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もうひとりの死に戻り

 一方、レオン・ラチェットの婚約者でラチェット侯爵家と同じ派閥のハンレッド侯爵家令嬢であり女性騎士であるセレーネ・ハンレッドは、レオンもアグネスと同じように死に戻っていると絶対なる確信を持って、単独でひたすら馬を走らせた。

ノアに未来の義妹であるアグネスが着用していた怪しいウェディングドレスの処分等を託した時に、レオンが死に戻っている可能性を簡単に話したが、ノアも同意していた。

 目指したのはアグネスがいた山奥の大聖堂。麓の街はそれほど大きいところでもなく、王都からは少し距離はあるが半日も走れば着いた。

 何度かこの街には来たことがあったので、前に利用したことがある宿屋に馬を預けると、よくレオンとノアが山奥の大聖堂への行き方を話していたことを思い出しながら、大聖堂への登り口を探す。

 木々に隠れるようにそこはあったが参拝者のためだろうか、石畳の階段になっていた。

 大聖堂までは20分ほど登るだけの距離だ。日々、騎士の訓練をしているセレーネにとっては容易いことだった。

 それでも緊張しながら登っていく。いまからすることを考えれば出来れば誰にも会いたくないし、自分の予想にはレオンが死に戻っていると確信があったがレオンの顔を見るまでは安心できない。

 しかし、レオンやノアから話には聞いていたが、アグネスは大事な青春の時期をこんな山の上で6年も生活を強いられていたと思うと、胸が張り裂けそうになった。

 聞こえる音は木々が風に揺れる音と、鳥や虫のさえずりのみ。こんなところで祈りの日々だったなんて。

 アグネスは地・水・火・風の魔法が使えたために聖女候補として大聖堂での修行は早かれ遅かれ不可避だったとはいえ、ノアとアグネスはほぼ人質交換だった。

 アグネスはその事実を知らされていなかったとはいえ、愛する家族と引き離され、普通の女の子としての生活を奪われ、どんなに修行が辛かったことだろう。

 

 山道が少しずつ広くなってきて、いよいよそこに着いた。大聖堂と言われるだけあって、天に突き刺すような高さの三角の屋根が特徴的で豪華な半円のアーチの入り口を有する大聖堂。

 その周りには居住するための棟だと思われるものが3つほど連なっていた。

 山奥の大聖堂は無人のように人の気配がなく、静まりかえっている。

 不規則な石積みの外壁は苔が生えているところもあり、ここに建築されてから長い年月が過ぎているのが見て取れた。


 レオンは必ずここにいるはずだ。

 アグネスと同じように女神様と契約をして、アグネスがレオンの姿で死に戻ったように、レオンはアグネスの姿で死に戻っているとなぜか確信ができた。

 あの妹思いのレオンのことだ。アグネスと女神の契約が「兄の願いを叶えること」なら、レオンと女神の契約も「アグネスの願いを叶えること」だとセレーネは考えた。

 大聖堂は祈りの場であり、原則は出入り自由だ。普通の参拝者のように大聖堂の扉を開けた。

 外より少し薄暗い大聖堂は静まり返っている。人が一人通れるぐらいだけ扉を開けて、物音を立てないように静かに入った。

 滅多に大聖堂や教会に行く機会はないが、貴族令嬢であるセレーネは教会の作法ぐらいはしっかりと教養が身についている。

 様子を見るためにも、後ろから2番目の長椅子に着席した。

 深呼吸をひとつして落ち着いてから、前方の正面の段が高く設けられている祭壇や朗読台などが置かれ祭儀が行われる内陣を見ると、そこに細く儚げな少女と司祭とおぼしき人物が祈っている。

 セレーネはその少女を今朝、騎士団の寮で会話をして、見送ってきたばっかりだった。いまはノアと普通の女の子のようにデートをして「兄の願い」を叶えているはずだ。

 おもわず息を呑む。


「…レオンがいる。よかった…」


 自分の視界にレオンを捉えた奇跡。再びレオンに会える喜びで心が震える。

 やっぱり、わたしの予想は間違っていなかった。


 なんとかして、アグネスの姿をしたレオンと接触を試みたいが、いまは司祭が張り付いて一緒に祈っているのでどうしようもない。

 祈りが終わって移動するタイミングで、レオンの視界に自分が映れば、賢いレオンはきっとそれだけでなにが起こっているのかをすべてを理解するはずだ。

 セレーネは、信者がより前の方に行って祈りをしたいように見えるように慎重に前方の席に移動した。

 それからしばらくは祈りが続いたが、セレーネも熱心な信者に見えるように努めた。

 それにしても、あのアグネスの姿をしているのが本当にレオンなら、アグネスが話していたとおりレオンは聖騎士になったのだろう。こんなに長い祈りの言葉を女神様に捧げることができるなんて。騎士団では祈りの言葉なんて発したことも学んだこともないからだ。

 そして、その機会は巡ってきた。司祭とアグネスの姿をしたレオンの長い祈りが終わり、移動をはじめた。

 そのタイミングでセレーネも席を立つ。

 司祭のあとに続いていたアグネスが、席を立つセレーネの音に気づいた。

 セレーネしかわからないぐらいの一瞬、アグネスの瞳が揺れる。

 そして、お互い視線だけで会話をする。


 レオンに全てが伝わったとセレーネは感じた。

 

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