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誘導尋問

 王城の廊下を騎士に案内されて、ふたりの女性が急ぎ足で歩いている。

 そして、すれ違う誰もが慌てて振り返り立ち止まる。

「あの美しいふたりは何者?」

 その場に居合わせた者同士で顔を見合わせ、口々に会話を交わす。

 付添人として騎士服ではなく貴族令嬢として正装したセレーネを伴い、儚げな美少女と大人の色香を持ち合わす「聖女アグネス」の姿になったレオンは噂する人々には目もくれず、前だけを見据えて歩く。

 控室に案内されると、ヴィクター殿下のお出ましまで待機を命じられ、部屋でふたりきりとなると、いつになく緊張した面持ちのセレーネの手をレオンは握った。


「セレーネにお願いがある。私は自分で理性のある方だと自負しているが、ヴィクター第一殿下、奴の顔を見た瞬間、殴りかかってしまうかも知れない。その時は」

「その時は?」

「加勢してくれ」

 セレーネは思わず破顔一笑した。

「承知した。私も一発お見舞いしたいところだったんだ」

 ふたりで声を立てて笑いそうになるのをこらえた。

 アグネスは大聖堂で原因不明の病が流行って大勢の者が倒れたという窮状を訴えるためと、救援の派遣の要請をしにきているという体で、実家を頼って先触れも出し、登城したことになっている。慌てて、ふたりで沈んだ表情に戻す。

 セレーネの緊張はほぐれたようだった。

 すると、タイミングよく面会の準備が整ったと案内係がやってきた。


 通された部屋は客間なのだろう。豪華絢爛な織物が敷き詰められた部屋に通された。

 そこで立って待っていると、ほどなくヴィクター第一殿下が入室された。


「私の婚約者というのは、こっちの聖女のほうか?面を上げて良いぞ。」

 まるで家臣に声を掛けるようで、初めて会う婚約者に対する声掛けとは思えない言葉だった。

「はい、私がアグネス・ラチェットで貴方様の婚約者となります」

 声を掛けられるまでずっと頭を下げていたが、レオンはゆっくりと顔を上げた。

 レオンにしたらあの暗殺から4日しか経っていないが、自分たちが刺されたときに口角をゆっくり上げて薄気味悪く笑っていたヴィクター殿下をあの暗殺以来、はじめて視野に捉えた。

 怒りで震える手を鎮めるためにも、聖女の正装服をぎゅっと握りしめる。

 自分から怒りの感情と殺気が漏れ出ているのを悟られないように、口角を上げることに集中する。

 渾身の微笑みをヴィクター殿下にして見せると、ほぅとヴィクター殿下の目の色が変わる。


「大聖堂が大変になっていると聞いているぞ」

「はい。恐れ多くもそのことでヴィクター第一殿下にお話があり、山を下りて、実家を頼りここまでやって参りました」

 レオンは、ワザと困ったような顔を作り、上目づかいでヴィクター殿下を見て、胸の前で両手を合わせて祈るようなしぐさをして見せる。

「ヴィクター第一殿下、お願いがございます。お人払いをお願いします」

 そう伝えると、ヴィクター殿下は少し怪訝な表情をしたがその瞬間、悪いことを思いついたのだろう。

 根っからの好きモノはそういうことだけはすぐに思いつくようだった。

 含みを持たせるような笑みを浮かべると、すぐに侍従に目配せをした。

「いや、でも殿下…おふたりきりとはご結婚前ですし…」

「なんだ、婚約者とふたりきりになるのがなにがそんなに悪いのか?」

 侍従はチラリと聖女アグネスを心配そうな目で見る。

 侍従の目には、アグネスが狼にあっさりと食べられる兎に見えているのだろう。

「ヴィクター第一殿下もそう仰っておられますし、お話をするだけですから大丈夫ですよ」

 セレーネも心配そうには見ているがそれは演技だとわかる。口元がほころびているのだ。この状況を面白がっている。

 ここまでは筋書き通りだ。


 アグネスの姿をしたレオンとヴィクター殿下を残し、人払いされた部屋で横並びでソファに座る。

「で、人払いをしてまでの話とはなんだ?」

 「大聖堂に勤める者が原因不明の病で私以外、倒れているのは事実でございます。私は女神様のご加護をいただいておりますので、病にならずに済みました。ですから救援の者を送っていただけると助かります。でも、私がここまで直接登城させていただいたのは別の件でございます」

「別の件とは?」

 レオンはわざとヴィクター殿下にすり寄り、殿下の上腕に補正下着でだいぶ盛った胸を当てながら、ヴィクター殿下に耳打ちをする。

「例の薬草ですが、お世話する者や出荷作業が滞っております。関連する詳しい者たちを密かに送ってほしいのです」

 グイグイと胸をヴィクター殿下の腕に押し付け、ヴィクター殿下の顔を見上げると、まんざらそうでもない。

「わ、わかった。商会の者とベルモント家からも人を出すように命じておく」

 ヴィクター殿下の口から王族派の2番手の家の名が出る。薬草の大口取引に関わっている家だ。

「ありがとうございます。これでなんとか「彼の東の国」との取引も上手くいきます」

 レオンは確証はなかったが、この薬草の取引は敵国が関わっていると踏んでいたので、ヴィクター殿下にかまをかけた。

「我々王族派の良い金づるだからな。納品が滞るわけにはいかないだろう」

 やはり、東の遠方の敵国が関わっている。

 だから、アグネスのウェディングドレスの生地も東の国のものだったんだ。

 知りたかった情報をこうも易々と貴族派の人質として大聖堂に囚われているアグネスにしゃべるヴィクター殿下の無能さにレオンは政敵ながら、ため息が出そうになった。

 いままでアグネスのことなど興味もなかったのだろう。だから、彼女がどういう立場かも知らなかったのだろう。無知過ぎる。

 呆れすぎて同情の眼差しを向けそうになるが、ここは尊敬の眼差しを向けなければならない。

「ヴィクター殿下、さすがですわ」

 レオンはこんな奴の策略にはまり、自分とアグネスは殺されたのかと思うと眩暈がしそうだった。

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