第2話
「《イベントはどうでしたか?》」
「……え?」
声の正体は昨日の少女だった。どこから現れたのか分からないが、現に目の前に存在している。
『《イベントはどうでしたか?》』
「イベント?なんだよそれ」
「《昨日の10連ガチャで出たイベントです》」
「いや意味不明のことに意味不明なことを重ねないでほしいんだけど……」
少女がこちらを見たまま停止。
気まずい沈黙が流れる。
「あ、あのー」
「《マニュアルを説明します。只今時間はありますか?》」
「は、はい。あります」
「《それでは、アプリ『●●●●●』の説明を開始します》」
そう言って目の前の少女は、説明を始めた。彼女の説明をまとめるとこうだ。
あのアプリには、マンスリーパス、キャラスキン、ガチャの三つの機能がある。
『マンスリーパス』
毎日最低一回、指定した相手と話す機会が発生する。俺の場合はデフォルトで七島さんらしいが、変更は可能らしい。期間は一ヵ月。
『キャラスキン』
容姿に関する変更が可能になる。自分のヘアスタイルや服装を変えるものから、全く違う人に容姿を変えるものまで、その幅は広い。効果が続く期間は変更度合いによって変わる。
『ガチャ』
指定した相手と接近するためのアイテムやイベントを手に入れることが出来る。イベントには、コモン、レア、スーパーレアの三つのレアリティが存在し、ガチャによって手に入れた写真をこの少女に渡すことでレア度の判別とイベント内容の説明が行われるという。
また、アプリの使用具合によっては、機能の拡張もあるらしく、その内容については追って説明が入るそうだ。
「《何か質問はありますか?》」
説明を終えて少女が言った。
「えーっと、ちょっと待ってよ。てことはさっきのキスってイベントってことなのか?」
「《はい。昨日のガチャで出たイベントです》」
「……まじかよ」
俺はそっと自分の唇に手を当てた。脳内に先ほどの光景がフラッシュバックしてくる。それと同時にアレの存在も思い出される。
「じゃあ昨日の段ボールはアイテムが入ってる?」
少女は静かに頷いた。さっきまで抱いていたあの段ボールへの不信感が一気に色を変えた。
段ボールの中身は一体なんなのだろう。
今すぐ家に帰って確認してみたい衝動に駆られる。
「《本アプリは、アナタに意中の相手と近づくきっかけを与えることが出来ます。是非、有効活用し、あなたの人生を素晴らしいものにしてください》」。
「意中の相手……」
七島さんのことだ。
一年前、高校入ってすぐ俺は七島さんに恋をした。
一目惚れだった。周りが時間を止まったように遅くなり俺の目には七島さんだけがいた。
四月の涼しげな風に揺られる艶やかな髪も、朝日に照らされた弾けるような笑顔も、その時のことは今でも鮮明に覚えている。
あれから彼女を目で追うようになり、その度に思いは大きくなっていった。
しかし高校2年になった今でも関係性は変化していない。
あの時から変わらず視界の端で彼女を捉える日々。
今の今まで告白は愚か、自分から話しかけることすらできていない。
「……でもこのアプリなら」
こんな俺でも七島さんと付き合うことが出来るかもしれない。
もう俺は『●●●●●』の力を疑っていなかった。
さっきの七島さんとのキスは、俺の中の躊躇や疑念を晴らすのに十分すぎるほどだったのだ。
俺は自分の体が少し震えていること気付いた。
「《──それでは、またのご利用お待ちしております》」
そんな俺を尻目に、少女はそう言ってスマホの中に入っていった。
*
その日1日はずっと上の空だった。
頭の中は、すぐに家に帰ってアイテムを確認したいという欲求ばかり。
ちなみに七島さんとは朝の一件以降話せてない。
「じゃあ帰りのHRを終わります。気を付けて帰るんだぞ」
授業が終わり、すぐに家に帰り部屋へと急ぐ。
得体がしれなかった段ボールは、昨日からそのままにしてある。
俺は部屋に入るとすぐに蓋を閉じていたテープを剥ぎ中を確認した。
「えーっと、チラシと……カプセルトイか?これ」
中に入っていたのはバイト募集のチラシと、中身の入ったカプセルだった。
バイトのチラシは近くの本屋さんのもので、カプセルにはキーホルダーが入っている。
「なんだこれ。俺に働けっているのか?……まあ働かなきゃいけないけどさ」
アプリの課金は、ガチャが10連一万円、マンスリーパスが5000円。
別に特別お金に困っているわけではない。
我が家は家庭環境が少し変わっていて、両親が一ヶ月に一回程度しか家に帰ってこない。そのためある程度不自由なく暮らせる程度のお金を事前に渡されているのだ。
ただそれは、あくまで生活費。これを俺がアプリに課金しているとバレたら、相当なバツが待ってるだろう。
「……バイト応募するか。でキーホルダーは一応保管しとこ。何かに使うかもしれないし」
俺はキーホルダーを引き出しの中に入れ、いつものゲーミングチェアに腰を下ろした。
「さて、心配事もなくなったし今日はがっつりゲームだな」
一人そう呟き、PCの電源を入れる。
ゲームは俺にとって唯一と言っていい趣味だ。
PCやスマホを媒体とした最新のシューティングゲームやRPG,レースゲームは勿論のこと、将棋や囲碁、麻雀など古き良きボードゲームまで『ゲーム』と呼べるものならなんでも俺の守備範囲にはいる。
「今日は、将棋界隈を荒らしに行くか」
俺は肩をぶんぶん回しながら、PC画面に意識を向けた。
結局この日は、日付が回るまで将棋に熱中しそのまま気絶するようにベッドにダイブするのだった。
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