魔導師、ギルドに行く①
「本当に冒険者ギルドに行く事になるとは…」
「おばあちゃんに本気でお願いしてよかった!」
メリーは昨日泣きそうになりながら祖母と話し合っていたのを忘れるくらい、満面の笑みで話している。
メリーの祖母の鬼の様な顔を見るのは、2回目だった。あんなに怒っている祖母はもう2度と見たくない。
メリーが祖母と何時間もの話し合いを終わって、なんとか2日、休暇を勝ち取っていた。そこまでして、冒険者ギルドに行きたかったのだろうか。
「まぁ、でもブークもいるし。」
メリーは精霊の名前を呼ぶと、「キュアア!」と言いながら姿を現す。メリーはフラムフィから貰った精霊をブークと名付けた。ブークは普段は姿を見せていないが、メリーが呼ぶと飛び出すように出てくる。
「頼もしいな。」
「キュキュア」
当たり前だと言うように僕の肩を小突く。
ブークは僕の言葉も聞こえていて、意思疎通もできた。
「おばあちゃん、心配性だなぁ。お守りとか色々持たせてきたし…あと…」
「それほど、大事にしてくれてるって事だろう?」
メリーの祖母はメリーの事をとても大事に思っているのが、ここ1ヶ月でよくわかった。毎日の鍛錬だって、とても厳しい物だがメリーが大きな怪我を負った事はない。
数時間話し合って、納得したとしてもそんな祖母が大切な孫を1人でクエストを受けさせる訳がないのだ。
「おおーい!メリー!」
後ろから声が近づいてくる。
「お父さん!数日ぶりだね!」
メリーが振り向くと、メリーの父は大きな両腕を横に広げた。メリーは周りを見回した後、恥ずかしそうに父の元へ走っていく。メリーの父ジャジ=リナーヴがメリーを持ち上げ抱きしめた。
ジャジは今までの鎧のような服ではなく、動きやすそうなラフな服装を着ている。鎧では今まで隠れていた腕の傷などが歴戦の騎士だという事を物語っている。
メリーは恥ずかしがりながらはにかんだ。
昨夜メリーが寝た後、祖母はジャジに連絡していた。祖母が電話で話している様子では、ジャジに断られたらメリーをギルドへ連れていくのはやめるつもりだったようだ。
昨夜聞いた祖母の威圧感のある声で言われたら、断れないと思うが…
「その、きてくれてありがとう。」
「ッ!そんな、メリーと一緒にクエストに行けるなんてこれほど嬉しい事はないよ。それにもう、クエストを受けれる歳だなんて…」
メリーの父は目をウルウルさせている。今年、7歳となるメリーはクエストが受注できる年齢となったのだった。
「えへへ、ワクワクするな。」
この人がいるなら今日は僕の出番は無さそうだ。ジャジにはそう思えるほど、安心感がある。
冒険者ギルドの中には多くの人が居た。冒険者ギルドとも呼ばれているが、一階は酒場のようになっていてお酒を飲んだり、肉料理を食べている人も多かった。
周りを見るとメリーのような幼い子もちらほら居る。
「いらっしゃいませ!
あら、リナーヴさんじゃないですか!お久しぶりです。」
「久しぶり!」
冒険者ギルドにいる人達がジャジを見て話しかける。
「っ!ジャジさん、娘さんですかい?」
「そうなんだ!自慢の娘でなぁ。」
ジャジはギルドにいるほぼ全員と握手を交わした。
「お父さん、知り合い多いんだ。」
僕が尋ねるとメリーは自慢げに頷いた。
「久しぶり!メリーに初めてのクエストを受けさせたいんだ!子供でもできる奴を頼む。」
「ん!ジャジと娘ちゃんじゃん。わかった。いい感じの取ってくるよ。」
カウンターに立っている白っぽい緑の髪色のショートカットの女性が親しそうに話す。彼女はエプロンをかけており、大柄なジャジと比べると小さく見える。顔は少しメリーと似ていた。
そういえばメリーの母はどうしたのだろうか。写真では見た事があるが、話に出た事はない。
「メリーはここでなんか頼んでてもいいぞ。俺は色々申請が必要だったりするんだ。」
メリーが頷いているのを満足そうに見て、ジャジはカウンターの方へ向かっていった。
「意外にも、子供で冒険者ギルドに来る人がいるんだな。」
「ほんとだね。」
メリーは周りをキョロキョロと見回す。
「頼みたいの決まった?」
先程、カウンターでジャジと話していた女性がメリーと視線を合わせる為、屈んで話しかけてきた。
メリーは注文を考えていなかったようで、焦って考え始める。
「えっと。オススメはありますか?」
「オススメ?うーん、ポーション割りとか?これからクエストに行くなら、強化もできるし。お酒なしで作れるから。」
メリーはポーションという言葉に目を輝かせた。
「それにします!」
「分かった。」
メリーは注文が終わり、満足そうに息を吐く。
「メリーちゃんはさ、やっぱり騎士のクエスト練習のために来たの?」
「そ、そうです!色々調べてきて…でも、こんなに同い年位の子がいるとは思わなかった、です。」
「んーん。最近、冒険者とか騎士になりたい子は、練習として参加出来るようになったんだよね。」
こんな平和な時代でも、冒険者や騎士になりたいという人は多いらしい。むしろ、国同士の戦いがあった500年前より、今の方が人気が高いのかもしれない。
「あっ。お父さんきたみたい。ポーション割り持ってくるから。」
彼女はゆっくりと立ち上がり、カウンターの方へ向かって行った。入れ替わるように、ジャジがメリーのいる机に帰ってきた。
「メリークエストをとってきたぞ。初任務は大体E~Dランク帯からだな。Dランクのラビラットの捕獲かEランクの薬草の採取だってよ。」
メリーは俯いて考えている。
少し間を空けたあと「…ラビラットの方が良い。」と小さな声で言った。
「わかった。じゃあ、」
メリーの父は受注用紙を取り出す。
「ここの同意書にサインをするんだ。ちなみに此処にはこんな事が書いてあって…」
ジャジは受注用紙に箇条書きで書いてある事をいくつか声に出して読んでいく。
・冒険者ギルドで受注したクエストは、冒険者がリスクなどを同意した上でクエストの受注となります。冒険者ギルドはクエスト内で起きた事の一切の責任を負いません。
「リスク…」
メリーは心配そうに呟く。
「まぁ、クエストが危険なのは本当だ。どんなクエストでさえ命を落とす可能性はある。でもな、」
メリーの頭に手を乗せる。
「俺が付いているからな。何かあったとしてもメリーの事は守るぞ。」
メリーはコクリと頷く。
メリーは羽ペンで メリー=リナーヴ と書いた。
周りに貼ってある受注用紙を見ると、クエストは大体E~Sまであり、上のランクに行くと人数制限や年齢制限が起きる事もあるようだ。今回のDランクのクエストはラビラットの捕獲。メリーも慣れている為すぐに終わるだろう。
「じゃあ、森の方へ行くか。」
「うん。」
森へ着くとクエストを受けたであろう人が多くいた。
「やっぱりDランク系は人が多いな。」
ジャジは困ったように笑う。
「高ランクになればなるほど応募する人が居ないからな…4日前に軍に届いたクエストなんて…ってそんなに急がなくても!」
「お父さん、行こう!」
メリーは父の手を引っ張って森の中へ入って行った。
「キュキュー…」
メリーは剣を振い、次々とラビラットが逃げ出していく。逃げたラビラットを森のあちこちに置いてある鉄の籠で捕まえる。
「よし良い感じだ。」
ラビラットは殆ど攻撃力は無い。しかし身体が小さい為、すぐに石の隙間などに入り込もうとする。
「20匹目っ!」
「キュキュ!」
籠の扉が勢いよく閉まる。ラビラットは籠の中を走り回っている。
「鍛錬の成果がよく出ているぞ。」
父はメリーの頭を撫でる。
メリーは自慢するような目で何回か僕を見つめてきた。
「さっきからどうしたのか?」
僕がそのたびに尋ねると、メリーは固まった後がっかりしたように肩を落としたのだった。
「それにしてもラビラットが多いな。」
「…こんな物じゃないの?」
「うーん…」
メリーの父は頭をかいた。
「お父さんもっと奥に行こう!ここら辺のラビラットは取り尽くしたよ。」
メリーは森の奥へと駆け出して行く。
「あんまり奥には行くなよ。今日中に帰れなくなっても困る。」
メリーはジャジの言葉に足を止めない。森の奥へ進んでいく。
奥へと進めば進むほど陽の光が当たらなくなっていった。
「メリー、そろそろ引き返すべきじゃないか?」
ジャジの声が後ろから聞こえてくる。
ジャジの言う通り、あと数時間経ったら暗くなり始める。僕からもメリーに忠告をするべきだろう。
「お父さんの言う通りだ。まだメリーは幼い。夜の森はモンスターも多く出る。すぐに帰れる所で討伐をしよう。」
メリーはピタリと足を止めた。
「…ッ」
「初めてのクエストではよくやった方だよ。」
「まだ出来るもん。」
メリーの声が震えている。
「いや、出来るって言っても。メリーに危険が及ぶからもう戻った方が…」
「ッ私が幼いから?」
メリーの頬に涙が伝い始める。
「?、何を言ってるんだ。」
「だって、私が幼いから、魔導師さんは私に何も話さない。また、置いてけぼりにするの?」
「話すって…」
いつもと様子が違うメリーに左手中の脈が打ち始める。何か恐ろしい事が起こる気がした。
「ねぇ…メ…、貴方…実…しょう…。」
女性の掠れたような声がメリーの周りで響き渡る。
「な、なんだ?」
地面が揺れるような感覚がする。森の木々も一斉に揺れ始め、僕達を覆うように影が伸びていく。
ジャジは慌ててメリーの元に駆けつける。
「メリー、俺の後ろに隠れてくれ!」
「えっ!うん。」
メリーは目の涙を拭いながら、急いで父の後ろに行く。
キュキュキュキュ!
周りには何百匹ものラビラットが集まっている。そのラビラットは僕達を襲うわけでもない、見向きもしない、僕らが眼中にないようだった。すると、僕達の正面の大きな木に頭を下げた。何百匹のラビラットが同じ方向に頭を下げているのは異様な光景だった。
ドシンドシンと大きな木の奥から音が鳴る。
「まさか。」
ジャジはすぐに剣を構える。
「ギュギャアー!」
ラビラットより甲高くうるさい声、大きい足音。
「ラビラットクイーンがここにいるなんて…」
500年前も害獣扱いされていたモンスター、ラビラットクイーンだ。
ラビラットは家族や1人など少数で移動する為、大きな群れは作らない。
しかし、数十年に一度の確率で多くのフェロモンを持った個体が現れる事がある。それが、ラビラットクイーンである。ラビラットクイーンは多くのラビラットを虜にして、大きな群れをつくる。その凶暴さは、500年前の村を壊滅させたほどだった。
面倒なのは、ラビラットクイーンは多くの子を産み、産む子供はラビラットクイーンである確率が多いと言う事なのだ。
「此処で倒しておいて損はない。メリーはあそこの木陰で見ていてくれ。」
「で、でも…」
「これはAランク級だ。すぐに倒すから。」
彼は笑顔を見せる。その顔を見ると、無性に安心感を覚えた。メリーもゆっくり頷いた。
「うん、分かった…」
ジャジは、剣を胸の位置に持ってくる。
「ハァ!」
剣がラビラットクイーンの胸に当たる。一発当たっただけでも、大きなラビラットクイーンがよろける。彼は剣を打撃の道具としても使っている。一発一発がとても力強いのだろう。ラビラットクイーンは後ろに下がることしかできない。
「ギュギャア!」
ラビラットクイーンは焦り始めたようで思いっきりジャジを蹴飛ばす。ジャジはメリーが隠れていた木まで飛ばされた。
「お父さん!」
メリーは不安そうにジャジを見つめる。
「大丈夫だ。アイツも焦ってる。もうすぐ決着がつくよ。」
ジャジはメリーの頭に手を当てる。
「一応大丈夫だと思うが、あそこの橋で待っててくれないか?」
ジャジは数メートル先の木の橋を指差す。
「でも…」
「大丈夫だ。別に負けそうだからじゃない。また俺が飛ばされたりしたら、メリーに当たりそうだから怖いんだ。すぐ橋に行くから。」
「う、うん。」
不安そうにメリーは橋へ駆け出していく。
ジャジはまたラビラットクイーンへ攻撃をする。今度は刺すように確実に急所を狙っている。ラビラットクイーンは段々と後退りをしていき、崖へ追い込まれていた。
「ギャァーー!」
ラビラットクイーンが甲高い鳴き声を上げると、周りにいたラビラットがラビラットクイーンに覆い被さる。
ジャジが剣で殴ってもびくともしないようだった。
「気味が悪りぃ。」
高く高くつまれたラビラット達がドミノのようにジャジの方へ倒れかけてくる。
「お父さん!」
今すぐにでも飛び出していきそうなメリーを止めた。
「大丈夫だ!」
ジャジはラビラットの壁に走っていく。そして剣を真ん中に突き刺した。
「グァギャアー!?」
悲鳴にも近い声が響き、ジャジは剣を抜く。そして、剥き出しになったラビラットクイーンを足で蹴った。
崖の下へラビラットクイーンは落ちていった。
「お父さん!凄い!」
メリーは橋の上でぴょんぴょんと跳ねている。
「今からそっちいくぞ!」
ジャジは手を振り、こちらへ向かって行く所だった。
「!?」
何かが裂けたような大きな音がして、急に地面が不安定になる。メリーは急な揺れで転けてしまった。
「なんだ!?」
先程の地面が揺れたのが原因だろうか、メリーがいる橋の紐が裂けてきていた。もうすぐでこの橋が落ちてしまいそうだった。
「や、やだよ!落ちちゃう!」
メリーは過呼吸になっている。
「飛行魔法を使えば、って使えない…?」
エネルギーが左手に集まらない。
「なんでだ!?エネルギーが身体に巡っていないわけではないのに!別の位置から漏れ出ている?まさか使われているのか?」
ジャジは物凄い速さでメリーの元へ走っている。その大きな手がこちらへ伸びてきた時、橋とメリーは崖の下へ落ちて行った。




