魔導師、巻き戻る④
彼はこちらに手を向ける。握ってくれというように、彼の美しい目がこちらに向かれる。
ここまで起きた事、ガイアが説明をした事を考えると、頭がパンクしそうだ。
メリーの事も心配だが、別の世界に来ている事で入れ替わりが出来ないのかもしれない。
僕は軽く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
今は彼の手を取るしかないのだ。
「準備はいいね?」
「ああ、もちろん」
ガイアはゆっくりと魔法を詠唱し始めた。
下には難解な文字列で構成された魔法陣が浮かび上がる。彼が作り出した転移魔法というものが如何に緻密に計算されているかという事を物語っている。
目が焼けてしまいそうなほど魔法陣が強く光ると、視界が歪む。
気がつくと、辺りはメリーの数倍は背が高い木々に囲まれていた。魔法が上手くいったならばここはイニティ山なんだろう。
「ついたよ」
ガイアは僕をエスコートするように、手を優しく引っ張った。
「…?、今回は気絶しないんだな。」
その言葉を聞くと、興味深そうにガイアは笑みを浮かべる。
「今回は丁寧に魔法を詠唱したからね。普段はもっと乱雑に魔法を組むんだ。そうすると、エネルギーによる構成のスピードに人体が付いていけなくて、一時的な仮死状態になる。」
メリーの身体は一度死にかけたという事だ。冗談じゃない。
「へ、へぇ…今回は身体のことを考慮してくれたって訳か…」
「いや、気まぐれさ」
彼は、けろりと言葉を返した後、再び歩き始める。
彼に簡単に気を許さないようにしようと心に誓った。
数分間、ガイアと山奥に進んでいくと、見覚えのある場所に辿り着いた。
大人が隠れる程の高さまで草むらが伸びており、木々は太陽を覆い隠して辺りは薄暗い。
「…ガイア、止まってくれ。」
ガイアは動きを止め、振り向く。
「ここだ。モンスター、えっとデュラハンってやつに襲われたのは。」
ガイアは考え込み、辺りを見回す。
「どうしたんだ?」
「いや、確かに僕ら以外のエネルギーの流れを感じる。君の言っている事は確かだね…」
ガイアは片手で魔法陣を作り始める。
幾重にも重なった魔法陣が魔法の準備ができた合図として眩しく光る。
「光の矢よ…」
彼の手には弓と矢を持つように手を伸ばす。うっすらと彼の手に、白色に輝く美しい弓が浮かび上がる。
弓にはまるで血管のように伸びた枝が絡み合うように形作られている。まるで彫像のような弓はぼんやりと光っており、彼が持つと光の元素精霊としての風格を感じさせる。
原素精霊には、みな高威力の武器を持つ。フラムフィが、グレイブの『ヘスティア』を持つように、光の元素精霊であるガイアも武器を持っているのだ。
彼は矢を引き、空へと放つ。
太陽の光が届かない程茂っていた木々の隙間に、光が差し込み始める。
その光に驚くように、茂みからデュラハンが飛び出す。僕達を見て、急いで剣を構えた。
「!?」
風が吹き荒れ、顔を覗かせた青い空を見つめる。空には、何百もの魔法陣が空に浮かんでいる。
「地上に降り注げ」
彼の言葉を待っていたように、魔法陣から矢が降り注ぐ。
そう言えば、フラムフィも一度に倒そうとして、あの鎧に攻撃を防がれていたのだ。
「あいつらの鎧はフラムフィの神具の攻撃さえも通さなかった!」
僕の言葉を聞いて、ガイアは目を見開く。
「ふむ、なるほど…」
降り注ぐ矢のスピードが遅くなる。
「何の魔法であいつらを倒した?」
「あの鎧を溶かすほどの炎魔法をフラムフィが打ったが…」
ガイアは勝機を見出したのか笑みを浮かべる。
「強化魔法よ、光の矢を強化しろ」
彼が掛けたのは500年前とほぼ変わらない構成の強化魔法。剣に掛けると数回使うだけですぐに脆くなってしまう上、消費エネルギーも大きい魔法。ルイが使っていた強化魔法より質が下がるのだ。
矢に幾つも魔法陣が重なる。
確かに一度で使いきる前提で矢を放つなら、その矢に強化魔法をかけることも考えられる。足りない強化量を、幾つも魔法を掛けることで対応するとは。
消費されるエネルギー量はどれほど大きいのか。
「光の矢よ、再び地へ降り注げ」
矢が勢いよく降り注いだ。眩しさに目が勝手に閉じてしまう。周りから、デュラハン達の悲鳴が聞こえる。
再び目を開けると、僕達を囲んでいたデュラハンが倒れていた。全てのデュラハンの鎧に矢が貫通していた。
「ハァ…」
ため息のようなしかし息を整えるような声が聞こえた。ふと横をみると、ガイアが座り込んでいる。
「だ、大丈夫か?」
僕が近づくと、ゆっくりとガイアは立ち上がった。
「大丈夫さ。久しぶりにここまでエネルギーを使ったからね。」
彼は首に伝う汗を隠すように、ローブを羽織り直した。
「しかし、ここまで頑丈な鎧とはね…」
ガイアは下に倒れているデュラハンの鎧に、ノックをするように手を当てる。
鎧からは低くくぐもったような音が、帰ってくる。この鎧が普通の鎧では無いことが明らかだろう。
「君はこの鎧を解析するために、この世界に送られてきたんだろう。」
「この鎧を解析する為…?」
「そうさ、今回の緊急精霊集会っていうものは大体四日程で内容が決まるのさ。君の話を聞いた限りでは、既に4日近く経っていたんじゃ無いか?」
考えてみれば、既に3日は経っていただろう。ここから鎧を解析する魔法を考えてはさらに時間がかかる。
「緊急精霊集会だと知ってるのは主催である精霊と、どうせ来ないと考えられている俺だけだろうし。」
「だから、フラムフィも終了する日程が知らされていなかったのか…」
となると、僕はこれからこの鎧を解析する魔法を作らなくては行けないのだが…
鎧に触れると、バチバチと静電気のようなものが流れる。やはり、何重にも魔法陣が重なっている。
「これは直ぐに解析魔法を作るのは難しいな…」
その様子を見ていたガイアが、口元に手を当てる。何か考えているようだ。
「…現代の魔法と500年前の魔法で異なる点はしってるか?」
「深くは知らないな…」
僕が呟くのを横目に、ガイアは動かないデュラハンの横にしゃがみ込む。
ガイアは少し乱雑に、デュラハンから鎧を外す。…剥ぎ取ると言ったほうが正しいだろうか。
「一つ目は結果の不確定性が改善されたり、魔法の強化がしやすくなっている。根本的に魔法は使いやすくなったのさ。」
確かに、昔よりも多くの人が魔法を扱うようになっている。これは魔法が扱いやすくなった為であるだろう。
ガイアは僕の方を振り向く。
「…魔法はどういった目的で作られたんだ?」
急に考えてもいなかった質問をされて、少し声が上擦る。
「目的か?せ、戦争の道具としてだよ。」
目的なんて500年前、相手の国に押されていたアムール王国の戦況を優位に持っていく為、作られた事は間違いない。
間違いないはずなのだ。
しかし、思い出そうとすると頭にモヤがかかったように思い出せない。
「だからだろう。500年前は、無詠唱が一般的であったが、今は違う。隠す必要もないからな。」
「そして、魔法陣を5以上もの重ね掛けが出来た。」
僕は唾を飲み込む。
「今は重ね掛けが出来ないのか?」
「むしろそんなに掛ける機会が無いからね。エネルギーは多く消費する。そして、人間のエネルギー量から、魔法陣の重ね掛けをして強化できる量なんてたかが知れてるのさ。」
ガイアは鎧に触れる。再び、魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣は確かに5つ以上、いや数十も重なっていた。
「…」
信じたく無いが、頭に思い浮かんだのは一つの考えだった。
ガイアも同じ考えだったのか、僕の顔を見て頷く。
「この魔法陣は、500年前の魔法を知っているヤツがかけているってことさ。」




