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魔獣討伐要請

 知りたかった情報を得られた。

 敵国の東の国と王族派がつながっていることはわかった。

 これは明らかに自国の外国貿易法違反だ。もし、どうしても取引をしなければならないものなら、議会の承認が必要になってくるのに貴族議会で議題に上がっていることなど聞いたことも覚えもなかった。

 あとは、このヴィクター第一殿下を魔獣討伐に誘導できれば、今日の作戦は完璧だ。

 しかし、そうタイミングよく騎士団からヴィクター殿下に魔獣討伐の出陣の依頼がくるとは限らない。

 知っている未来では今日の午後に騎士団の幹部が、出陣要請にヴィクター殿下と面会をし、そこで暴言を吐かれ、要請を断られたことだけだ。

 その騎士団が要請に来るまでの時間をレオンはどう場を持たせようか必死に考えていると、ヴィクター殿下に肩を抱かれた。

 「アグネス、俺はお前に大聖堂への救援と薬草の出荷作業を手伝える者を用意するんだ。お前は俺になにをしてくれるんだ?」

 そうニタニタと笑っている。

 (ああ。見返りの身体か)

 初めて会ったばかりの婚約者に身体を求めてくるだなんて、なんて気持ち悪い… 同じ男として情けなくなる。

 そして、アグネスを娼婦扱いにする気なのか。

 レオンはいますぐにも嵌めている銀の指輪を外して、アグネスの姿から元の自分の姿に戻り、こいつの前で剣を抜いてしまいたかった。

 でも、そんなことをすれば一族や貴族派に迷惑がかかる。間違いなく、近い親族は処刑だろう。

「ヴィクター殿下、私は祈ることしか能がない聖女でございます。見た通り身体も貧相でございます。治癒魔法は使えず殿下の擦り傷ひとつ治せない聖女でございます。私が殿下にご用意できるものをなにも持ち合わせておりません」

 自分達兄妹の暗殺を命じたであろう奴に、アグネスを蔑むような発言をしなければならないのが悔しく、レオンは込み上げてくる感情を必死で抑え、肩を震わせた。

 しかし、ヴィクター殿下はそうは受け取らなかったようだった。

「こんなに肩を震わせて、アグネスは私が怖いのか?それともいまからする行為が嫌なのか?」

 ヴィクター殿下に頬をゆっくり撫でられ、顔と顔の距離が近くなる。レオンは思わず顔を逸らした。

「…いえ、そうでは。…ただ、男性と…こんな近くで接することが…ございませんので、自分で…どうしてよいかわからず。申し訳ありません」

 レオンは込み上げてくる怒りを抑えながら精一杯発言すると、どうしても途切れ途切れになりがちになるが、それが儚げなアグネスの外見と合い、ヴィクター殿下には怯えるアグネスに見えているようだった。

「お前はまだ男を知らないんだったな。安心するが良い。お前の未来の夫が一から教えてやろう。ありがたく思え」

 頬にあった手がアグネスの鎖骨をひと撫ですると胸をまさぐり始めた。

「ヴィクター殿下…殿下…ん…」

 その不快感から思わずレオンは我慢ができず、胸をまさぐってきたヴィクター殿下の手を取り行為を制止した。

 ヴィクター殿下が大きくため息つく。

「アグネス、この手はなんだ?自分で用意できるものがないなら、自分を差し出せ。それぐらい子どもではないのだからわかるだろう?」

 ヴィクター殿下は不機嫌な表情を隠そうともしない。

 本当にクズだ。こんな奴がこの国の未来を握っているのか。そう考えるだけでレオンは叫びたくなる感情が溢れ出しそうになる。

 騎士団の魔獣討伐の出陣の要請はまだ来ない。もう待つのも限界だ。

 出陣要請があるまでここにいられたら、ヴィクター殿下が出陣される方向に話しを持っていきたいと思っていたが、もうこれ以上ヴィクター殿下といることはアグネスの貞操を危険に晒す。限界だ。

「…殿下、私…そろ‥」


 コンコンコン


 急ぐように扉がノックされたかと思うと、こちらの返事を待つことなく、先ほどの侍従が扉を開けて入ってきた。

 普通なら失礼極まりないが、間違いなくアグネスを心配しての行為なのだろう。

 チラリと確認するようにアグネスを見て、アグネスがヴィクター殿下の手首を握って制止しているその手に視線をやる。

 それだけでなにが起ころうとしているのかを察したのだろう。侍従は小さくため息をついた。

「殿下、自重してください。あくまでも初めてお会いした婚約者様ですよ」

 侍従はヴィクター殿下に強めに注意をすると、ヴィクター殿下の顔が苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 侍従は表情をなにひとつ変えず、紙をヴィクター殿下に渡した。

「騎士団からの要請文です」

「こんな時に魔獣討伐の依頼?なんだこれは?」

 ヴィクター殿下は要請文に目を落とした。

「魔獣が大量に出現したようです」

「そうみたいだな。魔獣の討伐なんて、騎士団にやらせておいたら良いだろう。それがアイツらの仕事だろう。俺が行く必要がわからない」

 そう言い放つと投げるようにその手紙をテーブルに置いた。

 レオンは大体、この時間に騎士団から殿下への出陣要請があると読んではいたが、なんとか読み通りの時間に要請があり、胸を撫で下ろす。

 ただ、アグネスがヴィクター殿下に会いに来ていることから、レオンの知る未来と少し変わったようだった。

 本来なら、ここに騎士団の幹部が面会に訪れているはずだったからだ。

 それでも、千載一遇の好機到来に違いない。


「魔獣討伐に行かれるのですか?ヴィクター殿下が魔獣を討伐される勇姿が見とうございます」

 要請文をテーブルに投げ捨てたヴィクター殿下の手を取り、自分の両手と重ね合わせ、瞳を輝かせるように精一杯潤ませた瞳でヴィクター殿下を見つめる。

 (頼む。このクズ、私の色仕掛けにひかかってくれ)

 レオンが祈るような気持ちでヴィクター殿下を見続けると、まんざらでもなさそうに少しだけ考える素振りをヴィクター殿下がした。

 (あともうひと押しか)

「ヴィクター殿下、お耳を」

 レオンはヴィクター殿下の耳元で何かを囁く。すると、ヴィクター殿下の顔が綻んだ。

「アグネス、本当だな。絶対だぞ」

「もちろんでございます。女に二言はございません」

(男だけどな)

 レオンは心の中で悪態をつきながらも、最後の一押しの交渉が上手くいったようで安堵した。

「俺はアグネスを連れて、魔獣討伐の指揮を執るぞ」

 レオンが知る未来が変わる瞬間だった。

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