無力な立場
(はあああぁぁぁ。どうしてこんな時に俺はアグネスの傍で守ることができない立場なんだ!)
好きな女を傍で守ってやることが出来ない。自分の立場の無力さをこんなことで実感するなんて。
ノアは握りこぶしを強く握りしめ、奥歯を噛みしめる。ただただ悔しさだけが込み上げる。
ひとりで颯爽と歩き、ヴィクター殿下がいる天幕に向かうレオンの姿をしたアグネスを見送る自分がノアは嫌になってくる。
アグネスを殺した憎き異母兄弟のあいつの元に少しでもアグネスを近づけたくないという酷く激しい嫉妬心が牙を剥く。
そしてこのままでは、アグネスは直接手をくだしていないとはいえ、未来でアグネスを殺す異母兄弟の婚約者のままだ。
出自を隠し、ただの「ノア」という騎士であり、王族派に意図的に消されラチェット家に匿われている元第一殿下という曰くつきの立場では今後もアグネスを守ってやることが全然できない。
傍にいることさえも許されない。ノアは自分の無力さに叫びたくなる。
(アグネスはあいつの婚約者。このままではだめだ。どうしたらいいんだ。俺には自分の剣しかない)
握るこぶしに爪が食い込んでも痛みを感じないぐらい、悔しくこの感情を持っていく場所がない。
とにかく深呼吸をしてノアは自分を落ち着かせると、なにかあればすぐに飛び出してレオンの姿をしたアグネスに加勢をしようと構え、アグネスの動向を注視する。
しかし、レオンはセレーネの婚約者だ。なんの疑いもなくセレーネの呼び出しに成功し、レオンの姿をしたアグネスは騎士服が凛々しいセレーネを連れてノアの元に無事に帰ってきた。
「あなた達なら、絶対にすぐに動くと思った」
顔を合わせるなりセレーネはそう言うと、予想が当たったとクスクスと笑う。
「レオンは…あの聖女アグネスはレオンで間違いないんだな?」
ノアはずっと聞きたかったことをすぐにセレーネに詰め寄った。
セレーネはその答えを満面の笑みで応えた。
「レオンだ。私が保証する。間違いなく死に戻ったレオンだよ」
力強く言い切ったセレーネには、根底にレオンとの間に深い信頼があることがセレーネの瞳から見て取れた。
(このふたり、なにかあったな)
ノアはレオンと喧嘩をしていた先日までと違うセレーネの雰囲気になにかを敏感に察した。
「やっぱりお兄様も死に戻って……」
アグネスが口元を手で押さえて泣きそうな表情をしたが、それを見ていたセレーネは苦笑する。
「レオンの姿をしているけど、やっぱりアグネスなのだな。なんだか変な感じだな。でも、アグネス、そんな悲観的にならなくていいのだよ。レオンには未来しか見えていないのだから」
セレーネがそっとレオン姿のアグネスの手を取ると、その手を温めるかのように両手で優しく包み込んだ。
「レオンもアグネスの願いを叶えるために必死で動いている。アグネスの願いはな、叶うぞ」
そう言うと、セレーネの瞳から一筋の涙がこぼれた。
「……セレーネ」「セレーネ嬢」
ノアもレオンの姿をしたアグネスも心配そうにセレーネを見つめた。
「ごめん。短い期間でいろいろあったからな。涙腺が緩くなってしまっているんだ。アグネスの願いは「普通の女の子のように家族のもとで暮らし、学校に通い、恋をすること」であっているか?レオンがそれしかないって言うんだ。本当のところはどうなんだ?」
「それは本当にそれです」
恥ずかしそうにレオン姿のアグネスが少し小さな声で答える。
「レオンのアグネスに対する愛はすごいな。そなたの兄は妹のことをなんでもわかっているのだな。その願いなら、アグネスの願いは間違いなく叶うな」
セレーネはそう言うと、いままで本人に願いを確認をした訳ではなく確信がなかっただけに安心したようだった。
「でもなぜ、レオンはアグネスの姿をして討伐に来たんだ?レオンはアグネスの願いを叶えた。そして、レオンの願いを俺とアグネスが叶えたのなら、レオンがこんな危険を冒してまでここに来る必要はなかっただろう?」
ノアは表情を硬くした。
「ノア、心配するな。それは私とレオンの幸せが願いではなく、実現するものだからだ。そのためにここにきた」
その時だった。
半鐘の鐘が激しくなる。ただ事ではない激しさだ。
「魔獣の襲撃だ!」
ノアがふたりを守るように両手を広げ、半鐘がなった方角を警戒する。
「セレーネはすぐにレオンの元に戻れ!」
「言われてなくてもわかっている!今回は私は死ねないからな」
「はぁ?」
ノアは突拍子もないセレーネの発言に声をあげた。
「セレーネ、どういうことだ?」
険しい表情でノアはセレーネを慌てて見た。
ふたりの会話を聞いていたアグネスは、死に戻る前の魔獣討伐のことが咄嗟に脳裏をよぎる。
この討伐は多くの犠牲者が出ている……
「セレーネ嬢、まさかですが……この討伐で亡くなったのですね。だからお兄様はセレーネ嬢の未来を変えようとしているのですね!」
「それもある!ああ、くそっ!いまは詳しいことを説明している時間がないな。なんで、いま魔獣が出るんだ!すまないがレオンが心配する!戻るぞ」
そう言いながら、セレーネは天幕に向かってすでに走っていた。
「俺らも班と合流しよう。アグネス、大丈夫か?」
「私は大丈夫。いざとなったら、元の姿に戻って聖女として魔法でみんなを守るわ」
手をかざして、左手の人差し指に嵌めてある銀の指輪をノアに見せた。
「それは最終手段だな。俺が絶対に守り通すよ」
ノアはレオン姿のアグネスを軽く抱きしめた。




