第七章 今この時だけは
花見シーズンに伴い、レリウーリアの面々も屋敷の庭でバーベキューをしようということになった。
アスガルドのロキの侵攻があるかもしれないというのに、そんな暢気なことを提案したのは、
「あ゛〜〜〜っ!ちょっとちょっと!お肉焼きすぎだよ!葵ちゃん!」
レリウーリアで一番祭り事やイベントが好きな翔子だ。何せ、屋敷には大きな桜の木が一本だけあり、ちょうどいい。
もちろん、こんな時だからこそ士気を高めようと言い出したのだが、
「うるっさいなあ。どう焼こうと私の勝手でしょ!」
とやかく仕切る翔子に、葵が半ギレする。
「そのお肉は純ちゃんが買って来た、超〜〜〜………高級お肉なんだよ?レアで食べなきゃ勿体ないよぉ〜」
「私はウエルダンでいいのよ!」
いちいち食べ方にまで口を出すなと言う葵の態度に、
「お〜〜ほっほっほ!これだから庶民は嫌ですわ!いいお肉ほど、生に近い形で食べるもの。そんなこともわからないんですの?」
純がしゃしゃり出て来る。当然、葵が黙ってるわけもなく、
「こんのクソガキ………」
「おやまぁ。なんと口の悪い!そんなんでは、レリウーリアの一員として………」
パシャッ!
純の暴言を止めるように、飲んでいたジュースを顔にかける。
ここから始まる喧嘩など、日常茶飯事だが、さすがにこれには全員驚きを隠せない。
「あ、葵お姉様………」
結衣が葵の袖を引っ張り、やめろと言わんばかりの声を出すも、かけた方もかけられた方も、収まりが利かない。
「葵ちゃん………粗暴な振る舞いにも、やっていいことと悪いことがありますわ」
「あんたが金持ちの生まれなのは勝手だけど、それを鼻にかけるのが気に入らないのよ」
葵とて、純がそういうつもりでないことは知っている。ただ、素直になれないだけなのだ。
「わ、わたくしがいつ金持ちを鼻にかけまして!?」
「毎日よ。大体、今はただのみなしごじゃないの。あ〜、あんたの両親、自殺したんだっけ?かわいそうに」
「………………ッ!!!」
葵の言葉に純も堪えられない。
近くにあったお茶を取り、自分がされたように葵にもぶっかけた。
それは、触れられたくない古傷を守るための防衛本能。
「つめた………フン。やってくれるじゃない」
「いい加減になさいませ!そうやって毎日毎日ツンツンして、周りを不愉快にさせて、一体何が面白いんですの!?」
「あんたのツラ見てんのが不愉快なのよ!」
「もう我慢なりませんわ!」
純が槍のロストソウルを具現化し、葵の喉元に突き付ける。
「面倒くさ………」
そういいながら、葵も剣のロストソウルを具現化した。
「ちょ、タンマ!何やってんのぉ〜!」
間に翔子が入り二人を止めようとするが、それはあまり効果がないことを、全員が知っている。
とは言え、今この場には、
「あなた達!」
由利がいる。怒りに任せ、うっかり忘れてたいたのだろうが、すいませんでは済まない。
「総帥の御前よ!それに、ロストソウルを喧嘩の道具にするなんて言語道断!!早くしまいなさいっ!!」
ようやく我に返った二人は、由利に指示された通りロストソウルを“仕舞う”。
互いに顔を背け、翔子は葵にハンカチを、はるかは純にタオルを渡す。
「総帥。総帥からも何かおっしゃって下さい!」
由利の怒りの元は、二人がロストソウルを軽んじたこと。そのことは、離れた桜の木の下で黙って見ていたヴァルゼ・アークも承知している………はずなのだが、
「………少しは仲良く出来んのか?」
意外に穏やかに、諭すように口を開いた。
葵と純はひざまずき、頭をもたれる。感情的になったとは言え、醜態をこともあろうに主の前で晒したのだ。万死に値する。
「も、申し訳ございません。つい………」
葵はいい淀みながら謝罪する。
「と、とんだ醜態を晒しました。如何なる処罰も受け入れます」
こういうことには、育ちがいい純はきちんと言葉で謝罪出来るようで、罰を受ける覚悟まで口にして見せた。
「そうだな。示しがつかなくなるといかんからな」
ヴァルゼ・アークは、寄り掛かっていた桜の木から身体を起こして立ち上がると、
「葵。純。ロストソウルを喧嘩に使おうとした罰として、このシラけた空気を盛り上げろ」
その言葉に、全員の頭の上には「?」が一斉に浮かんだ。
「そ………総帥!?」
由利が思わず詰め寄るも、
「みんな!今日は二人にコスプレでもさせたらどうだ?もちろん、反抗は許さんぞ?葵、純。これは罰だからな」
言い残し、また桜の木にもたれ座る。
しばし沈黙はあったが、
「総帥がお望みなんですね!なら!私のコスプレ衣裳をみんな持って来るわ!結衣!景子!手伝って!」
空気を換気するように翔子が言うと、
「はい!翔子お姉様!あ、私にも何か貸して下さい!」
「うんうん。いいぉ〜!結衣は可愛いから、なんでも似合うよ!そうだ!景子も美少女だし、特別に私が見立ててあげる!」
「…………総帥が望むなら……なのです」
と言ってるうちに、翔子は景子の手を引いて屋敷に向かって走り出した。
途端に、他の者も騒ぎ出し氷河のような空気が、一気にお祭りモードへと変わる。
「総帥」
その中で、ヴァルゼ・アークの下した判断に納得出来ず、由利は、
「どういうおつもりですか?」
厳しい表情で説明を求めた。
いつも傍らにいる。だからヴァルゼ・アークの思考を読み、なるべく彼に負担のかからないように努めているのだが、それでも時々解らなくなる。それが由利には我慢ならない。ヴァルゼ・アークのことは一から百まで知っておきたいのだ。
「どういう?」
「いつ、またアスガルドの使者が来るかわからないこの時期に、示しのつかないことはやめて下さい」
「フッ。まあいいじゃないか」
「総帥!」
「由利、あいつらはこれから戦場へ行き、あの美しい身体を血で濡らすことになる。悪魔の記憶があるとは言え、初めて他人の生命を断つという行為をするのだ。人を捨て、悪魔になったことが罪ならば、それ以上の罰があると思うか?」
悪魔の記憶があるのなら、いっそ人間としての記憶なんてなくてもいい。その方が、何も考えずに済むのに。
しかし、レリウーリアのメンバーといることは、由利にとっても幸せのひとつ。それは否定出来ない。
「総帥………」
そして、ヴァルゼ・アークの深い意思を読めなかったことは、自分の愚かさだと心を戒める。
「わかったなら………ほら。お前も付き合え」
飲んでいたワインを由利に渡す。
「………『昼間から』なんて野暮なことは言うなよ?」
「あら?私だって昼間からお酒を飲むことくらいありますよ」
今この時だけが幸せであればいい。そうでなくてはならない。
戦いが始まれば、瞬間瞬間が生死の選択。死のルーレットに監視されているのだから。