」
ゲップと共に私を庇って息子が一歩前に出た。
いつの間にこんなに立派になったのかしら。少し弱気になっていた私に息子はさらに言葉を続けた。
「ママン、安心して」
「デニス。ああ、本当に立派になって……!」
愛する息子の言葉に感動して、いろんな考えが吹き飛んだ。そう、この子が伯爵当主にふさわしいのは間違いない事実。暗殺者たちは機会を狙っているに違いない。
何せ狙撃手が数人いるのだ。油断させて狙い撃ちするのだろう。
「僕はここに来る前、ある人物に多額の金を渡して狙撃手を手配した。僕らが通される客間の間取りも、お前が何処に座るかも把握していたからな!」
「まあ! デニス、貴方いつの間にそんなことを! 凄いわ!」
「ふふん」
(私の暗殺者たちを使ったってことかしら? だとした二重で報酬を貰ったって事よね? ふうん、それならあとで話を聞かなきゃならないわ)
イリーナの表情は窺えないけれど、動揺しているのか声が出ないようだ。他の暗殺が失敗したかもしれないと焦ったものの、あの慎重な狙撃手がいるならば、こちらの勝利は確実。
チェックメイトだわ。
「さあ、イリーナ。僕も従妹を殺すのは忍びない。伯爵当主の証を渡してくれるのなら命と生活は保障しよう」
「完璧だわ。さすが私の自慢の息子よ」
「ありがとう、ママン」
「ぶふっ……、ふふっ」
勝利に酔いしていたが、ここでイリーナは爆笑した。そのことにデニスは酷くプライドが傷つき、顔を真っ赤にした。
「イリーナ! 自分の立場が分かっているのか!?」
「そうよ」
激昂する息子に対してベールを被っているイリーナの表情はよく見えなかったが、怯えるようすはない。余裕な笑みを浮かべたまま、彼女は唇を開いた。
「そちらこそ。自分たちの現状を何一つ理解していないのですね。流石は《《無能な白豚》》と呼ばれるだけのことがありますわ」
「なっ」
「暗殺者だけではなく狙撃手を雇う大金を捻出したのは驚きだけれど、せめて一流を雇いなさい。でなければ捕まった途端、自決するか拷問に耐えるぐらいでないとアッサリと雇い主を売るんだから」
「その手の脅しには乗らないぞ!」
「わ、私の差し向けた暗殺者は……どうしたというのよ!?」
「我が屋敷の使用人たちは有能だから、簡単に捕縛してくれたわ。ああ、それと狙撃手だけれど――」
「煩い! 撃て!」
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