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殿下の到着

 夜警は3人一組で2時間交代制だ。

 ノアとレオンの姿をしたアグネスと事務室の同僚で飲み会でも一緒だった団員の3人で、野営をしている場所からそう遠くない場所で、魔獣の襲来を見張る。


 「あいつ……いや、ヴィクター殿下が来られることが決定したのか?」

 「明日の夕方には来られるらしいぞ。上層部が討伐要請に行って成功したらしいが、どうやら聖女様のご助力があったらしい。だから聖女様と一緒に来られるんだと」

 ノアと一緒に静かにふたりの話を聞いていたレオンの姿のアグネスはノアとお互いの顔を見合わせた。

 レオンの顔色がみるみる悪くなる。

 そして、口元が僅かに震えているのが見て取れた。


 ノアはレオンの姿のアグネスをいますぐにでも抱きしめて、「なにの不安もない。大丈夫だ」と安心させてやりたいが、いまはそれができない。

 

 「まあ、あの好色のヴィクター殿下のことだ。聖女様の他にもたくさんの女を連れて来るかもしれないから、ひとりやふたりぐらいお前らに下賜されるかもな。しかも夕方前に来るってなにをしにくるんだよ」

 仲間の彼はレオンが顔色を悪くしている様子には全く気付かずに、なにかいやらしいことを想像してニヤニヤしたが、ノアは露骨に嫌な顔をした。

「お前、なんて顔をしているんだよ」

 彼はノアの肩をひとつポンと叩くと声をひそめた。

「もしそうなったら、あの殿下の女だ。絶対にとんでもない女だから、お前ら注意しろよ」

「そうだな。忠告をありがとう」

「ランドルフ殿下がご健在なら、こんなことになっていなかったのかもな。違う治世があったんだろうな」

 彼は何気なく、ため息をつくようにその名前を口にした。

 「しっ。滅多にその名を口にするな。誰が聞いているかわからないぞ」

 ノアは表情ひとつ変えずに彼の言葉を制した。

「そうだな。こんな話を王族派に聞かれでもしたら速攻で天国送りにされてしまうな」

 夜警仲間は、面倒ごとに巻き込まれたくはないと黙ると、苦笑いをしながらあきらめ顔になった。


「明日の夕方前にヴィクター殿下が到着されるとして、ノアやレオンはそれまでに討伐が終わると思うか?」

「無理だろうな」

 ノアは考える素振りも見せずにすぐに答えた。

 震える口元を隠すように唇を噛みしめて一部始終を黙って聞いていたレオンの姿のアグネスも、賛同するように黙って大きく頷いた。

 さっき、魔獣と対峙したノアもアグネスもこれは魔獣大量発生の序章に過ぎないと感じている。

 嫌な予感が当たらないことだけを祈りたいが、死に戻る前は多くの犠牲者が出た討伐だったことがアグネスの頭から離れなかった。



 翌朝、無事に何事もなく朝を迎えることができ、朝靄の中、隊列を組んで魔獣の捜索と討伐なった。

 全滅を避けるため2班に分かれ、捜索をする。

 あれからノアとアグネスはふたりきりになる機会がなく、ノアはレオンの姿になっているアグネスの胸中が気になっているが、その気持ちを聞くことは出来ていない。

  

 今日の夕方にはヴィクター殿下が到着する。

 アグネスは、自分が暗殺者に切られ絶命する寸前に薄笑いを浮かべた婚約者の男と会うかも知れないと考えるだけで、恐ろしいに違いない。

 なんとしてでもあいつからは守ってやりたい。

 そして、気になるのが「聖女」が一緒だということだ。

 本当の聖女のアグネスはここにレオンの姿でいる。ということは、ヴィクター殿下の傍にいるのは「アグネスの姿をしたレオン」なのだろうか。

 セレーネはあれから、レオンを探しに行ったまま騎士団に戻ってきていない。そして、この討伐にも参加していないようだがセレーネと死に戻ったレオンは一緒なのか?

 その答えが夕方には出る。

 

 討伐は森の奥深くまで進軍し、何度か2.3頭の魔獣の群れと遭遇するが群れと呼べるほどでもなく、こちらは騎士の頭数が多いだけになんとか優位を保ったまま、日没前には討伐を終えることが出来た。

 ただ、討伐に行くきっかけとなった報告よりは、まだ随分と魔獣の数が少ない。そのため、明日も引き続き討伐が行われることになった。

 本部に戻ると、残っていた食事係などが慌ただしく動き回っていて、ヴィクター殿下ご一行が間もなく到着されるとのことだった。

 我々、騎士部隊も討伐から戻ってきたばかりなのに剣などの道具の手入れをする時間も与えられないまま、野営地の入り口から整列させられて、ヴィクター殿下の到着をお迎えすることとなった。

 ノアもレオンの姿をしたアグネスもお互い隣に並び立つ。


「レオン、大丈夫か?聖女アグネス様が一緒ということは「あの人がいる」はずだ」

「私はなにが起きても大丈夫です。ノアも聖女様が「あの人」だとそう思うのですね」


 その会話だけでお互い、なにを想像しているかがわかった。想像した人物はただひとり。

 人に聞かれる訳にも行かず、暗号のような会話をしているがお互い考えていることは一致した。

 その想像を確かなものにしたくて、気持ちがはやる。


 「その時」はほどなく訪れた。ヴィクター殿下一行が到着したのだ。

 想像よりもかなりヴィクター殿下と聖女アグネスは仲睦まじく現れ、聖騎士に前後を守られながら聖女アグネスはヴィクター殿下と一緒の馬に乗っていた。

 ノアもレオンの姿をしたアグネスも目を大きく見開き、息を呑んだ。敬礼をする右手が震える。

 そして、聖女アグネスがノアとレオン姿のアグネスを見つけると、少し微笑みながら小さく手を振った。


(レオンだ。間違いなくあれはレオンだ)

(ああ…お兄様…も! )

 

 その何頭か後ろの馬には、セレーネが騎乗し付き添っている。

 セレーネもノアとレオン姿のアグネスを見つけると、ふたりの前を駆け抜ける時に速度を少しだけ落とし、「あ・と・で」と唇の動きを読めと言わんばかりに、声にならない声を送ってきた。

 背筋を伸ばし凛としたセレーネの後ろ姿をふたりはいつまでも黙って見送った。

 見送りが終わりばらばらと解散となると、ふたりはお互いの無事を確認するように目と目で会話をし、口を開いた。


「なあ、レオン。あいつを見ても大丈夫だったか?」

 レオン姿のアグネスは大きく頷いた。

「自分で思っていたより冷静です」

「これで役者が揃ったな」

 ヴィクター殿下たちが通り過ぎた方向をもう一度見ているノアの横顔は険しかった。


 ノアの言う「あいつ」とは、ヴィクター殿下のことだろう。

 もっと黒い感情が出てくるのかと身構えていたが、ノアが隣にいるだけでそんな感情は霧散していた。


 ノアはアグネスの落ち着いている様子に安堵したのか、少し緊張を緩め、強張っていた表情が少し緩んだ。

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