魔導師、500年ぶりに弟子と会う
メリーの父と一緒に訓練場の前へ移動した。
訓練場の扉は大きく威圧感がある。そして、扉の前には2人の鎧の騎士が立っている。
メリーの父が扉を開けようとすると、扉の前にいた鎧の騎士達が、それを止めた。
「この部屋にはメリー様しか入れないことになっています。」
「俺はメリーの父だぞ。同伴もダメなのか?」
「そうなっております。その上、ナルヤ様の魔法によって、メリー様以外入室ができなくなっています。」
「!?、なんだって!」
「加えて、リナーヴ大尉。ナルヤ様から伝言を預かっているのですが、まだ資料整理の仕事が残っているようです。」
「あ…」
メリーの父は居心地が悪そうに頭をかき、メリーを見つめる。
「本当は一緒に居たかったんだが、ちょっと用ができちゃってな。また後で!な!」
不思議な父だ。メリーの感情豊かな所は父親譲りなのかもしれない。
「メリー様、扉を開けても大丈夫でしょうか。」
頭まで鎧で覆われた騎士が、音を立てながらこちらを振り向く。
「は、はい。」
重そうな扉が開けられる。扉の先には大きな部屋に男が1人で立っていた。
「ナルヤ様、メリー様をご案内いたしました。」
「ありがとう。扉を閉めてくれて構わない。」
奥に立っていた男が鎧の男達に声をかける。
「はっ!」
メリーの数倍は大きい扉が閉められる。
訓練場の中は僕とナルヤと呼ばれる男だけになった。
隙間も聞こえないこの部屋で、ナルヤと呼ばれる男は静寂を切るように革靴を鳴らしながら近づいてきた。
「初めまして。メリー・リナーヴ。僕の名前はナルヤ=キョウ。」
「!」
名前や話し方、癖っ毛の黒髪、油断させるような気だる気な垂れ目の奥に信念を感じる綺麗な青い目、僕の知っているナルヤと全く同じだ。唯一違うことといえば、彼の顔が多少大人びたことだ。しかし、彼が500年も生きているなんてあり得るのだろうか。
「君の父から聞いたのだが、君はドラゴンを撃破したのだとか。」
「いえ、騎士の人達に助けて貰いながらですよ。私1人じゃ敵わないです。」
まさかただ褒めるために訓練場へ呼んだわけではないだろう。ナルヤと呼ばれている男に何か目をつけられているに違いない。
「あの倒したドラゴンの角を、貴方の父は家に飾りたいって言うんですよ。」
「!?、そんなバカな…」
彼は少し口角を上げ、声色を明るく話しはじめる。
「なので、彼の部隊で数時間後にはドラゴンの氷を溶かしに行くらしいんです。」
「そ、そうなんですね。父の部隊は強いから、きっと勝てますよ。」
「ふむ、勝つとは?」
男はわざとらしく口に手を当て、考えるジェスチャーをする。
「昨日の報告だと、ドラゴンは倒されているという事でしたので、彼らはろくな武器を持って出ていませんね。」
心臓がドクンと跳ねる。
メリーの身体だからだろうか、嘘かもしれないその言葉が不安に感じる。
ドラゴンの氷を溶かしたら、凶暴化したドラゴンがメリーの父達に襲いかかるのは間違いない。
「…昨日ほどの大型ドラゴンは氷漬けにされた程度じゃ倒せない。」
僕の言葉にナルヤはニヤリと笑顔を見せる。
「ふむ。よくドラゴンについてご存知で。そのドラゴンについては後ほどお話を聞きましょう。」
しまった。やはり、罠だったのかもしれない。
「単刀直入に聞くのですが、貴方は僕の師匠のログ=マルニエ先生ではないでしょうか?」
僕は唾を飲み込む。
「今回の氷魔法についてよく調べさせていただいたのですが、今の魔法の構造より数百年古い形式なのです。しかもどうやらその魔法は威力をあり得ないぐらい底上げしているようで、そんな器用な事する人は戦争時代に魔法を使っている人、ログ先生しかいません。」
メリーの話から察するに、僕の事は魔法を作った魔導師としては名が知れ渡っているが、その魔導師の本名がログ=マルニエとは知られていない。
彼は僕の本名や僕がナルヤの師匠だと言う事、500年前の氷魔法の構造を知っている。本当に500年前のナルヤと同一人物なのか。
「私の師匠ログ=マルニエ先生は、魔法を生みだした。先生の一生はお伽話にもなっていますよね。しかし、転生と呼ばれる禁忌魔法を行った為、先生の後世については語ってはいけないものとなっている。」
僕の作った魔法が禁忌魔法と呼ばれている事に驚いた。後世の事も、確かにメリーの祖母が話していた話では、リナーヴ様が亡くなってから一切話に出てこなかった。
「…」
黙っている僕の様子を見て、ナルヤはため息を吐いた。
「はぁ…まぁいいんです。ここに来てもらったのは、魔法にも資格がありまして、今回ドラゴン退治に使われた氷魔法は威力や構造の問題から貴方みたいに資格がないと使ってはダメなんです。貴方がマルニエ先生なら見逃しても良いんですけど。」
「そうでないなら?」
ナルヤという男の顔が曇る。
「!?」
ヒュッという音を立てて、魔法が飛んでくる。
(防御しろ!)
「グッ!」
とても素早く、威力が高い。
彼が放ったのは無属性魔法、ナルヤが作った魔法だった。
約500年前に魔法が生まれ、その数年後、僕の弟子であるナルヤは、属性のない魔法をあみだした。属性を乗せられない分、魔法のカスタムがしやすい。
彼がナルヤだと言う証拠は十分そろった。
さっきの攻撃はガードで防いだが、間違いなく頭を狙ってきていた。相当洗練されている。威力やスピード、それ以外にも僕の知らない調整だってされているだろう。
「僕は騎士団の司令官なので、貴方が資格以上の魔法を使ったことによる処分を行わなくてはいけない。それに、貴方は禁忌事項を知ってしまったので、ただでは帰せないのです。」
ナルヤは冷淡な笑みを浮かべた。
一方その頃
「結局ドラゴン倒せていなかったのか。」
「まぁ、大尉の娘さんだけで倒したならば、もう騎士団に欲しいぐらいだよな。」
騎士団にはドラゴン討伐の命がきていた。
「ってうわっ!どうしたんですか。その顔は。」
リナーヴ大尉が作戦室に集まり、空気が変わる。いつもは明るく話やすいリナーヴ大尉の顔の眉間には皺が寄っている。
「ドラゴンの討伐依頼が来た。氷漬けにされ相当弱っているそうだ。しかし、油断はするな。団員、武器など準備を終え、門の前に集まれ。」
「はいっ!」
団員の強張った声がそろう。普段とは違う張り詰めた空気を全員が感じ取った。
「大尉何かあったんですか。」
話しづらそうにしながら大尉は眉間を揉む。
「何かメリーの様子がおかしい気がする。まるで、メリーじゃないような…ってすまん、関係ないよな。」
リナーヴ大尉はいつものようにくしゃっと笑って見せながら部屋を出ていった。