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生きた中で1番幸せな時間〜恋の自覚〜

 大通りとノアと手をつないで歩く。

 絶対に離してもらえないぐらいにノアは強く握っている。

 さっき、カフェに行くまでノアと手をつないだけど、ノアと手をつなぐのは嫌ではない。

 ノアの力強い手に引かれると、守っていてもらえるような安心と幸せを感じる。

 どんどんと人通りが多くなってきたから、ノアは迷子防止のつもりなのだろうけど、それでもノアとつなぐ自分の手から幸福感が湧き出るようだ。

 

 すれ違う人々が手に白の百合や桃色の百合を持っていたり、女性なら桃色の百合を耳にかけていたりしている。

 それを目で追いながら、百合をなぜ人々が持っているのかアグネスはなんとなく心当たりがある。

 もし合っていたなら、ずっと憧れていたことのひとつだ。

 そして、前方の方から賑やかな音楽が聞こえてきた。

「あそこでお祭りをやっているんだ」

 ノアの声が弾む。早る気持ちを抑えていたが、少しずつふたりが足早になり着いた広場は、多くの人々が音楽に合わせて思い思いにパートナーとダンスをしていた。


 広場の脇では百合を販売している露店の花屋があり、みんなそこで百合を競うように買い求めている。

「俺も百合をアグネスに贈りたいから少しここで待っていてくれ」

 憧れていた想像通りのことが起こりそうな予感に胸が早打つ。

「わかったわ。待ってる」

 花屋の露店に向かうノアの背中を見送り、しばらくしてノアが桃色の短い百合を手にして戻ってきた。

 

「アグネスの耳につけて良いか?」

 照れてしまって無言で頷くと、少し頬染めてノアが耳に挿してくれた。

 

 百合はわたしの知識が合っているなら「愛」を示す。

「アグネスはこの花の意味を知っているんだな」

「その…もちろんです。女神様の生誕祭ですからね。「愛」ですよね。男性にこうやって百合を耳に挿してもらうことにすごく憧れていたんです」

 思わず満面の笑みで答えると、照れくさそうにノアは微笑む。

「アグネスの幸せな気持ちがひとつでも増えて良かった。レオンの願いに近づけていたら良いな。俺は今まで贈る人がいなくて、初めて人に贈るけどこれは照れるな。とにかくアグネスに百合を贈れて良かったよ」

「ノアはいままでご家族にも贈ったことはないのですか?」

 たった今まで照れて笑っていたノアが一瞬硬い表情をし、そのの瞳の奥の深い悲しみようなものが見えた気がした。

「事情があって俺には家族はいないし、いてもこのような行事に参加するような人達ではなかったよ。もちろん、女性に贈る機会もなかったよ」

 聞いてはいけないことだったように感じる。

「立ち入ったことを聞いてしまいました」

「大丈夫だ。いずれアグネスに聞いてもらわなければならない話なんだ。レオンが戻ってきたらレオンと一緒に聞いてくれるか?」


 お兄様が戻ってくる時にはわたしはいない。


「いつか、その時が来たらノアの胸の内を打ち明けてくださいね」

 ノアが淋し気に微笑んだ。


「さあ、アグネス。俺たちも踊ろう!」

 ノアに手をグイっと引っ張られて、楽しそうに踊っている人たちの中に入っていく。


「ノア、わたしはダンスの練習は大聖堂に入る前にしかしていなかったので、基本的なものしか踊れないのです。大聖堂でその祈るだけの生活でしたので」

「妃殿下教育は?」

「古典文学や歴史や地理などは、教えていただきました。あとは執務についてですね」

「そうか… でも、周りを見てごらん。ここは貴族の行くような舞踏会ではなく民衆のお祭りだ。みんな、思い思いに踊っているだろう」

 ノアにそう言われて周りを見渡すと、どの人も決まったステップを踏むわけでもなく、軽やかに適当にそして素敵な笑顔で楽しげだ。


 ノアがわたしの腰に手をまわす。

「アグネス、俺の肩に手を」

 わたしより高い位置にあるノアの肩に手を伸ばす。想像より、厚い肩だった。

 緊張からつなぐ手に力を入れてしまう。


「力を抜いて。俺にまかせて。俺を見て」

 視線を上げて、ノアを見つめる。

 ゆっくりとしたステップで進み出す。


「俺に身を委ねて、瞳を逸らさないで」

 頷き、ノアと音楽にだけ集中する。

 音楽の音でよく聞き取れないないけど、ノアが微笑みながらなにかを言った。

 


 軽やかに、熱く、ふたりだけの世界。

 ノアの鍛えられた肩に置く手が彼の頼もしさや男らしさを伝えてくる。

 そして、ダンスがこんなに楽しいものだなんて知らなかった。


 どれぐらいの時間が経っていたのだろう。かなり夢中で踊っていた。

 音楽が鳴り止み、休憩の時間とともに私たちもダンスの輪から外れる。


「ノア、楽しかったです。踊っている間はダンスに夢中でとても幸せでした」

「また、アグネスを幸せにすることが出来てよかったよ」

 ノアが満面の笑みで笑う。

 それを見ているだけで、とても幸せな気持ちになった。ずっと見ていたかった。


 そして、わたしはノアに恋をしたと自覚した。

 もう抑えることはできなかった。




「思い出したことがあるのです。次はそこに行ってみたいです。死に戻る前に王城に来てから部屋から見えていた建物が気になっていて。その建物を一緒に探してもらっても良いですか?」

 アグネスが次に行きたいところを提案してくれた。


「どんな建物だ?王城から近いのか?」

「いいえ。少し離れています。とても高い建物で細長くって。人がよく登っていました。そこに登る人がよく旗を振ってくれていて、励まされたのです」


 その建物に心当たりはある。


「それは…それはよかったな。アグネスにとって悪い思い出でないのなら、次はアグネスの先導でその建物に行ってみるか」

「わたしの先導?ノアはどの建物か見当がついているんじゃないですか?わたしは王都のことについて全然わからないのに迷子になりますよ!」

 ノアは泣きそうな顔なのに、これ以上ないぐらい笑っている。


「いいよ。連れていってやる。行くぞ」

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