婚活アプリで金髪美女をゲットせよ
山田太郎、30歳独身。東京郊外の古びたアパートに住む、ごく平凡なサラリーマンだ。身長175cm、やや痩せ型で、顔は「地味」と自認している。趣味は海外の歴史や地理や文化についてのゆっくり動画を見ること。最近はロシアにも興味津々。モンゴル時代の厳しい生活状況をしったり、日露戦争でなぜ日本が勝てたかもしり、ソ連時代の歴史を調べたりすればするほど、ロシアの金髪美女達への興味が湧いていくのであった。ロシア語は「Здравствуйте(プリビエット、こんにちは)」くらいしか知らないし、英語も得意ではないから会話する手段が殆ど無い。しかも今は戦火のせいでロシアでもいろいろとゴタゴタがあり、ウラジオストクに旅行に行く事もままならない。日本人相手でも奥手の山田は、会話はおろか、ロシア女性と出会う事すら現実的な選択ではない。
ある火曜日の夜、残業で疲れ果てて帰宅した太郎は、ほっともっとで買った肉野菜炒め弁当をテーブルに置き、ニトリのソファにドサリと腰を下ろした。テレビをつける気力もなく、まずはスマホを手に取る。
「もう30だし、そろそろ結婚も考えるころか…」
アプリストアで出会い系アプリを漁っていると、目に留まったのは「Русская Любовь(ロシアの愛)」という、何のひねりもない、ど直球の名前の婚活アプリ。アイコンには赤いハートとロシア国旗が描かれ、レビュー欄には「怪しいけどハマる」「ロシア美女に確実に会える!」「このアプリで人生が変わった。ありがとう。」などと、アプリを称賛するようなレビューばかりが残されていた。怪しさ抜群だ。
「ロシア美女に確実に会えるは、流石に嘘っぽいが…、まあ最初は金を払わなくていいみたいだし、ちょっと試してみるか」
好奇心に負けた太郎はダウンロードボタンを押し、2分後、早速アプリを開いた。自分のプロフィールを入力し、ようやくメインの機能まで到達。画面にはキリル文字で書かれたボタンやプロフィール写真がズラリ。アプリ上では翻訳アプリも使えないので、「なんとなく雰囲気で分かるだろ」とスクロールを始めた。
数分ほどアプリを試していると、目に飛び込んできたのは目を奪うような美女の写真。金髪に青い瞳がキラリと光り、モデルのように華奢で細い体、そして絶妙な笑顔が可愛い。プロフィールには「Анастасия, 22 года(アナスタシア、22歳)」と書かれ、その下にロシア語で長々と自己紹介らしき文章。読めないが、トップの写真だけで十分魅力的だった。
「これはかわいい!まさに俺が思い描くロシア美女といっても過言ではない。下手したらハリウッド女優レベルじゃね?で、「いいね」ボタンを押したいけど、どこ押せばいいんだ?」
右下の青色のボタン(恐らく「いいね」ボタンだろう)が光っている。「まあ、ダメ元で」と軽い気持ちでタップした。
その瞬間、スマホ画面が「ピカッ!」とまぶしく光り、部屋全体が一瞬白く染まった。「うわっ、何だ!?」と驚いて声を上げたが、その声がいつもより高く、甲高いソプラノ調に響いた。
「…え?声、高くね?驚いて喉に唾液でも詰まったか?」
咳をして違和感を取り除こうとしたが、一向に声の変な甲高さが取れない。
そしてふっと視界に入ったスマホを持っている左手を見てみると、いつも見慣れた節くれ立った男らしい手ではなく、マニキュアでピンクに輝く長く整えられた爪と、細くて白い女性の手が目に入った。
「あれ、なんだ!?これ、俺の手じゃないっ。女の手?」
スマホを持っていない右手をみても状況は同じ。それにしても色が白すぎる。
さらに視線を下げると、愛用のスーツが胸のあたりで不自然に膨らんでいる。恐る恐る左手を伸ばし、右側の大きな膨らみをワイシャツの上からそっと揉んでみると、それは今まで人生で触った記憶も無いぐらい柔らかくて、それなのに弾力のある感触がリアルに伝わってきた。
「うわっ!おっぱい!?マジか!?」
今度は、胸の横まで伸びている黄色い糸状のモノを掴むと、サラサラしたブロンドヘアであることを認識できた。
「なにこれ・・・」といいながら少し引っ張ってみると、頭まで軽く引っ張られ、それが自分の頭から生えているものだという感覚を否が応にも認識させられた。匂いを嗅ぐと、ほんのりといい匂いがした。
そして近くにあったダイソーで買った手鏡を手に取り、震える手で覗き込むと、そこにはアプリて見た美女、アナスタシアの顔が映っていた。青い瞳がこちらをじっと見つめ、ピンクの唇が驚いたように微かに開いている。
「俺が…ロシア美女!?どういうことだよ!異世界転生!?」
だが、服装は会社帰りのスーツのまま。金髪美女の顔に似合わないいかにもサラリーマンな格好。すこし胸周りとおしり周りがきつくて着心地も悪い。
妙なギャップを感じつつ、太郎はスマホを手に持った。
「これはアプリのせいか?」
アプリ画面にはまだいくつかのボタンが並んでいる。「元に戻る方法があるはずだ」と考え、目に付いた赤いボタン(ロシア語で「Смена стиля」=「スタイル変更」)をタップ。すると、身体が一瞬光に包まれ、Gパンと縞シャツが消え、代わりに胸の谷間くっきり見えてぴっちりした白いへそ出しタンクトップと、ピチピチのデニムショートショーツに変わった。
「え、何!?待って、待って…」
鏡を手に持つと、アナスタシアの顔の造形にマッチするグラマラスなファッションが映し出される。タンクトップの生地は薄く、男に見てくれと言わんばかりに胸の大きさと張りがはっきりわかるぐらい上半身のラインがはっきり浮かび上がり、デニムショートパンツは下半身全体に張り付くようにフィットして安産型のおしりの大きさとシルエットがまるわかりで、男だったら本能的に見ずにはいられない。突然襲ってきた服の締め付け感に戸惑い、思わず両手で胸を抱えてしまう。
「おいおい…エロすぎだろ」
顔が熱くなり、心臓がバクバクする。
次に目についたのは青いボタン。「Перевод(翻訳)」と書いてありそうだった。「これで何か分かるかも」と期待して押すと、頭にチクッとした鋭い痛みが走り、「痛っ!」と叫んだと思ったら、その声は「Больно!(ボーリナ!)」(痛い!)と流暢なロシア語に変わっていた。
「Что!? Я говорю по-русски!?(ナニ!?俺、ロシア語で喋ってる!?)」
驚きつつアプリの画面を見ると、今度は全ての文字が理解できる事にも驚愕する。「Ого, я могу читать по-русски!(おお、ロシア語が読めるぞ!すごい!)」と一瞬喜んだが、すぐに「Нет, нет, проблема не в этом!(いや、いや、問題はそこじゃない!)」と我に返る。
画面には「Изменение внешности(外見変更)」「Смена языка(言語変更)」などと書かれたオプションが並んでいた。「Изменение внешности!(外見変更か!これで元に戻れる!)」と期待を込めて「外見変更」をタップ。
すると、再び光に包まれ、ミニTシャツとデニムスカートが消え、真っ赤なビキニの水着姿に大変身。胸がさらに強調され、肌の露出度が急上昇し、冷たい床に素足が触れる感触にゾクッとした。背中に長い髪がサラリと流れ、鏡に映る姿はまるでビーチに立つプレイボーイ・モデルのよう。
«Подожди минутку… Что!? Это почти голое тело!(ちょっと待て…何!?これ、ほとんど裸じゃん!)»
慌てて腕で胸を隠そうとするが、水着の紐が肩に食い込み、動くたびに肌の感触がリアルすぎて頭がクラクラする。「Нет, я не могу носить такое! Кто-нибудь, помогите!(いや、こんなの着てる場合じゃないだろ!誰か助けてくれ…!)」と呟くが、声は甘いロシア語で響くだけ。
鏡を見ると、赤い布地が白い肌に映え、アナスタシアの完璧なプロポーションが際立つ姿に、「Как мне жить в таком теле… Это слишком стыдно…(俺、こんな体でどうすんだよ…恥ずかしすぎる…)」と顔を覆った。
気を取り直し、別のボタン(「Одежда+」=「服装+」)を押す。今度は身体が再び光り、花柄のワンピースに変身。胸元が少し開いたデザインで、スカートが膝上まであり、風が通るたびにフワリと揺れる。
«Ой, это лучше, чем купальник, но… Что!? Это слишком женственно для меня!(うわっ、さっきの水着よりはマシだけど…何!?こんな女っぽいの、俺に似合うわけないだろ…!)»
鏡に映る自分を見ると、アナスタシアの優雅な美しさがワンピースで引き立ち、まるで映画でよく見るような、上流階級の令嬢のよう。だが、内心は「Я никогда не носил такое! Что делать!?(こんな服、着たことないって!どうすりゃいいんだ!)」と赤面しつつ、アプリの説明を読み始めた。
「プレミアム機能でさらに多くのオプションが解放されます」とある。「Платить, чтобы вернуться? Надо попробовать…(課金すれば戻れるのか?試してみるしかねえな…)」と希望を抱いた。
画面に「Подписаться(サブスクライブ)」と書かれた金色のボタンを見つけ、「Это вернёт меня назад!(これで元に戻れるはず!)」と勢いでタップ。だが、課金画面が表示されるどころか、スマホがブブッと激しく振動し、眩しい光が太郎を包み込んだ。
«Что!? Это опасно!(うわっ、なん!?やばいって!)»
光が収まると、太郎は見知らぬ部屋に立っていた。目の前には古びた木製のテーブルがあり、その上には紅茶の入ったカップとスプーンが置かれている。窓からは薄暗い夕暮れの光が差し込み、外には雪に覆われた街並みが見えた。部屋の壁には色あせた花柄の壁紙が貼られ、棚にはロシア語の書籍や小さなマトリョーシカ人形が並んでいる。鼻を刺すのは、どこか懐かしいようなスープの匂い。
«Где я!?(え、ここ…どこだよ!?)»
慌てて周りを見回すと、テーブルの上に置かれたスマホが目に入る。画面には「Анастасия, добро пожаловать домой(アナスタシア、おかえりなさい)」と表示され、その下に「プロフィール登録完了」と書かれていた。
«Подожди… Я в квартире Анастасии!?(待て…俺、アナスタシアの家にいるのか!?)»
鏡を探して部屋を見渡すと、壁に掛かった小さな丸い鏡に自分の姿が映る。そこには、花柄ワンピースを着たアナスタシア(太郎)が困惑した顔で立っていた。スマホを手に取ると、アプリが自動的に起動し、「22歳、花嫁募集中」のプロフィールが表示され、すでに何人かの男性から「いいね」が届いている。
«Шутите!? Я невеста!? Верните меня назад!(ふざけんな!俺が花嫁って何!?戻してくれよ!)»と叫ぶが、声はロシア語で響くだけ。窓の外を見ると、遠くにロシア風の教会の尖塔が霞んで見え、ここが確かにロシアであることを実感した。
«Я хочу вернуться в Токио… Кто-нибудь, помогите…(いや、東京に帰りたい…誰か助けてくれ…)»と呟きながらソファに崩れ落ちるが、スマホからは次々とアプリからの通知音が鳴り続け、太郎の新たな人生が始まってしまったことを告げていた。
【エピローグ:アナスタシアの新生活】
数週間後、太郎の東京のアパートに残されたスマホはソファに置き去りのまま埃をかぶっていた。一方、ロシアのアナスタシア(太郎)は、ロシアのアパートでの生活に少しずつ慣れ始めていた。さすが心は男なので、女体の悦びは初日に経験済み(笑)。アナスタシアの体の構造は一通り理解し、先週は初めての生理まで体験した。ロシア語は話せるので生活の苦労は少ないが、まだまだ慣れない女性としての意識やエチケットには不便は有る。
アプリで元の自分に戻る方法を探る中、メッセージを通じてロシアの富豪イワン・ペトロフ(35歳、髭が自慢の筋肉質な男)から猛アプローチを受けた。初メッセージはこうだった。「Ты прекрасна, Анастасия!(君は美しい、アナスタシア!)僕と会ってくれないか?」
«Нет, я мужчина! Встречаться невозможно!(いや、俺、男だぞ!会うとか無理!)»と抵抗しつつも、流暢なロシア語で「Спасибо, но я не уверена(ありがとう、でも分からない)」と返信してしまう。だが、イワンは諦めず、「君の美しさに一目惚れした。モスクワでディナーをしよう」と熱烈なメッセージを連投してきた。
なぜかその言葉にドキッとし、「Почему моё сердце бьётся!?(いやいや、俺、何ドキドキしてんだよ!)」と自分を叱るが、心のどこかで«Иван довольно симпатичный… Нет, стоп!(まあ、イワンって結構イケメンだし…って違う!)»と混乱。
ある日、アプリから「Согласие на брак(結婚承認)」という通知が届き、確認せずにタップした瞬間、光に包まれた。次に目を開けると、モスクワの古い教会に立っていた。純白のウエディングドレスをまとい、長いベールが背中に流れ、目の前にはタキシード姿のイワンがニッコリと笑っている。
«Серьёзно!? Я женюсь!?(え、マジで!?俺、結婚!?)»
司祭がロシア語で「誓いますか?」と尋ね、イワンが「Да(はい)」と答える中、太郎は«Подожди, что будет со мной!?(待て待て、俺はどうなるんだよ!)»と内心叫ぶが、口からは「Да」と出てしまう。指輪を交換する手が震え、拍手が響く中、「Я счастлив…? Или нет…? Что происходит!?(幸せなのかこれ!?いや、幸せかも…って何!?)」と混乱の渦に飲まれた。
東京のアパートのスマホの画面には、最後に「Анастасия Петрова, замужем(アナスタシア・ペトロフ、既婚)」と通知が表示され、そこでバッテリーが切れた。
人生は完全に新章を迎えた。モスクワの豪邸でイワンと暮らすアナスタシアは、時折«Я был мужчиной, верно…?(俺、元々男だったよな…?)»と呟くが、今のゴージャスで楽な暮らしに«Ну, ладно…(まあ、いっか)»と苦笑する日々を送っているらしい。
考えてみれば、アプリを開いたあの夜の、ロシアン美女にお近づきになりたいという欲求が、こんな形で叶う事になるとは思いもしなかった。そして、そこにはお腹の膨らんだアナスタシアがいた。果たしてこれは幸運なのか、それとも皮肉なのか、本人にすら分からなのであった。