魔導師、不老不死の魔法を知る
リン達と僕が住んでいた町に出かけてから1ヶ月近く経った。
ライブラリアとして週に一回、僕らはメルに呼ばれて本の整理や貸し出しの管理などを行なっている。今日も変わらず、僕らは本の整理をしていた。
「本当にすごい量の本だよね…」
メリーが何冊もの本を台車で運び、本棚に入れていく。
「これだけで日が暮れちゃうんだもん。」
唯一、環境に扉が空いている窓からは、オレンジ色の光が差し込む。
台車の上に乗っている本は残り数冊となっていた。
コツコツコツ
静かな図書館の中で革靴の音が反響する。
本棚の影からメルが顔を出す。メルが軽く会釈をする。
「もう18時まわってますから帰っても良いですよ…寮の門限もありますし。」
「あ、でも…あと数冊だから…」
メルは台車の上に乗っている本を見つめる。
「…。このくらい私が戻しておきますので。」
メルはそう言い、台車に乗っている本を持ち上げる。
「あっありがとうございますっ!」
「はい。お疲れ様。」
「あっ!ちょっと待ってください!借りたい本も台車に乗せていたんです。」
メルは大きな体をメリーが本に手が届きやすいようにかがむ。
「どれですか。」
メリーはその中にある『不老不死魔法について』という本を指した。
「ふむ。不老不死魔法に興味があるんですか?」
「あ、えっと身近にそれに近い人がいて…」
メリーは目を逸らしながら話しているが、きっとナルヤの事だろう。
「…。」
メルは口元に手を当て考えている。
「不老不死なんてあり得ないんですよ。人間のエネルギーは確実に枯渇していくので、歳をとった状態で不老不死の魔法をかけ続けるなんてできないですし。」
「そうなんですか?」
メリーが尋ねるとメルは頷く。
「貴女が仰っているのはナルヤの事だと思いますが、ナルヤは不老不死ではありませんからね。老化を遅らせているだけですし…」
「あ、はい…」
メルに名前を当てられて少し顔を赤くする。
図書館のからくり時計の中の人形が動き始める。図書館の中に可愛らしいオルゴールの音が響く。
「6時半ですね。リナーヴさん、寮の門限は大丈夫ですか?」
「わっ!?本当だっ!か、帰りますー!あっ!本運んでくれてありがとうございます!」
メリーは背負っていた大きなリュックサックに借りた本を入れる。急いで寮に戻って行った。
寮に帰ってくると、部屋にはリンとルイがいた。リンは机に突っ伏していて、ルイが静かに布団をかぶせている。
机の上の光が夜風に吹かれて、ゆらゆらと揺れる。
「あっ、メリー!お帰りなさい。リンは今日の魔法実習で疲れちゃったらしくてね。宿題やっている途中に寝ちゃったの…」
「そうなんだね。」
リンは寝息を立てながら心地よさそうに眠っている。
「じゃあ、私は帰るね。また明日ね!」
ルイはそう言って立ち上がる。
「うん!また明日ね!」
ルイがメリーに手を振ってから扉を閉めた。
ガタンッ
扉の外から物が倒れたような音がした。メリーは急いで扉を開ける。
外ではルイが倒れていた。
顔は青ざめ、息も荒い。
「!?、ルイさん!大丈夫!?一回部屋に入って…」
メリーが慌てながらルイを部屋に引き摺ろうとした時、ルイは起き上がる。
「だ、大丈夫だから…。」
「で、でも!」
ルイを引き止めようと、強く手を引っ張った。
ルイは手を振りはらう。メリーが驚いて手を離す。
メリーが背負っていたリュックサックの口が空いていたのだろうか。中から先ほど借りた本が飛び出る。
「っ!」
ルイは驚いた表情を見せる。その後、ため息をついた。
「少し大人気なかった。ごめん。話すなら談話室で話したい。」
メリー達がいる寮は10歳までの子供しか入っていない。その寮の端っこにある談話室は夜は暗く、この時間になると使う人がほぼいない。
「メリー、さっきはごめんね。」
「全然っ大丈夫だから!さっきルイさんが倒れちゃったのが気になって…」
ルイは俯く。
「そうだよね…」
少しの間、沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはルイだった。
「ちょっと話をきいてくれる?長くなりそうなんだけど…」
「うんっ。」
ルイはいつもと違う様子で話し始める。
懐かしむように、悲しいお話をするように。
私は前も言ったように、ブレビナという種族なの。ブレビナは短命な種族で、3年で大体死んでしまう。モンスターの血も入っているから、差別的な目で見られる事も多くてね。
私が生まれて2年経った時、リンと初めて会った。リンの家に家庭教師として教えに行ってたんだよ。まだその時はリンも4歳だっけ…あの頃からリンは治療魔法が得意だった。私が教師として教える事があるのかなと思うぐらいによく出来てた。
最初は数ヶ月の契約だった。でもリンが私のこと気に入ってくれて、契約日数は増えて行ったの。
私は凄い楽しかった。ブレビナってあまり良い目で見られない事も多かったけど、リンの家では私を受け入れてくれた…
でも、私の身体は着実に老化していった。エネルギー量も減っていく、魔法も動かしにくくなっていった。
リンに別れを告げないと。
そう思ったんだ。
いつも通りの練習の後、私はメリーにお別れの挨拶をした。いつも持っていっていた茶色い革のバッグには、リンの父親に渡す、契約を解除する旨を書いた手紙が入っていた。
でもリンは「いやっ!私、師匠に教えてもらいたいっ!」ってね。日が暮れても泣き止まなくてさ。
リンが余りにも泣きじゃくるからもう1週間だけ、教えることになったんだ。
普段通り、変わらない練習。
1週間の間、リンの成長をもっと見たいなぁって何度も思った。
最終日、いつも通りの練習を終えた後、リンに引き止められた。
「一つ魔法を試してみたい」
何をされるか不安だったけど、リンからの最後のお願いになるだろうと思って頷いたんだ。
リンは珍しく魔法陣を書いて詠唱を唱えたの。ポロポロと涙を流しながら。
「っルイずっと…ずっと生きててよ。」
「!?」
嗚咽混じりにリンが呟くと、魔法陣が光り始めた。そして、私を包み込む。その光は温かくも不安に感じた。あの時の感覚をずっと覚えてる。
その日から私は不老不死になった。少し若返ったみたいで顔の皺は消え、身長も縮んだ。
もう年なんて数えてないけど、私は200歳近くにはなっていると思う。同世代のブレビナの仲間はみんな亡くなってしまったし、本当に人間ではない何かになってしまったっていう恐れはあった。
でもあの日の魔法が終わってからのリンの安心したような笑顔を思い出すと全部忘れちゃうんだ…
「な、なるほど?」
メリーは頭をポカンとさせている。
「まぁ、よく分からないよね。ある日から急に不老不死になるなんて。」
ルイは白い髪を手でくるくると巻くように触る。
「でも、不老不死になったのならなんで…」
「さっき倒れたかでしょ?」
ルイは覚悟をするように深呼吸をする。
「私の身体は不老不死に耐えられなくなっているからだよ。」
談話室の時計の針の音がお腹に響くように感じる。時計は既に20時を回っていた。




