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魔導師、入れ替わる


僕が彼女の手に変わった次の日…



メリーの後ろで祖母が食器を洗う音がする。

メリーはニコニコしながら、朝食後のデザートとして出ている苺にフォークを刺す。

これがメリー達の朝の光景なんだろう。窓から入ってくる風と鳥の鳴き声が心地よい。

メリーが名残惜しそうにお皿に乗っている最後の一つの苺を見つめる。

「魔法を使ってみないかい?」

僕がメリーに対して、話しかけた。

メリーはその話を聞いてフォークを口の前で止める。

「…魔法!使ってみたい!」


彼女を魔導師として育てあげ、過去に戻る魔法を使わせる。一見難しそうな話だが、僕の話を何度も聞くほど魔法が好きなら、魔導師になる夢を持っていたりするのではないのだろうか。


「魔法の練習は外でやった方がいい。後で外にでて練習をしよう。」

メリーは振り切れんばかりに頷いた。



朝食を食べた後、メリーに裏庭を案内してもらった。

「ここなら出来そうだな。よし、まず風を思い浮かべるんだ。」

僕が発明した魔法というものは、人間の体内、そして空気や土などを巡るエネルギーを外に具現化するという行為のことだ。魔法にはイメージが大切だった。メリーは幼いが、想像力はある。魔導師として育てるには適齢だろう。

「よーし。うぅぅ…」

エネルギーの流れがメリーの周りに集まっているのを感じる。

「良い感じだ。次は、身体中に流れる力を風のイメージに変えるんだ。」

すると、微弱に風の流れが変わった。

「これで、いいのかな?」

メリーは首を少し傾げながら不安そうに尋ねる。

「うーん。まぁ初めはそのくらいだよ。僕が実践できれば良いんだが。」

魔法を作り上げるイメージを伝えるのは難しい。

身体を巡る血液が全てエネルギーとして置き換わり、風が身を包むのを想像する。そして、その風が僕を飲み込み、さらに成長し大きくなる感じを。


すると、メリーの身体を強い風が吹き抜ける。メリーがバランスを崩し、倒れそうになる程の強風だ。

「っ、魔導師さん!今左手側から風が吹いてたよっ!」

「!?」

想像もしていなかったが、もしかしたら左手からは僕の力で魔法を出せるのか。

「よし、じゃあ実際に風を吹いてみせるよ」

僕は左手に力を入れる。実際、そこしか感覚がないのだが。

「風をイメージしたら、後はイメージで出されたエネルギーの集合体、今回だと風だね。風に命令をするんだ。口に出して命令をするのが一般的だ。」

僕が考えた魔法という物は、脳が動かす全身のエネルギーを、現象に変える。

「身体をめぐるエネルギーは風だったと自分の脳すらも騙すんだ。命令をする事でそのイメージはより強いものになる。」

「風よ、僕に従え」

するとみるみるメリーの身体が浮かび上がる。フワリと風に身を委ねる感覚がやけにひさびさに感じた。


「わぁ!すごい!身体が風に浮いている!」

2m近くあった僕達の周りを囲んでいた木々も、とても小さく見える。

「森の向こうに湖があるみたいだ。湖に移動しよう。」

風のイメージを北の湖に持っていく。すると身体が湖の方角へ流れていく。

その間もメリーは楽しそうに辺りを見回していた。


風に乗るとすぐに湖の上に到着した。上から見ても、ここの湖はとても深くみえる。

「ここの湖!」

メリーは興味深そうに湖を覗き込むように見つめる。

「どうしたんだ?」

「いやぁ、2年前おばあちゃんとピクニックでここの湖に来た事があったんだけど…その時、ずっとお気に入りだった帽子を落としちゃってね。」

「それは…」

「いや、いいの!元々ちっちゃくなって来てたし、また新しいの買ってもらえたから!」

メリーはニコリと笑みを浮かべる。しかし、落としてから2年経っていても覚えているような大切な帽子なのだ。未練がないわけがない。


「…ちょっと見ててくれないか?」

「どうしたの?」

僕は湖に向けてエネルギーを集める。


(風よ、湖を上に持ち上げろ)

すると、湖の水がメリーの目線の高さまで持ち上がる。幾つもの水流が不規則に上下する様子はまるで大きな噴水のようにも見えた。


「すごい!こんなの初めてみた!」

水流の一番上に、つばの広い黄緑色の帽子が浮かんでいた。

「風よ、帽子を運べ」

帽子がゆらゆらと風にのって運ばれる。僕に被さるような形で濡れた帽子が手元に乗った。

「っ!これ、私の帽子だ!」

「布できてるから沈んじゃったんだな…」

「本当に…ありがとう…」

帽子は濡れているはずなのに、メリーは強く帽子を抱きしめた。



メリーを見ると、パチリと瞬きをするだけ。充分魔法のやり方は見せただろう。後は、湖の水を元の位置に戻すだけ。ただ、湖を普通に元に戻すだけじゃつまらない。

僕は目を閉じる。

戦争時は魔法を詠唱するときに目を閉じるのは、周りが確認できず危険だった。しかし、目を瞑る事で集中力は上がり、より高い威力のものを出せる。

頭に浮かぶイメージを氷に変える。周りの空気が一気に冷たくなるように。

目を開けると、息が白くなっていた。

(湖よ、凍れ!)

耳をつんざくような高い音がなった後、湖は白い固体になる。湖が高く上がった状態で氷となった。

(湖よ、粉々になれ)

一気に固まっていた氷が崩れ、湖に埋まっていく。落ちていく氷が光を反射して輝く。メリーはそんな光景に釘付けだった。


風のイメージを下へ移動し、僕達を着地させる。

これできっとメリーも魔法を学ぶ意欲が出たのではないか。

ふとメリーの様子を見ると身体を少し震わせ、俯いていた。

「メリー?」

メリーは顔を上げる。

「すっごくきれい!」

その言葉が頭にすぐに入ってこなかった。

「綺麗?」

「うん!氷の粒がキラキラしていて、とってもきれいだった!」

500年前は魔法は戦争の道具だった為、綺麗だなんて言われた事が無かった。

「やっぱり魔法って凄いなぁ。すてき!」

こんな好感触だなんて、思ってもなかった。

「いや、メリーもきっとこのぐらいになれるよ。魔法の練習を積めば、」

魔導師になれるよ。

その言葉を伝えたかった。


僕の言葉に被せるようにメリーは話し始める。

「でもね。私なりたい夢があるの。」

「夢?」

僕の名前が出ると思って疑わなかった。


「エレーヌみたいな騎士に!」


「え、エレーヌ様?」

つい、上擦ったような声が出る。

「うん、私の家ね。騎士の家系なの!だから、剣の本を沢山読んでるんだけど。その中でもエレーヌの話が大好きで。」

彼女が大きく振って説明をしている右手には豆があった。それは剣の練習でできたものだと気がついた。

「じゃあ魔導師に憧れてる訳ではないの?」

「うん!エレーヌみたいになりたいの!」

確かにあの話はエレーヌ様が活躍していたが…

しかし、あの内容で?

話の中で血の女王や性悪なんて呼ばれていた。

あの本の内容でエレーヌ様に憧れを抱いているとは思わなかった。いや、しかしメリーも魔法を使えるようにになってもらわないと過去に戻れない。

いっその事、メリーに全て話して協力してもらうか?

「ねぇ、エレーヌの事教えてくれるんでしょ?聞きたい!」

メリーの目は真っ直ぐだった。

「… エレーヌ様はさ、」

その次の言葉を言おうとした時、急に視界がぐにゃりと曲がった。頭を殴られたような鈍い痛みを感じる。

メリーの様子を見ると頭を抑えて、苦しそうな顔をしている。

「メリー!」

メリーからの返答はない。その数秒後に僕も気を失った。






「はっ!メリーは大丈夫か?」

目が覚めると外はもう日が沈み、暗くなりかけていた。

視点がいつもより高い。左手以外の感覚がある。僕が進みたい方向に足も動く。

久々に地を踏む感覚を覚えながら、湖の方へ歩いていく。湖にはメリーが写っていた。僕が右手を挙げると、湖に映るメリーも右手を挙げている。

まさかメリーになったのか?

メリーの意識はどこにいったのか、考え出したら止まらない。しかし、頭の中である考えが思い浮かぶとその考えで埋め尽くされていた。

「過去に戻れるか…?ッウ」

頭を強く殴られたように痛い。エネルギー不足の時はこのような痛みがあったと思う。メリーの小さな体にはエネルギーの巡りが少ない。無理をさせてしまったのだろう。メリーの身体で魔法を使った後に確か俯いていた。

僕は湖の横にある大きな木の下で休む事にしたのだった。


エネルギー不足は一晩寝れば大体解消される。ここで野宿して明日、過去へ戻る魔法を行えば、目的は達成する。

しかし、その魔法は失敗したのだ。今同じ魔法を使ってまた数百年後にいく可能性は大いにある。

風が強く吹く。右手に、物が当たる感覚がした。風で物が流れて来たのだろうか…僕はそう思いながら、手に当たったものを確認する。

「…!」

手に触れたのは少し乾きかけたメリーの帽子だった。


転生魔法を行ったらメリーはどうなるのだろうか。

もしメリー自身に大きな影響があるのなら、メリーの祖母など周りの人は…

一日もたっていないのに、メリーのいない夜はやけに静かに感じた。

「…」

転生はまた別の日にしよう。今回の魔法でまた数百年後の未来に行ってしまったら、さらに過去に戻るのが大変になる。きっと、それだけだ。

次の魔法で成功できるようにこの魔法について調べなくては。

ふと、上を見ると外は夜になりかけていた。

気絶した直後よりエネルギー不足も治ってきていた。

確か、家から湖までは随分と距離があったのだ。

此処から家まで歩いていくと時間がかかりそうだった。

「久しぶりだが、飛行魔法で空を飛んでみるか。」

「飛行魔法よ、空にとばせ」

身体が宙に浮かぶ。魔法によって空を飛ぶ方法は多くある。魔法によって難易度は異なるのだが、メリーの左手として魔法を使うと、上手く飛行魔法が扱えなかった。だから比較的簡単な風魔法を使ったのだった。

しかし、飛行魔法だとより、自由に空を飛べる。

まだ、この魔法を発明した時は戦争の後期だったから無詠唱化をする前に完成させてしまった。

魔法というのは改良していくことができるのだ。無詠唱にする、威力を上げる、速度を上げるなど、魔法自体に組み込む事ができる。500年前にこの三つの強化が生まれていたのだ。今はもっと強化が出来るのだろう。

この飛行する魔法は速度強化はしているが、無詠唱化はしていない。もし、研究出来たら、様々な強化をしてみたい。

歩いたら40分ほどかかるであろう距離を1分程度で着いてしまった。


辺りは既に真っ暗で、星々が眩しいくらいに光っている。

家の前にはメリーの祖母が立っていた。上手く説明できる気がしないので、メリーのフリをしなくてはいけない。

「お、おばあちゃん。あのぅ道に迷っちゃって…って!」

メリーの祖母の鬼の形相に驚いた。

「なぁに?」

相当怒っている。どう言い訳をしようか…

「実は…ってあれ…?」

また頭が鈍い痛みが走り、段々と意識が薄れていく。頭を抑えうずくまると、祖母がすぐに駆け寄ってきた。

「メリー!?メ…リー…」

確か飛行の魔術はエネルギーの消費が問題だったんだよな…数分なら…大丈夫だって…思ったんだけど…






「メリー!メリー!ッ!やっと起きた!」

メリーという声に起こされ、目を開ける。起きると視点はいつもの手の位置に戻っていて、身体は僕では動かせない。

「エネルギーの使用過多で倒れていたみたいです。無理はさせないでくださいね。」

祖母はその言葉を聞いて目を見開く。

「エネルギーですか…」

医者は「今日1日は安静にしているんですよ。」といい、帰りの準備をする。

「おばあちゃん、ごめんなさい。」

メリーの目は今にでも涙がこぼれ落ちそうだった。

「いいんですよ。」

祖母はメリーを抱き寄せた。

「おばあちゃん、ナルヤ様のお話大好きだから。」

祖母は驚いたような表情を浮かべる。

「まさか、それで…ううん。大丈夫ですよ。私はいつまでもナルヤ様の魔法は心に残っていて思い出せるんですからね。」

ナルヤ…

その名前は聞き覚えがあった。

ナルヤ=キョウ、500年前の僕の弟子だった。弟子ではあるが年齢はあまり変わらず、3つほどしか年は離れていなかった。500年たってナルヤの名が残っているのか?

「ちょっと私、お医者さん見送ってくるわね。」

「うん。」

メリーは部屋の窓の外を見つめている。


「申し訳なかった。メリーの体を考えず魔法を使ってしまった。」

「いや、いいの!全然っ大丈夫だから!」

「エネルギー不足で頭も痛かっただろう。魔法が怖くなっても仕方がない…」

「そんなことは絶対にない!」

メリーは僕の言葉をかき消すように大きな声を出す。

「私、魔法にずっと憧れがあったの!

魔導師さんが来る前にもずっと、魔法に興味があってナルヤ様の話を聞いていたんだ。」

「でも、本当に申し訳なかった。もう僕からは魔法を使わない…」

「それはダメだよ!私にまた魔法を教えて、エレーヌみたいになりたいから。」

「!?」

「ほら、エレーヌも剣と魔法どっちもつかうでしょ?」

冗談としか思えなかった。エレーヌ様の魔法と剣術の二刀流で戦っていた。武芸の天才とも言われ、数多の血を浴びてきた為、血の女王と呼ばれたエレーヌ様みたいになりたいなんて…

500年前だって僕は非難されてきた。エレーヌ様にあんな武器を与えるなと。

メリーの目を見つめる。

彼女の目はとても真剣な眼差しだった。

「…わかった。じゃあ僕からは魔法を教える。その代わり、お願いがあるんだ。僕は君の手に生まれ変わったのだが、本当は過去に戻りたかった。それで…」

言葉が詰まる。

「…エレーヌ様を救いたい。もう一度過去に戻る為に協力してくれないか。」

メリーは柔らかく微笑んだ。

メリーがどれだけこの魔法に費やす事が困難な道か分かっているかはわからない。メリーの笑顔を見ると、やるせない気持ちになる。

これも過去に戻る為なんだ…

僕は喉元までおりた言葉を飲み込むように、強く拳を握った。

「うん!もちろん!」

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― 新着の感想 ―
こんばんは! 転生先が幼女の左手なのか! これはなかなか面白い設定ですね。 ログの今後の活躍に期待します。
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