魔導師、ドラゴンと対峙する
メリーの手に転生してから1ヶ月は経った。
あの後、メリーとは一度も入れ替わりは起きていない。
今日もメリーと日課となった魔法の練習を湖で行っていた。
「メリー、向こうの山に向かって魔法を打ってみようか。」
メリーはゆっくり頷き、目を閉じる。
エネルギーの使い方を学ばせる為、僕も左手からサポートをしている。
「雷さん落ちて!」
エネルギーが身体中に流れ、右手に集まる。今日はいつもよりもメリーのエネルギーの調子がいい。
山より少し離れた所に雷が落ちていく。
「いい感じだね。」
無詠唱は多少エネルギーの使用量が増える為、初めは詠唱を行う事を勧めている。
「ううん、まだまだだよ。魔導師さんみたいには行かないよ…」
メリーは息を切らしながら、近くにあった岩に座った。エネルギー不足が今は大きな課題だ。今は初歩的な雷の魔法を教えているが、数回使うとエネルギー不足の状態になってしまう。
しかし、メリーには大きな武器があった。
「キュキュ!」
草むらからネズミとウサギを混ぜたような動物が飛び出す。口には木の枝を加えている。メリーはすぐに腰につけている短刀を速いスピードで投げた。
「キュキュー!」
動物の身体に当たり、一目散に森の奥へ逃げていった。
メリーの剣技は右肩上がりで上達しているのだ。
「こいつは…」
「モンスターだよ。あの子はラビラットって言うの。ラビラットは家の近くにも巣を作るから見つけたら攻撃をして離れさせないと。」
「そうなのか。それにしてもよく当たったな。」
メリーは首を横に振りながらも嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おばあちゃんは一発で仕留める事も出来るし、まだまだだよ!」
「へ、へぇ…」
メリーの祖母は絶対に怒らせないようにしようと心の中で誓った。
しかし、モンスターが家の近くに巣を作るとは。昔からモンスターと呼ばれる動物達はいたが、人間とは距離を置いていた。なのであまりモンスターを見た事がなかったのだが。
その時、山の奥の方から金属が当たるような音がした。
ゾロゾロと山道から鎧をきた人達が出てくる。その鎧は見覚えがあった。僕たちが居たアムール王国の騎士の鎧だった。
「そこにいるのはここの近くの集落に住んでいる者か?」
1番先頭に居た男が低く響くような声で話す。
「そ、そうですが…」
メリーのことを見て明らかに表情を変えた。
「まさか、近くの集落の子供か!?早くここから逃げた方が良い。ここの山奥に眠っていたドラゴンが起きた。先ほど軽い落雷もおちたらしく、ドラゴンが活発になっている。」
「えっ…」
先ほどメリーが打った雷の魔法が、ドラゴンの巣の近くに落ちてしまったらしい。
「もう少しで、援軍も来る。安心して戻ってくれて構わない。」
メリーは縮こまりながら不安そうにしている。
「帰るべきだ。僕達は何もできることは無い。」
メリーは僕の言葉に小さく頷いた。
「分かりました。ご、ご武運を。」
メリーは小さく礼をし、騎士達に背を向ける。
メリーは帰路に戻って歩いていた時、地割れのような、鳴き声が山全体に響いた。
重く響く鳴き声、竜の叫び声だった。
「これは大変だ。」
「魔導師さん、どうしたの?」
メリーは周りを見渡す。
「竜の雄叫びは、周りにいるモンスター達を鼓舞するんだ。そしてそのモンスター達は凶暴化して襲いかかってくる。」
横から何かが急速に近づく音が聞こえてくる。
「!?、ガードッ!」
モンスターが持っていた剣がガードに弾かれて高くあがる。
トカゲのような見た目のモンスターが不意打ちをしようとしていたらしく、剣を持って近づいてきていた。後1秒遅れていたら、メリーの首を持っていかれていただろう。ここまで殺意の高い個体は500年前でも中々見なかった。500年前に姿がよく似たリザードというモンスターがいたが、ここまで筋肉質で戦闘向きな姿ではなかった。
周りを見ると数体のモンスターに囲まれている。
「リザード!?」
「何故ここに!」
鎧の男達の方からも驚く声が聞こえる。
「リザード!?私、本でしか見た事なかった!」
「剣を拾え!僕が攻撃から守るからこの群れから脱出するんだ。」
「わ、分かった。」
メリーは横に転がっていた剣を拾い、息を整える。
この世界でもトカゲ型のモンスターはリザードというらしい。500年前の彼らが持つ武器は石や木で作った剣を模した物などであったが、今彼らが持っているのは鋭い金属の剣であった。彼らは剣を見慣れない持ち方で握っている。
リザード達はニヤニヤしながら集まってきていた。メリーが幼いから油断をしているのだろう。しかし、メリーは油断できるほど弱く無い。
「!?」
目の前にいたリザードの手がドサリと音を立てて落ちる。
そして、リザードは悲鳴に近い鳴き声をあげる。
気づかない内に手を切り落とされていたのだから。
メリーはとても素早く動く事ができる。しかし、重い剣を持っているため、そのスピードはいつもより格段に遅い。それでも油断をしていたリザードには気づかなかっただろう。
メリーの速さは小さい頃からの鍛錬の賜物だろう。
しかし、リザードが油断しなくなったここからが勝負だ。
「グギャア!」
今度は先程の数倍早くリザードが襲いかかってくる。
「はぁ!」
メリーはリザードの剣を上手く捌きながら、僕のガードを用いて上手く立ち回れている。
彼女は剣士としての才能があるのだろう。彼女の剣筋はさながら踊っているようで、彼女の剣を振る姿をみるとエレーヌ様を思い出す。
「…美しい」
初めてエレーヌ様の剣の稽古を見た時のように、つい口に出してしまった。
「えっ」
メリーは驚いて、手が止まる。
その隙をリザードは見逃さなかった。
甲高い鳴き声を上げながら、剣を振るう。
メリーの腕にリザードの剣が軽く触れる。
僕は咄嗟に魔法を詠唱する。
「雷よ!落ちろ!」
雷はゴロゴロと音を立ててメリーの周りに落ちていく。
「グウアァ…」
雷が直撃したリザードはパタリと倒れ込む。
リザードは気絶したようだった。
メリーは剣の血を払いながら、座り込んだ。
「メリー!腕は大丈夫か?」
「痛いかも…」
笑っているように見えるが、手や口はずっと震えている。
メリーの腕には血が伝っていた。
「!?、すぐにヒールをかける。」
僕はメリーの右腕を掴み、直接ヒールをかける。メリーは痛みから顔を歪ませる。ヒールがかけられた傷口が徐々に閉じられていく。
「あ、ありがとう。やっぱり魔法ってすごいね。」
「まぁ、そうだな…」
流石の魔法でも、手を切り落とされては治せない。先程のリザード達の剣が切れ味の悪いもので助かった。
メリーは倒れ込んでいるリザード達を見つめる。
「リザード達は死んだの?」
「いや、軽くショックが起きて倒れただけだ。でも、あと何時間は起きないだろう。」
「ねぇ、鎧の人達は大丈夫かなぁ。」
メリーは呟く。
腕を怪我したのに、もう人の心配にうつっている。
先程の戦いでは、エレーヌ様に似ていると思っていたが、こういうところは全然違う。
「まぁ、モンスターとは多く戦ってるはずだし大丈夫だと思うけどね。」
メリーは心配そうに騎士達がいた方を見つめている。「一応見るだけ見ておくかい?」
「…そうしたい!」
メリーと湖に行ってみると、負傷者は出してはいたが何十体ものリザードが地面に倒れていた。
「まさかリザードの群れに合うとは大変だったな。」
「最近、山の方はモンスターが多いって本当だったんですね。」
鎧の男がこちらへ振り向く。
「おや、そこにいるのは。先ほどの女の子じゃないか。」
草陰に隠れていたので、まさか見つかるとは思っていなかった。
「逃げなかったのかい?」
鎧の男は怪しそうに見つめている。
「えっと、リザードに…!」
僕は急いでメリーの口に手を当てる。
「メリー、今は下手な事を言わない方がいい。リザードを倒した、なんて怪しまれる。」
「あぁ、えっと、帰り道にリザードがいて怖くて隠れちゃったの。」
メリーは鎧の男と目を合わせる。
数秒間目を合わせたままだった。メリーの脈が速くなっているのが伝わってくる。
「そうか、それは怖かったな。1人か2人警護をつけてやるべきだった。でも、お嬢ちゃんが何もなくてよかったよ。」
鎧の男の顔に笑顔が戻る。
騎士達からの疑いははれたようだ。
「じゃあ、お嬢ちゃん。警護をつけるから帰った方がいい。ドラゴンがいつこちらにくるかわからない。」
その時、大きな鳴き声が聞こえた。まるで、すぐ近くにいるような…
ドシン…ドシン…と地割れのような音が響く。
山に生えていた木々を投げ飛ばされる、そして大きな雄叫びを上げる。
先程、危惧をしていたドラゴンが目の前に現れたのだった。
「ド、ドラゴンだ!」
「救援はまだなのか!」
「もしかしたら、さっきのリザードの軍団に手こずっているのかもしれません。」
「クソッ!」
騎士達はとても焦っているようだ。
「私達、早く逃げないと!」
「ちょっと待って。」
帰路には多くのリザードが立っていた。
「囲まれてるって事か…」
「どうしよう、魔導師さんの魔術でなんとか…ッ!」
メリーは顔を青ざめさせ頭を抱えている。先程の雷の魔法とガードでエネルギーを消耗したのだろう。
「じゃあ、魔法も余り使えない…どうすれば…」
メリーは頭を振る。
「ううん。魔導師さん、私、倒れても良いよ。このままだと騎士たちもドラゴン達に倒されちゃう。私、さっき腕をちょっと傷つけられて怖かった。でも、魔導師さんが私を守ってくれるって分かって怖くなくなったの。私も皆んなを守りたい!」
「メリー…」
ここで目立っても良いことはない。でも、このまま逃げて、メリーに魔法に対して悪いイメージを持たれるかもしれない。
「分かったよ。僕たちができる事をやろう。」
「うんっ!」
メリーの額には汗が流れていた。
「メリー、立てるかい?」
「もちろん。ドラゴンの方まで行こう。」