生きた中で1番幸せな時間〜死装束〜
「なあ、アグネス。本当にいま着ている服だけでよかったのか?」
ノアは店を出るなり聞いてきた。少し不服そうな顔をしている。それもそのはずだ。それには理由がある。
「もちろんよ。たくさんあっても着る機会がないわ」
隣で歩きノアに笑いかけながら、心の中ではノアに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
わたしが選んだ服は、旅装に欠かせない外套と、動きやすいように庶民の若い女性で流行っているという服装で少し丈の短いワンピースにした。
靴はウェディングドレスに合わせたヒールを履いていたので、それも買い取ってもらい、旅で履くようなブーツを選んだ。これなら歩きやすい。
どこからどう見ても、いまから旅に出られるような姿だ。
そう、わたしはあと4日で天に召される。これはその死の旅に出る死装束のつもりだ。
この6年間は遠くのどこにも行けなかったので、天に召されたら自由に旅ができるようにとの思いから旅装にしたのだ。
セレーネ嬢にいただいたお出かけ用の服で薄い黄色の甘めのドレスは、仕立て屋が後日セレーネ嬢のところに行く用事があると言ったので、その時に一緒にセレーネ嬢のところに持っていってもらうことにした。
せっかくわたしのためにといただいたドレスだが、もう着る機会がないので、セレーネ嬢の手元に戻るのが一番だと思った。
服を決めている最中に、ノアがわたしの夜会用のドレスを贈らせて欲しいと何度も言ってきた。
そしていつか、そのドレスを着て夜会に一緒に行きたいと誘ってくれた。
気持ちはうれしいが、婚約者でもなく、親友の妹というだけの立場のわたしはノアにドレスを贈ってもらう理由がないし、わたしがこの世界にいられるのはあと4日で、どう考えても夜会用のドレスは出来上がらないので現実的ではない。
だからはっきりと断ったのだが、ノアにはそれが不服だったらしい。
一番の原因はノアに、わたしがあと4日しかこの世界にいられないことを伝えられていないことが原因なのだけど、そのことを誰にも教えるつもりはない。
いまはただ、あと4日以内にお兄様の願いを叶えて、お兄様を生き返らせることだけを考えたい。
「俺はずっとアグネスにドレスを贈りたかったのに」
「ずっと?わたしたち、出会ったばかりでしょう。それにノアはわたしが親友の妹だからと言って、わたしを甘やかしすぎよ」
ドレスにこだわるノアを不思議に思いながらも、わたしに夜会用のドレスを必死に勧めるノアを思い出すと自然と口角があがった。
「ノア、ありがとう。その気持ちだけでもうれしい。わたし、男性からドレスを贈られたいと言われたことは初めてだったの」
ノアからの提案は驚いたけど、すごくうれしかった。
夜会にエスコートしてくれると言ったノアは「黒の王子」と言われるほど秀麗だから、きっと騎士の式服がとても似合いそうだ。
綺麗なドレスを着てノアにエスコートされる自分の姿を想像すると、とても幸せな気持ちになった。
ノアを見上げたら、ノアの耳は真っ赤になっていた。
「俺からドレスを贈りたいだなんて、アグネスにしか言わない」
目線をそらし、ボソッと呟いて照れているのをノアは隠そうとした。
「話しが変わりますが、いまからどこに行きますか?」
そう言うと、わたしは真っ直ぐに伸びる道の先を見つめた。
まだ昼前の大通りは多くの人が行き交っていて、とても賑やかだ。
わたしは大通りを見ていると不意に走りたくなって、思わず駆け出した。
大通りの1番賑わっているところに向かって少し走って、止まる。次に蛇行しながら走って、また止まった。
そして、後ろの方にいるノアの方を振り向いた。
「アグネス!危ないから端を歩け!」
保護者のようなことをノアが後ろから叫んで、すごい勢いで走ってきたか思うと、わたしを後ろから抱きしめた。
「急に走るな。俺の傍から離れるな。急にどうしたんだ?」
「ノア、わたしね。いま、自由なの!」
「うん?」
「わたしが進む方向を自分で決められるし、どこを歩くかも自分で決められる!わたしの目の前の道は、まるで新雪が降った雪山のように真っ白!」
大聖堂の生活では、決められた通路を決められた時間に歩いていたし、たまに山の麓の街に行くときも、道は決められいて前後にまるでわたしを監視するように人もいた。
でもいまは違う。
自分が進む方向を自分で決められるし、ノアはそれを尊重してくれる。
ノアがわたしを抱きしめていた手を緩めて、離してくれた。
「アグネスの心のままに。今日は一日中付き合ってやる」
行きたいところを命令出なくて、自分で決められる幸せ。
「ノア、ありがとう。まずはノアのお勧めのカフェで今日の作戦会議をしたいのだけど」
「カフェか。甘い物は好きか?」
「もちろんよ」
「じゃあ、アグネスに食べさせたいものがあるんだ」
ノアが急にわたしの目の前に手を差し出した。
「えっ?この手はなに?」
ノアは照れているのかワザとバツが悪そうにしながらも、差し出した手をズボンで拭いて、もう一度差し出してきた。
「これできれいだ。アグネス、手を繋ぐぞ。大通りは人も多いし、危険も多い。さっきみたいにふらふらされても困るしなぁ」
わたしをこども扱いしているのか、大人の余裕の笑みみたいなものを浮かべる。
「ふらふらって言い方。わたしは自由を味わっていただけよ」
「グタグタ言うな」
急に差し出された手に恥ずかしさと緊張でまだ言い訳をしようとするわたしの手をノアは強引に取って、手を繋いだ。
人と手をつないだ最後はいつだっただろうか?
きっと大聖堂に行く前だ。
ノアの大きく分厚い手に剣だこがあるのがわかる。騎士はみんな、手に剣だこがあるのだろうか。
それにしても、人の手はこんなに温かくて安心できるものだったんだ。
ノアの大きく優しい手に引かれるのは心地よかった。
しばらく歩くとノアのお勧めのカフェに到着した。
目眩がするほど可愛い外観のお店だった。
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