魔導師、何もできない
「ねぇ、おばあちゃんあの話して!」
「わかったわ、メリーはこの話好きね」
ぽかぽか暖かい日だった。吹いてくる風も柔らかくて心地よい。その風がメリーと呼ばれる少女の髪をフワリとなびかせる。
少女は待ちきれないと言うように足をバタバタさせている。
「昔々、あるところに大魔導師様がいました。彼は魔法を発明し、皆に教えました。」
「魔導師さんは凄いんだよねぇ。」
メリーは自分の事を話すかのように自慢げに言う。その言葉を聞いた祖母は、その様子を微笑ましそうに笑っていた。
「しかし、大魔導師様の発明を悪用する人がいました。」
「それがこわーいプリンセスなんだよね!」
「そうなの。彼女はとても美しく武芸の才能もありました。しかし、彼女は性悪で自分のためだったら民の命なんて全く気にしない人だったの。」
祖母はおどろおどろしく、そして声を低く話す。
何故かその物語は聞いたことがあった。
聞いたことがあると言うより、まるで自分が経験したような…
祖母は少女と目を合わせる。
「そのプリンセスの名は、エレーヌ=ブラクト!」
少女は目を輝かせながら、エレーヌという言葉を言った。
その言葉が耳に残る。
先程まで柔らかく感じていた風が、自分をすり抜けていくたびに刺していくような、冷たい暴力的な物に感じる。
脈を感じないこの身体に疑問を覚えながらも、彼女たちの話を心地よく聞いていたのだ。
急にその状態が気持ち悪く感じた。
「彼女は自ら戦争に行き、その力で幾つもの争いを勝利に導いていたのよ。でもね、その傲慢な性格で多くの人から嫌われていたの。」
祖母は少女の顔を見つめる。少女は話の続きが聞きたいと祖母にせがむ。
「フフ、わかってるわ。そしてね、自国の勝利の為なら多少の犠牲も厭わないという考えだった彼女はとある呼び名で呼ばれたの。」
僕はいつのまにか言葉を発していた。
「血の…女王、エレーヌ様…」
自分がその言葉を言うと、少女はこちらを見つめる。何かに気づいた少女は大きく目を見開く。
「お、おばあちゃん、…が!…がしゃべった!」
少女は祖母の腕を掴み、揺らす。
僕はこの時、頭の片隅にあった、考えない様にしていた疑問がふつふつと出てきた。
肩の位置で結んでいた髪の感覚、小さい頃からつけていた丸渕眼鏡が少しずつ落ちていく感覚がないのは何故か。そして、なぜ僕の視線がこんなにも低いのか。
この疑問が解決できる考えが頭に浮かぶ。
「僕はあの魔法を成功したのか!いったい何になったのだ。僕は過去を変えて、エレーヌ様を助けなくては!」
しかし、あまりにも目線が低いことに違和感を覚えた。
腕を揺らされた祖母はメリーをなだめる。
「でもおばあちゃん、左手が!」
少女は、手を揺するのをやめない。メリーが手を揺すらせると僕の視界も大きく揺れるのだ。
僕は手を揺り動かすのを辞めさせようと大げさに手を払う。
その手は、見慣れていた骨ばった男性の手ではなかった。
僕の左手は、幼く小さな手になっていた。
ここでやっと僕は理解した。
僕は幼女の左手になったのだと。
空はすでに太陽が沈み始め、つい目を閉じたくなるような綺麗なオレンジ色になっていた。
祖母はメリーが落ち着いたのを見て、家に戻っていったのだった。
祖母の様子から見ると、僕の声はメリー以外には聞こえないようだった。祖母が家に戻ると、メリーは恐る恐る話しかけられた。そこから数時間、僕はメリーと会話を続けている。
「えっと、今は魔法が発明されてから500年後ぐらいなんだっけ?」
幼女はコクンとうなづく。
冷たくなってきた風が僕の十数センチしか無い、身体を吹き抜けていく。彼女の手になったと分かった直後後は、頭が回らなかった。メリーがその間ずっと話しかけていたのだが、「うん…」のような単調な相槌しか打つことしかできなかった。
メリーは、僕が話の中の魔導師なのだという冗談のような話を疑いなく受け入れた。このような所は、生まれ変わった先が大人の手ではなく、幼女の手であって良かったのかも知れない。
彼女に聞いた話だと、僕が自分自身に魔法をかけた500年後に来てしまったみたいだ。
約500年前、国同士の争いが活発化していた。僕が暮らしていたアルーメ王国は、国王の娘の従姉妹で忌み嫌われていたエレーヌ様も戦争に参加させる為、国が抱える優秀な騎士団に配属させた。
エレーヌ様は武芸の才があり、その力は騎士団そのものにも影響をするようになった。
その頃、僕、ログ=マルニエは人間の身体に巡っていたエネルギーを外に具現化する、魔法と言う技術を発明した。僕とエレーヌ様は幼い頃から縁があり、昔は一緒にいる事も多かった。僕は何か役に立てればとエレーヌ様に魔法の全てを教えた。その魔法は騎士達にも伝わり、エレーヌ様は剣と魔法を同時に扱った。その戦い方は戦線を大きく動かしたのだった。しかし、エレーヌ様をよく思わない国王を初めとした派閥からの裏切りなどにより、エレーヌ様は戦上の真ん中で見殺しにされた。
それが、許せなかった。
戦争に参加させたのだって王のエゴであったのに。いなくなってくれれば、なんて思いで参加させたのだろう。エレーヌ様は勝つ為にできることをやった。その思いを裏切られたのだ。
僕はその先の戦争がどうなったかは知らない。神のイタズラか、自暴自棄になって作った魔法は時空の行き来を可能にするというものだった。何度か行った実験で、移動させた物質は元の形を保っていなかった。しかし、それでも一縷の希望には違いなかった。なんでも良い、王を殺すか他の国の全てを壊すか、過去を変えようとした。エレーヌ様に苦しまないで欲しかった。
過去に行くように魔法をかけたはずだったのだが失敗して未来にきてしまった。
500年前は丁度戦争中だった。この時代の平和な状態からみて、戦争は終わっているのだろう。
こんな未来がある事をエレーヌ様に伝えたかった。
「そろそろ家に帰らないと。おばあちゃんに怒られちゃう。」
メリーは草を払いながら立ち上がる。僕の視線も上へぐわんと動いた。
ふと、頭の中に出て来た考えがあった。
もう一度同じ魔法を使ったら、過去に戻るのだろうか。
「ねぇ、メリー。また、僕の話を聞いてくれるかい?
さっきのお伽話を僕の言葉で話したい。」
「っ!!もちろん、聞きたい!」
目をキラキラさせながら頷いた。メリーの足は跳ねるように家へ駆け出していく。
500年前に作った転生魔法は失敗だった。しかし、もう少し改良を加えたら過去に戻り、エレーヌ様の最後を変えれるかもしれない。
なんだって使ってやる。メリーという幼女だって、500年後のこの世界だって。