第八章 悪魔の自覚
「どうしたの?」
バーベキュー祭りも終わり、後片付けも一通り終えた。時刻は黄昏れ時。窓際で夕日を見る葵を見つけ、美咲は声をかけた。
「副司令」
散々コスプレをさせられ、いささか疲労を覗かせてはいたが、思い悩むのはまた他にあるらしい。かつては自分も通って来た道だから、不意に心に意味を求めたくなる若さ故の悩みを知っている。
「今日はお疲れね。でも総帥に感謝しなきゃダメよ?コスプレくらいで許してもらったんだから」
「………わかってるわ。そんなこと」
年上で立場も上の美咲にさえ遠慮なくタメ口を利く。それが、葵の自分を保つ、生きる術だと理解しているから咎めたりはしない。
「綺麗な夕日ねぇ………」
「………何か用?」
「ううん。別に。ただ、あなたが淋しそうにしてたから声をかけただけ」
「私が?アハハ。………笑わせないで。淋しくなんかないし」
「そ。ならいいんだけど」
心の中を見透かされてるようで美咲の目を見つめられない。でも、それすらもやはり見透かされ、
「純が嫌いなわけじゃないのよね」
言われてしまった。
葵が純に突っ掛かる理由は、純はルシファーの、葵はサタンの力を継承している。悪魔の記憶の中で二人は親友だ。しかし、純は自分とは違う幸せな環境で生きて来た。葵もそこそこ裕福な家庭に生まれはしたが、純は絵に描いたようなお嬢様。言動や行動がいちいち鼻につく。
ただそれだけなのに………。
「無理に仲良くしろとは言わないけれど、くれぐれも総帥の頭を痛ませるようなことのないようにね」
不思議と、もやもやしていた胸が、美咲との他愛もない会話で安らいだ気がする。
美咲は「さて」と呟いて、葵の下を去った。
「総帥………」
もっとヴァルゼ・アークの傍にいたい。美咲よりも、由利よりも近くに。
「総帥が望むなら、私は命も捨てられる」
手柄が欲しかった。誰もが納得する手柄。
その為にやるべきことは、
「アスガルドのロキ。首を洗って待ってなさい!」
強い意志が、葵に過ちを犯させようとしていた。
「総帥」
一人バルコニーで本を読んでいたヴァルゼ・アークに、那奈が声をかけた。
「どうかしたか?」
パタンと、本を閉じて那奈を見る。
「いえ、珍しく本を読んでらしたものですから」
そうにこやかに笑う。
「俺だって本くらい読むぞ」
ヴァルゼ・アークは、照れたような困ったような顔をした。
「失礼しました。ところで、アスガルドの件ですが………」
「何かあったか?」
「………どうして討って出ないんです?」
レリウーリアの作戦は、全て自分が取り仕切る。絶対の自信があるからこそ、討って出たい。
「戦いたいのか?」
そうであってもおかしくはない。悪魔としての血が騒ぐこともあるからだ。完全なシンクロを遂げてない今は、血の騒ぎを抑制するのは難しいだろう。
「そういうわけではありません。しかし、出方を伺う必要もないかと」
「なるほど」
「アスガルドへ行きましょう。ロキはあざとい奴です。先手を打たねば、不都合にも成り兼ねないのでは?」
「お前の言い分はわかった。だが、アスガルドへは行かん」
「総帥!」
「これは決定事項だ。今後、この話はするな。向こうから来た分には戦いもするが、そうでもない限り、敢えて行動を取る必要はない」
きつく言われ、再び本を開いたヴァルゼ・アークに無言で一礼して那奈は立ち去った。
「……………。」
思惑はある。しかし、事態は思惑を通り過ぎようとしていた。