魔導師、500年ぶりに弟子と会う③
ナルヤを拘束した数秒後、色々な考えが頭を巡った。
500年前とは違い、彼は騎士団の司令官なのだ。そんなナルヤを拘束して、僕は捕まったりしないだろうか。
「ナ、ナルヤ…さん?」
「…」
俯いたままのナルヤに声をかけるが何も話さない。
「あぁ、えっと僕は君が、いやナルヤが抵抗を受け入れるって言ったから…あ」
ナルヤの方へ視線を移すと手と足を拘束されだらんとしていた。心なしか彼の視線も鋭いものになっている気がする。
僕の拘束魔法でナルヤを拘束したままだったのだ。
「すまない、今外す!」
急いで魔法を解くと、ナルヤはむくりと起き上がる。
もし今何か魔法を飛ばされたら、防御できるエネルギーなんて残っていない。
僕は心の中でメリーに何度も謝った。
ごめん、メリー。僕、メリーの身体で勝手に死ぬかもしれない。
ナルヤの手が迫ってきて、反射的に目を隠す。
すると、宙に浮いた感覚がした。
目を開けると、小さなメリーの身体をナルヤが抱き上げるような形で持ち上げられていた。
「え…」
メリーの小さな身長で下から見るナルヤの表情は怒っているように見えていた。しかし、こうして同じ視線で見ると、目を輝かせて僕をみる表情は昔のようにあどけない少年のようだった。
「凄い!500年前の技術で、独自にガード破壊の魔法を作るなんて。僕はまだ先生には勝てないな。」
降ろしてもらうために足をバタバタしたが、ナルヤは気にも留めない。僕が先程の戦いでエネルギーを多く使って、足にも身体にも力が入らないのもあるが…
足を動かして下に戻してもらえないと分かれば、大人しくナルヤとの会話に移るしかないだろう。
「いや、君は本気を出していないだろう。あの魔法は…凄かった。」
ナルヤはその言葉を聞き、口角が少し上に上がる。
彼は僕を500年前と同じように先生と言い慕ってくれている。しかし、僕はナルヤが本気を出したらすぐ倒されるだろうし、魔法の知識だってナルヤの方が多いだろう。単純に僕とナルヤでは500年も生きている長さが違うのだから。
ナルヤは僕を下に戻した後、服を整えながら僕のことを見つめた。
「なんで先生じゃないって嘘をついたのかい?」
1番聞かれたくないことを聞かれてしまった。
「なんて言えば良いんだ…僕は完全にログ=マルニエじゃないんだ。500年前の魔法で…」
どう説明するか、僕だって理解していない情報を伝えるのは難しかった。
「フフッ」
そんなあたふたしている僕をみてナルヤは吹き出すように笑った。
「ごめん、先生。500年前に戻っているようで懐かしくて。」
「貴方が本当に先生ではない人物だったとしても、僕は貴方を先生と呼ぶよ。だって僕は、僕が見習いたいと思った人を先生と呼ぶから。」
「そ、そうなのか。」
間違いなくナルヤは僕のことをログ=マルニエだと思っているだろう。でも、ナルヤは僕のことを追求してこない。今追求されたとしても僕は上手く状況を説明出来ないし。
「先生から僕に何か聞きたい事はあるかい?僕の知っている事なら教えるよ。」
ナルヤは500年前には見たことのない白いキッチリとした服で床に胡座をかいた。
真っ先に頭に出てきた質問があった。
「なんでナルヤが500年も生きているんだ。」
ナルヤは頷く。きっと初めはこの質問が来ると想像していたのだろう。
「先生が転生魔術を使って一年経った時、僕は準不老不死の魔法を仲間と作った。」
「準不老不死?」
僕の声が、きっと僕ら2人で使うべきではないほど広い訓練場の中で響く。
「そう。老いるのがとても遅くなる魔法だ。
人間では考えられない速度で年を重ねるから、不老不死の様にみえる。だから準不老不死。」
だからナルヤは500年過ぎても昔とほぼ変わらない風貌で生きているのだ。
しかし、魔法を話す時の表情どこかは達観しているようにみえる。この500年何を経験したのだろうか。
「他にあるかい?」
「ああ。僕の後世が伝えてはいけないことになっている事だけど。」
二つ目にこの質問が来る事は想像していなかったのだろうか、目をぱちくりさせる。
「そうだね。500年前の戦争後期に先生は最後にあの魔法を作ったよね。時間を移動してその時間上の別の存在になる…転生魔法を。」
「転生魔法…」
「僕たちはそう呼んでいる。転生魔法が禁忌と呼ばれるようになった時のことから話させて欲しい。
エレーヌ様が亡くなった数ヶ月後、僕たちの国、アルーメ王国の降伏で戦争は終結したんだ。戦争が終わった年、敵国であったドゥルディス王国の魔法の発展に協力をする約束で統治下に入ったんだ。もうすでに統治は終わっているけどね。」
ナルヤは僕の様子を伺うように顔を覗き込む。
「大丈夫さ。エレーヌ様が亡くなられてから、僕達の国が戦争に負けるのはなんとなくわかってた。」
僕の言葉を聞いたナルヤは当時同じように思っていたようで、ゆっくりと懐かしむように頷いた。
「そこから魔法は発展していき、昔だと考えられないスピードで魔法が作られていった。魔導師でさえも管理できなくなった魔法をまとめるために、ドルディス王国が魔法連盟という組織を作ったんだ。」
確かに、増えすぎた魔法を管理するのは理にかなっている。
「実際魔法を使って、多くの怪我人が出ていたんだ。魔法を使った犯罪も起きていたし。そこで魔法を段階に分けたんだ。魔法を使う人のランク分けによって使える魔法が変わった。ランク分けする中でも、魔法連盟が一番振り分けが大変だったのは今、禁忌魔法と呼ばれている魔法だ。」
「それが、僕が作った転生魔法か。」
ナルヤは僕の顔を見てゆっくりと頷く。
「そうだね。転生魔法は、結果が不明確な点や、エネルギーを多く使う点など多くの問題があったんだ。その中で一番問題視されたのは、過去に行った場合歴史を変えてしまう事だったんだ。」
「歴史を変える…」
「そこから転生魔法は誰にも扱えない禁忌魔法となり、そんな禁忌魔法を作った先生は歴史から名前を消されそうになったんだ。でも、先生の弟子達が抗議をして、魔法を編み出した辺りまでだったら伝承しても良くなったんだ。」
ナルヤは自慢げに語る。
「そうか。ありがとう。」
ナルヤは僕の言葉を聞いて一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに満足そうな顔をして床から立ち上がった。
ナルヤと話す時間がとても懐かしく感じられた。エレーヌ様が亡くなり、転生魔法を行おうと決断した時はは精神的に辛かった。それもあって1人で魔法の研究することが多かったのだ。
「そういえば、500年で多くの事が変わったよ。ナルヤが出した魔法とかね。」
僕の言葉にナルヤは少し考え込む。
「そうかい?僕はあまり変わっていないように思うけどね。怖いくらい。」
ナルヤにとってはたった500年かもしれない。ナルヤの出したガードは僕の解析できない領域になっていた。きっと他の魔導士も僕よりずっと先にいるのだろう。
「こうして話す時間も良いけど、時間はあっというまに過ぎる。500年過ごしてそう思うようになったよ。」
ナルヤは僕の方を真っ直ぐ見る。
「先生と話したい事があったんだ。」
ナルヤから緊張した雰囲気を感じ取った。
「転生とは過去か未来の何かになる魔法。
だから、その魔法は結果が不明瞭であるから禁忌とされている。先生はどんな罰でも、神罰さえも受け入れてでも、もう一度転生魔法を使う?」
ナルヤは僕を試すように言う。500年前、転生魔法の実験をしているのを見られ、ナルヤに止められたのを思い出した。
「もちろん使うさ。絶対にエレーヌ様を助けたいんだ。たとえ、行き先など分からなくてもね。」
ナルヤは深く息を吸う。
「…そうか。それなら、僕は先生を手伝う。」
「君が止めても…って今手伝うって言ったのか?」
その言葉に驚いた。また、止められると思っていた。
ナルヤは静かに頷く。
「エレーヌ様が亡くなってから、先生は心に穴が空いているようだった。先生があんなに好きだった魔法も苦しそうに研究をしてた。先生はこれからの魔法に希望を見出せなかった。それは、弟子の僕にも責任がある。」
エレーヌ様が殺されたのは剣によってではなく、僕が作った魔法だった。そこから僕が生み出した魔法へのイメージが人殺しの道具として変わっていった。
僕はナルヤの言うように魔法に希望を見出せなくなったのだろう。
「先生、僕が準備をしておくから2週間後またここに来てほしい。今の魔法と僕がずっと研究している転生魔法について教えたい事がある。」
「…転生魔法を研究していいのか?」
「秘密裏にね。先生が最後に作った転生魔法を500年間研究し続けたんだ。」
僕は転生魔法の事をよく分からないまま使い、未来にきてしまった。しかし、500年も研究をされていればナルヤの言う通り行き先の指定もできるようになっているのかもしれない。
「本当にありがとう。ナルヤ。」
「いや、何か僕にできる事があったら何でも言って欲しい。先生を手伝いたいんだ。」
ナルヤは嬉しそうに返す。
「じゃあ、ちょっとお願いがあるんだが。またベットを借りて良いか?この身体はエネルギー消費が激しいんだ。」
「魔導師さん!大変だよ。気づいたらパパの職場に来ているなんて!」
目が覚めるとまたメリーの手に戻っていた。ナルヤからベットを借りて、部屋に寝に来たのは覚えているが、寝ている間に入れ替わっていたのだろう。
「この前ドラゴンを倒した後、気絶してここまで運ばれたんだろう。」
「随分と寝てたんだね。」
窓の外はもう暗くなっていた。いまだに、メリーに入れ替わりのことは話していない。
勢いよく扉が開けられた音がした。
扉の方を見ると、メリーの父が息を切らしながら扉の前に立っていた。
「メリー!大丈夫だったか?疲れて寝てしまったと聞いたよ。」
「こんなの全然大丈夫だよ!お、お父さんは何してたの?」
「この前メリーが弱らせてくれたドラゴンを倒して来たんだ。」
「やっぱり倒せてなかったんだ。」
「あぁ、でもなドラゴンは弱っていてすぐ倒せたぞ。」
僕の記憶通りであれば、ドラゴンは氷漬けにされていても100日は生き残れる生命力を持つ。むしろ体力を回復をしていたはずだ。そのドラゴンを数時間で倒すとはメリーの父はよっぽどの手練れだろう。
「そっか、私もドラゴンを倒せるぐらいになりたいな。」
「きっとなれるさ。」
メリーの父はメリーの頭を撫でる。メリーは嬉しそうに顔を綻ばせる。メリーはまだ幼い。3ヶ月ぶりに父と会えてとても嬉しいのだろう。
「まだメリーと居たいんだが、まだ仕事が残っていてな。また数日後に家に帰るよ。」
メリーの父は名残惜しそうに笑う。
「分かった!おばあちゃんにも伝えておくね。」
「そうしてくれ!」
メリーの父が騎士団の敷地の外まで案内をする。
「ここは広いだろう。」
「うん。私、毎日迷っちゃいそう。」
出口に近づいた頃、後ろから「先生!」と呼ぶ声が聞こえた。
この声はナルヤだろう。
メリーが後ろを振り向くとナルヤが走って近づいていた。
「先生、また会えてとても嬉しかった。2週間後ここの応接室に会いに来てくれ。さっきの話の続きをしたい。帰りは馬車を準備した。良ければ乗って帰ってほしい。」
メリーは口ごもりながら「あ、う、うん…」と言う。
「また1週間後に、先生。」
ナルヤはそう言って肩に付いているマントを軽くひるがえしながら、建物の中に戻って行った。
「先生だとぉ?」
メリーの父は眉間に皺を寄せている。
「ナ、ナルヤいつもカッコつけやがって…」
悔しそうにしながらぼやいていた父の手をメリーが強くゆする。
「お父さん、あのナルヤさん?ってどんな人?」
「え?あぁ、この軍の司令官で且つ魔導師の統率者の内の1人だよ。何歳かわからないんだが、異常にモテてなんか気に食わないんだよな。」
確かにナルヤは500年前からその雰囲気と甘い顔からとても人気だった。
「素敵だった…」
メリーはナルヤが帰っていった建物をずっと見つめている。
「「!?」」
まさかメリーはナルヤに惚れたと言うのか。
「…」
メリーの父も驚いて放心状態だ。今ならメリーの父の気持ちがよくわかる。
「メリー様、帰りの馬車が到着しました。」
入り口に立っている騎士の1人がメリーに話しかけた。
「じゃあ、お父さん!また1週間後ね!」
「え、メリーちょっと待ってくれ!」
父の不安とは反対にメリーは嬉しそうに馬車に乗り込んでいった。