第1章一九八一年十二月の抗争、そしてー準 -①
闇夜に包まれた峠の静寂を、南北から響き渡る爆音が切り裂き始めた。と同時に、寒空の中、息を飲んでじっと待機していた高台の観衆がどっと沸く。そんな騒然とする周囲を余所に、準はそっと白い息を吐いた。
目の前には旧採掘場の広大な跡地が広がっている。そこでこれから始まるだろう戦闘を想像し、緊張からか身震いをした。ここまでの急な山道を、自転車で上って来た当初は十分体が温まっていたのに、今は十二月の寒々とした風に吹かれ、冷えきってもいたためだろう。
しかしここに集まる無責任な見物人達の興奮が、徐々にヒートアップし出したからに違いない。その熱気につられ、少しずつ胸の奥の芯から熱くなり、やがて寒さを忘れた。
それぞれの集団より先んじて、数台のバイクが跡地の入り口に到着し始める。そしてその男達による前哨戦が始まった。
「おどれら、よう逃げんと来たな!」
「やかましいわ! 魔N侍を舐めんなよ、ボケ!」
「粋がっとれるのも今日までじゃ! 奪洲斗露異がお前らをぶっ潰す!」
「やれるもんならやってみいや!」
「おう! やったらぁ! 吐いた唾、飲むんやないぞ!」
特攻隊の面々だ。そう分かったのは、旋回するバイクの一台から真っ先に降り立ったのが、準と同じ高校のクラスメイトで魔N侍の特攻隊長、湯花誠だったからである。背は低いが運動神経抜群で、足の速さだけでなく頭に血が上るのも最速の男と呼ばれていた。
「上等じゃ!」
と次にバイクから降り立った奪洲斗露異の一人が、彼に飛び掛かる。だが誠のワンパンで即座に倒れた。慌てて二番手、三番手が道路に立ち突撃する。
しかし次々と彼に打ちのめされていく。対峙しているのは一人だけなのに、圧倒的な強さだ。その為か、他の魔N侍の特攻隊員は誰も加勢しようとしていない。
バイクに跨ったまま、そんな様子を眺めていた一人が彼に声をかけた。
「誠さん! もうすぐ本体が来ます! 先に中へ入りましょう!」
頷いた彼は、乗り主がいなくなった相手のバイクに手をかけ、北側道路の真ん中に移動させた。それを止めようとした四番手と五番手もなぎ倒し、同じく地面へと転がす。それから自分のバイクに飛び乗った誠は、仲間と共に真っ暗闇の跡地へと侵入していった。
「ああ、向こうから登って来る奪洲斗露異の奴らを、あれで邪魔するつもりだな」
準の近くにいた見知らぬ誰かがそう呟いた。なるほど。なぎ倒されたバイクと誠に打ちのめされた男達で、道の大半が塞がっている。あれでは後から続く集団が、跡地へとスムーズに侵入することはできない。さすがは第一に切り込む特攻隊の隊長だ。
そう感心している間に、大音量で南側の峠道を上がって来た魔N侍の集団が僅かに早く到着し、次々と跡地へと入っていく。一方、ほぼ同時に北側から上って来た奪洲斗露異の本体は、倒れた味方のバイクなどに阻まれて立ち往生し、怒声を上げていた。
「さっさと退かさんかい! 何しとんじゃ、ワレらは!」
「どんくさいのぉ、奪洲斗露異は! お先に!」
嘲笑しながら入っていく魔N侍のバイクが照らすヘッドライトの光は、無人の跡地をまるでコンサート会場の照明のように周囲を明るくしていた。そうして一番奥の切り立った岩肌を背に、彼らは翼を広げたような隊形を組んだ。背後を取られないようにする為だろう。
倒れたバイクを脇に寄せ、奪洲斗露異の面々が遅れてどんどんと侵入していく。その数は魔N侍の集団を圧倒的に上回っていた。よって優位かと思われた魔N侍の布陣は、逃げ場の無い袋小路に追いやられたかのような様相に変わった。
「おいおい、さすがにヤバいんとちゃうか。どれだけ集まるんや。百は軽く超えとるぞ」
「魔N侍のほうは、五十もおらへんのとちゃうか。やっぱり奪洲斗露異には敵わへんのや」
「当ったり前じゃ。魔N侍なんかに負ける訳ないやろ」
「いや、魔N侍は少数精鋭や。特に四天王は強い。その証拠にさっきの先鋒は、一人であっという間に五人倒したからな。それに総長はかなりでかくて、もっと強いと聞いとるし」
「何を言うとるんじゃ。奪洲斗露異の総長のほうが強いって」
それぞれを応援する見物人が集まっているからか、二手に分かれざわつき始める。そうした声を聴きながら、準は心の中でそっと呟いた。
「タッチャンが負けるわけがない。それに、あの人には絶対勝って貰わんといかんのや」
魔N侍の総長の一七草辰馬は、同じ羽立高校の三年で同級生だ。身長百八十センチを軽く超える大男の彼は、昔から喧嘩がめっぽう強い。高校入学初日に、絡んできた上級生の番長グループ八人を一人で殴り倒し、いきなり番長にのし上がったほどの逸材である。
そして先程活躍した湯花誠と副総長の佐々木元也、親衛隊長の担咲栄太の三人が、羽立の三軍神と呼ばれており、彼らを加えて魔N侍四天王と称されていた。三軍神達も高校で辰馬と一緒になるまでは、小学校の高学年からずっとそれぞれがいた学校の番長として名を馳せてきた有名人だ。特に辰馬は、羽立市周辺で知らないものは誰一人いないほどである。
しかし彼は単なる乱暴者では決してない。涙もろくて情が熱く、正義感の強い男なのだ。弱い者苛めが大嫌いで、そういう奴らを次々と叩きのめした結果、意図せず暴走族の総長に担ぎ上げられた人であり、自ら好んで上に立つタイプではなかった。
この羽立周辺で彼に助けられた苛められっ子は、男女問わず数知れない。その為熱烈なファンも多かった。準もその内の一人だ。彼に目を付けて貰い可愛がられていなければ、これほど安全安心で平穏無事な学生生活を送って来られなかったと、心から感謝している。
しかしあと数ヶ月で、そんな生活も終わりを告げる。準は年明けに共通一次を受け、二月の東大二次試験に合格すれば、関西の地方都市である羽立から東京に上京するからだ。
また聞くところによると、辰馬は高校卒業後、父親が経営する整備工場に勤め、いずれ跡を継ぐ予定らしい。そうなればおそらく彼は暴走族から抜け、普通の社会人になるのだろう。
というのも元々自ら望んで暴走族になった訳ではない。前の総長が率いていた阿修羅という暴走集団が、隣の市を中心に集まった奪洲斗露異と二年前に衝突して敗れた。それを機に吸収されることを嫌った残党達から乞われ、仕方なしに立ち上げたのが魔N侍である。
当初彼は、バイクで走ることに興味を示さず断わっていた。だが調子に乗った奪洲斗露異のメンバーがある日羽立高校に現れ、男子生徒に対するカツアゲを行った。その上女子生徒にまで乱暴を働いた為、それを目の当たりにし怒った辰馬は、入学当初から一緒につるんでいた元也や誠、栄太の四人だけで奪洲斗露異達三十人をボコボコに叩きのめしたのである。
その仕返しを目論む奪洲斗露異の本体に対抗しようと結成されたのが魔N侍だ。その際、相手の総長とタイマン(一対一の喧嘩)をはり、辰馬は圧倒的な力でねじ伏せた。
その時の凄まじい彼の姿を見て震えあがった相手が、まるで本職のヤクザや、と口にしたことで、 “ヤクザのタッチャン”と恐れられるようになった。以前から苗字の一七草をもじり、ヤクザと陰口を叩かれていたからでもある。そして新たな総長に代替わりした今の奪洲斗露異と小競り合いを続けながらも、最近まで大きな衝突はなくこれまで来ていた。
しかし高校最後の年を迎えた先月、ある事件をきっかけに対立が激化。業を煮やした相手総長が旧採掘場に来るよう魔N侍に呼び出しをかけ、今回の全面対決となったのである。
この抗争が終われば、敗北したチームは間違いなく解散させられるはずだ。万が一にも奪洲斗露異が勝利するような事態になれば、羽立高校を中心とした地域は彼らの軍門に下り、平穏無事な学生生活など決して送れなくなるに違いない。
準が小学生の頃から校内暴力が広まり、今や全国各地の学校ではバイクが廊下を走ることなど珍しくなく、校舎中の窓ガラスが割られるなど、授業ができないほど荒れていた。
しかしここ数年、辰馬率いる魔N侍の支配地域では、一切そうした暴動が起こっていない。何故なら暴走族とは名ばかりで、総長命令により違法な走行や、その他の筋が通らない暴力を一切禁止していたからだ。実際、辰馬達四天王がバイクを乗り回す事は滅多になく、他のメンバーのほとんども指示に従い、純粋に走行を楽しんでいる奴らばかりだという。
だからこそ魔N侍に、いや辰馬には勝って貰わないと困る。彼がいてこそ、真面目に勉強している生徒や大人しい生徒が、苛めに遭うことなく平穏無事に過ごせるのだ。準達は残り三ヶ月余りだが、後輩達にも辛い思いはさせたくない。きっと彼もそう考えているはずだ。
同じく祈る想いで結果を見守っている人や、族には所属していないがそれぞれ応援するメンバーを一目見ようと二十を軽く超える人が、旧採掘場跡地近くの高台に建てられ現在廃墟となっている、この建物の屋上へと集まっていた。
跡地から少し離れた場所には中立のレディース、一孔麗寧のバイクが十数台停まっている。その中に、親衛隊長で同じ高校のクラスメイト、村田咲季がいた。その後部座席に何故か、メンバーではない同じくクラスメイトの当麻由美の姿まで見えた。
村田とは余り親しくないが、由美は小学生の頃から知っている。彼女も準と同じく、辰馬に助けられた内の一人だ。よって魔N侍の応援をする為、ここへ来たに違いない。
頼む、負けないでくれ、と準が祈る思いでいた時、爆音を鳴り響かせていたバイクのエンジンが、少しずつ収まり始めた。互いに距離を取り、向かい合った空間はヘッドライトに照らされ、まるでそこが舞台のように見える。
そんな中央に、遠目からも明らかに分かるほど、集団の中で頭一つ出た大男が一人だけ前に進み、何やら叫んでいた。エンジン音にかき消され、こちらまでははっきりと聞こえないが、恐らく相手を挑発しているのだろう。
すると奪洲斗露異の集団から五人の男が走り出し、彼に近づいて行った。中には手に金属バッドらしきものを持つ奴までいる。
「危ないぞ!」
「やったれや!」
と周囲にいた何人かがほぼ同時に叫び合う。前者は魔N侍側、後者は相手側の立場から口にしたのだろう。しかし準は違った。あの程度の雑魚ならいくら束になっても蹴散らされるだけだ、可哀そうに、と思っていた。
その証拠に、後ろで控えた羽立三軍神を始めとする魔N侍のメンバーは誰一人、微動だにしていない。本来なら、少なくとも総長を守る立場の、栄太率いる親衛隊くらいは援護に駆け付けるはずだ。しかし一切動かない様子から、彼らも同じ思いなのだと推測できた。
その予想通り、辰馬は悠然と構えたまま、最小限の動きで瞬く間に五人を倒した。最初の一人は蹴りでバットを叩き落とし、掌底で顎を打ち、そいつが膝から崩れ落ちていく間にその他四人を、同じくそれぞれ掌底一発だけで眠らせたのだ。その間、十秒も経っていない。
その見事な活躍を祝福するかのように、魔N侍の集団が大きくエンジン音を鳴らした。対照的に、奪洲斗露異達は静まり返っている。そんな態度を茶化すように魔N侍の面々がさらに沸き立つと、号令がかかったらしく、今度は二十人近くが辰馬めがけて走り寄った。
しかし三軍神は仁王立ちしたままだ。それどころか、これは加勢しなければと動きだした他のメンバーを制止している様子が見えた。
さすがに分が悪いのではと騒ぐ見物人達と同様、準も若干ハラハラしたが、それは杞憂に終わった。相手が持つ鉄パイプを奪い取り、振り回される他の金属バッドなどをそれで防ぎつつ、辰馬は掌底と蹴りの一撃をそれぞれ交互に繰り出していく。すると食らった相手はまるで糸が切れた操り人形のように、次々と地面に崩れ落ちたのだ。
エンジン音が止み、魔N侍勢から更なる大歓声が沸き立った。それを見て腹を据えかねたらしい奪洲斗露異が本気で動き出す。今度は五十名以上で襲い掛かったのだ。
「やばいぞ! 数で押されたら、さすがにまずいやろ」
「よし! やったれ!」
元々人数に倍以上の差がある為、傍観者達も騒然としながら再び叫びだす。そんな中、ようやく魔N侍の三軍神達も動き出した。併せて親衛隊や特攻隊に属するメンバーと思しき数人も後に続いた。それでも全員ではない。大半は後ろで待機、というより端から参加しないと決めているかのようだ。
「おい! ぼうっと見とるだけじゃあかんやろ! お前らも参加せえや!」
魔N侍を応援する見物人達からヤジが飛ぶ。その声が届いたのか、戸惑いながらも動き出そうとした彼らだったが、三軍神率いるメンバーと入れ替わる形で相手に背を向け、悠々と後退していた辰馬がそれを止めた。
「取り決め通り、お前らは動かんでええ!」
山の反響により、高台までも届いたその指示を聞き、他のメンバーは止まった。
「おいおい。本当に、たったあれだけで勝負するつもりかよ。さすがにやばいんとちゃうか」
「舐められたもんやな。ぶっ潰したったらええんや」
しかしそうした野次馬達の呟きは、すぐに治まった。というのも三軍神達が、辰馬に負けず劣らずの活躍を見せたからだ。三人は一斉に怒号を飛ばした。
「わりゃ、ぶっ殺す!」
「かかってこいや!」
「どかんか、コラ!」
まずは、前哨戦で活躍した誠が先陣を切る。俊敏な動きで相手を翻弄し、次々とぶちのめす。その倒れた奴らが立ち上がらないよう、近くにいた彼の部下達が止めを刺していた。
その右側にいた元也は、辰馬に次ぐ大きな体を駆使していた。金属バットの攻撃をものともせず跳ね返し、ぶん殴って気絶させた一人の胸倉を掴んで振り回す。その体を武器にし、襲い掛かる奴らをなぎ倒すという物凄い怪力を見せていた。
誠の左側に陣取っていた栄太は、これまた辰馬と同様に掌底や蹴りの一撃で相手を沈め、地面に転がった野郎達を彼の護衛達が踏みつぶしながら前に進む。
さらにその後ろでは引き返してきた辰馬が、鉄パイプやバットなどの武器を自陣に向け投げ飛ばし片付けていく。また前方の面々の間をかいくぐり、頭を取ろうと現れる勇敢だが無謀な奴らを、一瞬で叩き伏せていた。
奪洲斗露異の隊員がどんどんと減っていく様子に、見物人達は信じられないと目を丸くした。中には余りの凄まじさに、ポカンと口を開けたままの奴もいる。彼らの強さを良く知る準でさえ圧倒されてしまい、言葉を失っていたほどだ。気付けば相手総長と周辺に立つ数人しか残っておらず、魔N侍側はほとんど被害がないままの状態で睨み合っていた。
「おい! もうええやろ。総長同士でタイマン勝負や」
辰馬がずいっと前に出てそう言い放つと、奪洲斗露異の総長が初めて前に出た。それを見た元也と誠とその部下達は辰馬の背後に後退したが、栄太と親衛隊達は相手総長の背後に回り、腕を組んで仁王立ちしていた。一対一の真剣勝負を邪魔させないようにする為だろう。
「おう! やったろやないけ! これで勝ったほうが勝ちでええんやな!」
「勝ったほうが勝ちって、当たり前のこと言うとんなや。もうちっと、国語の勉強せぇや」
辰馬が鼻で笑うと、魔N侍側から爆笑が起こる。
「やかましんじゃ、ボケ!」
恥をかかされ、怒った相手が走り寄る。遠目からでも辰馬に近い大きな体と分かる。相当強いと噂は聞いたが、直接対決は初めてだ。一体どうなるか、と皆が固唾を飲んで見守った。
一発、二発と繰り出す相手のパンチや蹴りを、辰馬がいなす。その動きは滑らかだ。彼の強さの秘密は力だけでなく、ブルース・リーに憧れ独学で習得した功夫らしい。素早い身のこなしで攻撃をかわし、相手の顎や鳩尾などの急所を突き一撃で倒す技を持っていた。
しばらく眺めていると、素人目にも格の違いが分かった。一方的に攻めているのは相手だが、守る辰馬には余裕が伺えた。明らかに打たせている。その証拠に、相手の動きが段々と鈍くなり、隙を見せても辰馬は一切攻撃しなかった。
奪洲斗露異の残党達や応援していた見物人達も、劣勢に気付いたようだ。盛り立てていた掛け声が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。片や魔N侍側の声援ばかりが耳に届くようになったが、それもやがて止んだ。余りに力の差が歴然としていたからだろう。
一発も食らっていないのに相手は肩で息をし、もうヘロヘロで足がおぼつかない様子だ。しかし辰馬は変わらず悠然とした動きで、淡々と攻撃をかわしている。そして相手の動きが完全に止まったところで口を開いた。
「もうええんとちゃうか。まだやるつもりか」
「やかましいわ!」
頭に血が上ったのか、相手は最後の力を振り絞るように右足で蹴りを放つ。それを辰馬は左手で受け止めた。だがその瞬間、相手は飛んだ。残った左足で蹴りを繰り出したのだ。
「あ、危ない!」
そう叫んだ準達だったが、それを簡単に右手で払われた相手は、受け身が取れず地面に激しく後頭部を打ち付け、痛みでのたうち回った。そんな相手を見下ろし、辰馬が言った。
「お前らの負けや。とっとと解散せぇ。そしてもう二度と、おかしな真似はすんな。あと、うちの女生徒を入院させた腐れ外道の身柄を、こっちに引き渡せ。ええな」
そもそも今回の抗争は、奪洲斗露異の一人が羽立高校の女生徒に手を出し、全治三カ月の大怪我をさせたのがきっかけだ。しつこく迫られ断わっていたところ、逆上した相手が無理やり女生徒を密室に連れ込み、顔を殴り蹴り飛ばすなどして入院させたという。
にもかかわらず親を使い脅して金で示談した結果、傷害罪での逮捕を免れたと耳にした辰馬は激怒。彼は奪洲斗露異に対し、せめて内部でケジメをつけさせろと迫ったらしい。しかし断わられた為、抗争が始まったのである。
その結果、魔N侍のメンバーだけでなく、関係の無い羽立高校の生徒も様々な場所で喧嘩を売られた為にブチ切れた辰馬は、これを機に二度と逆らえないよう奪洲斗露異全員をぶっつぶすと宣言し、片端から叩きのめした。噂によれば、来年の三月には卒業してしまうからそれまでに片をつけると言っていたらしい。
辰馬を中心とした四天王にかかれば、一人で五人や十人を相手にしても簡単に勝てる。その為、奪洲斗露異達は次々と倒されていった。そうした状況に業を煮やし、このままではまずいと思った相手総長がこの場に辰馬達を呼び出したのだ。けれど、魔N侍の圧勝となった。
「な、仲間を売るような真似、できるかっ!」
頭を抑えながら半身を起こして言い返す相手総長に、辰馬は怒鳴った。
「下衆野郎でも仲間か。そんならお前も同罪じゃ。くたばれ!」
そうして繰り出した強烈な蹴りが、相手の横面にヒットする。もげたのではないかと思うほどの勢いで首が回り、彼は地面にバタリと倒れた。完全に泡を吹いて気絶したようだ。
その様子を間近に見ていた奪洲斗露異の残党達が震え上がる。そんな彼らに辰馬が近づき、背後に栄太とその部下、そしていつの間にか駆け付けた元也や誠とその部下達が並んだ。
「す、すいませんでした!」
既に前哨戦で誠に倒された奴らや根性なしだけが残っていたのか、それとも反抗する気力を削ぐほどの有無を言わせぬ迫力に負けたのか、彼らは一斉に土下座して頭を下げた。
しかし辰馬は軽く首を振り怒鳴った。
「そんなこと、すな。せやけど奪洲斗露異は解散せえ。ええな。もしせんのなら、今度は気絶くらいじゃ済まさへんぞ。頭の先からつま先まで、骨という骨を砕いたる。分かったな!」
「は、はい!」
と、彼らが揃ってブルブルと怯えながらそう答えた為、辰馬は頷いた。
「よし、ええ返事や。それでええ。あと、例の事件の犯人は名乗れ。どいつや」
しかし彼らは全員首を振った。
「い、いえ、俺らじゃないです。こ、ここにはいません」
「なんやと! じゃあどこにおんのや。隠れとんのか。それともどっかで転がっとんのか」
後ろを振り向き、叩きのめされ地面に横たわったまま、または息も絶え絶えの状態で半分体を起こしている奪洲斗露異達を、辰馬は目で追った。
「おい、ワレ。ここにおらんって即答したってことは、あの事件が誰の仕業か、お前らは知っとるって事やろ。誰や。正直に言え!」
前に進み出た栄太が、土下座した男の胸倉を掴んで揺さぶり詰め寄った。だがそいつは、ただ首を大きく振るばかりだった。どうやら目当ての奴は途中で抜け、逃げたと思われる。
聞くところによると、事件で襲われた女性は相手の家とこっそり示談をした為、誰に襲われたのかを口にしなかったという。その為に辰馬達は事情を知っているだろう奪洲斗露異のメンバーを片端から見つけては殴り倒し、その人物の名を吐かせようとしていたのだ。
ただ幹部の一人だとまでは自白させたものの、具体的な名前までは掴み切れなかったと聞いている。先程倒した総長でないことは分かっていた。また、犯人とされる親の職業から何となく察しはついていたが、こいつだと確定させる証言が欲しかったのだろう。
「いや、その、」
と 青冷めた顔で固まる相手に、栄太が怒鳴りつけた。
「ワレ、これ以上黙っとったら、マジでいてまうぞ! ほんまのことを言えや!」
「じ、実は」と口を割りそうになったところで、遠くのほうからバイクの特殊なクラクション音が聞こえた。それを耳にした魔N侍のメンバーが騒ぎ出す。
さらに何度か同じ音が続いたところで敷地に一台のバイクが侵入し、入り口付近に止まった奴が大声で叫んだ。
「やばい! マッポや! 北側から来よる! はよ、逃げなあかん!」
準の近くにいた見物人の誰かが、ボソリと口にした。
「魔N侍の偵察隊や。どっかで見張っとったんやろ。さっきのは、それを知らせる合図やな」
どうやらその予想が当たっていたらしい。辰馬は素早く動き、メンバーに指示を出した。
「散会や! 誠! 予定通り、特攻隊で北側のマッポを食い止めろ! 栄太! お前ら親衛隊は南側や! 他の奴らは元也の後ろに続いて脇道を走れ! 俺が殿や!」
魔N侍の面子は皆、こうなると想定していたようだ。おう! と一斉に応じ、後方にいた奴らは素早く動きバイクにまたがり、誠や栄太、元也らのバイクを運んで彼らに駆け寄る。
「俺についてこい!」
「親衛隊はこっちや!」
「残りは俺の後に続け!」
真っ先に跡地を飛び出た誠が北側の峠へと走り出し、特攻隊の面々がそれに続く。次に栄太のバイクが逆の南側の道路へと飛び出し、親衛隊がそれを追った。その他が元也に続き、四輪は通れないだろう狭い脇道へと入って行く。その一番後ろに辰馬のバイクがいた。
殿とは、戦などで退却する際、味方を逃す為に最後尾で敵の追撃を防ぐ役割を指す。逃げつつ戦う、または相手を防ぐ難しい役回りを、総長自ら行うなど通常はあり得ない。
しかし誰一人逮捕者を出さないように、または被害を最小限に食い止めるという仲間を想う辰馬らしい行動だと、準は思った。そう感心していたところで、誰かが言った。
「やばい! 俺らもこんなところでいるのを見つかったら、捕まるぞ!」
そうだ。確かにこの建物は、現在立ち入り禁止になっている。来月受験を控えた身で補導されては、大学進学どころではなくなってしまう。その為、慌てて逃げようとした。
だが階段は狭く、同じように考える奴らでごった返し、なかなか前に進まない。それでも準は何とか脱出し、置いてあった自転車にまたがり走り出した。
パトカーのものらしきサイレンが遠くで響き、焦燥感をさらに煽る。魔N侍の集団は既に誰も居なくなり、奪洲斗露異のメンバーは散り散りに走り出していた。倒れていた奴らも何とか立ち上がり、助け合いながら何とかバイクに乗り逃げようとしている。
準達も狭い脇道に入り、転倒しないようブレーキをかけつつ急な坂道を下った。しばらくして振り向き見上げると、跡地周辺の道路辺りに赤い警告灯を回す、数台の車が見えた。
「やばい! あれ、白バイとちゃうか? 追って来るぞ!」
同じく自転車で逃げる見物人達が、後ろでそう叫んだ。
「マジかよ! 勘弁してくれ!」
心の中で叫んだ準は、絶対捕まる訳にはいかないと必死にペダルを漕ぎつつ、頭を捻る。いや警察の狙いは俺達じゃなく、バイクに乗る暴走集団達のはずだと思い直す。
そこで準は少し道が曲がった場所でコースを外れ自転車を降り、うっそうと茂る木々の裏へと隠れた。周囲に灯りは全くない。あるのは道を走る自転車やバイクが照らすライトの光だけである。よって暗闇の中に溶け込めば、見つからずにやり過ごせると考えたからだ。
その読みは的中した。赤ランプを回し走る白バイが全て通り過ぎ、その後を走る他の自転車組が通る様子を確認してから、準は道に戻り坂を下りた。これで追われる心配はない。ホッと一息つき転倒しないよう注意しながら走り、やっと山から脱出し街中まで戻ったのだ。
もう大丈夫だろう。そう思い振り向くと、峠を降りる数台の車の明かりが見えた。けれどバイクの音は聞こえない。あの様子なら、魔N侍の先頭集団も無事切り抜けたと思われる。
前方の街中では、遠くでパトカーのサイレンとバイクがふかす音が聞こえる。まだ追走されている集団はいるようだ。辰馬だろうか。まさか逮捕されないよな、と危惧した。
しかし人の心配をしている場合でないと気付く。時計を見ると十二時を回っていたので、補導対象の高校生としては、今ここで警察に目は付けられたくない。とにかく家に着くまで油断せず行こうと思いつつ、大通りを避け住宅街の道路へ入り、静かにかつ急いで進んだ。
さあもうすぐ家だ、というところまで来た。ここまでくれば安心だ。ようやく力が抜けて緊張がほぐれ、先程までのことを頭に浮かべた。
それにしても今日はすごかったな。辰馬は想像以上に強かった。これで羽立高校や周辺の平穏は保たれる。奪洲斗露異が解散すれば、別の集団が結成されるまでの間だけでも静かになるだろう。
準がそう思っていた時、突然脇道の暗がりから
「ワレ、何をしとんじゃ!」
と怒声が聞こえ、思わずブレーキを踏んだ。