第五章 悪しき者
レリウーリアの屋敷の地下は、教会で言う“聖堂”のような場所がある。
鉄の扉を開けると、正面に玉座。そこに至るまで赤いカーペット。そのカーペットを照らすように等間隔でキャンドルが並ぶ。
比較的レリウーリアとしての重大な話し合いなどは、この場所で行われることが多い。
ここはレリウーリアにとって神聖なる聖域。互いに呼び合う時は、悪魔名か、または人間名を敬称を省いて呼ばなくてはならない。
「天使が目覚める前に、片付ける必要があります」
カインから聞き出した情報を、由利はヴァルゼ・アークに報告した。
その他の者達は、玉座に座るヴァルゼ・アークにひざまずき、言葉を待つ。
「………アスガルドの王が、人間界に何の用があるのか」
しばし考え込むヴァルゼ・アークは、インフィニティ・ドライブの存在が知れたのかと危惧したが、にしてはやり方がずさん過ぎる。
今回の件がカインの独断だったとしても、インフィニティ・ドライブの情報をなくして千明と絵里に意味なく戦いを挑むだろうか?人質にした方が効率がいいだろう。
だとすると、インフィニティ・ドライブの存在は知らないのかもしれない。
千年前の天使との戦争も、人間界の奪い合いだと思っているに違いない。
ならば、知れる前にロキを叩かねばなるまい。
「ヴァルゼ・アーク様、アスガルドへ討って出ましょう」
由利は不安を抱えながらも、そう提案した。
由利もヴァルゼ・アークと同じ考えに至っている。アスガルドに攻め込む方が、インフィニティ・ドライブのことを隠せると。
「………いや。今はまだ討って出る時ではない」
しかし、ヴァルゼ・アークは由利の言葉を否定した。
「ヴァルゼ・アーク様っ!」
「ロキはアスガルドをそう簡単には出られん。攻めて来るのは手下共だけだ。だからカインを使ったのだ。手下だけなら、多少手こずりはしても、問題ないはずだ」
「ですけど、実際に千明と絵里の二人掛かりでカインに危うく………」
「二人で勝てないなら全員で掛かればいい。………忘れるな。俺達の目的はインフィニティ・ドライブを手に入れることだ。ロキの気まぐれに誠実に対応する必要はない」
来るべき天使との戦いに備えるべき時期なのだ。本来ならば。
予定外の戦いを強いられるのなら、卑怯な手を使ってでも早急に終わらせなくてはならない。
万が一にも、天使とロキが手を組むようなことがあれば、レリウーリアの勝利は絶望的になる。その可能性だけはゼロにしておく必要がある。
「しばらくはロキの出方を見る。討って出るのは、それからでも遅くはないだろ」
「……………。」
由利は納得出来なかった。出方を見る必要など、どこにもないからだ。
だが、反論は許されない。ヴァルゼ・アークの言い方を聞けばわかる。二度言えば、それはヴァルゼ・アークの怒りを買うことになる。
「明日からフラグメントを探してもらう予定だったが、こちらの思惑を悟られるのは本意じゃない。またしばらく訓練をしてもらう。いいな?」
ヴァルゼ・アークが命令を下すと、由利を含め、以下全員が返事をした。
「………邪魔する者は、消すだけだ」
「久しぶりだな………ロキ」
ユグドラシルに現れたカインは、悪魔の復活に興奮を隠しきれない様子でいた。
「カイン………その様子だと、しくじったようだな」
残忍なカインの性格から、手ぶらで来るとは思っていなかった。首のひとつは持って来てもおかしくない。
「人聞きが悪いな。しくじったんじゃない。さすがにレリウーリア全員を相手には疲れるだろ?だから一端戻って来たんだよ」
「で、どうだった?やはり強かったか?」
「あれはまだ完全に覚醒してないな。それに、全員女だった。ヴァルゼ・アークはいなかったが………一体、何がどうなってるんだ?」
「悪魔の復活は、記憶と力だけが受け継がれたのだろう。おそらくは、人間の女達がヴァルゼ・アークによって選ばれたのだ。………ロストソウルでな」
「ヘッ。神々が恐れる神が女好きとは、好感が持てるよ」
「だからといって、ヴァルゼ・アークを甘く見るな。カイン。睨まれたら地獄の果てまで追って来る」
「………ああ。わかってるよ」
ヴァルゼ・アークの恐ろしさを知っていても、戦いを避ける気はない。
「それにしても、ロキ。今更、人間界を欲しがってどういうつもりだ?」
「………天使や悪魔、強いては神までもがその支配下に置きたいと願った世界なら、いっそ貰ってやろうと思ってな」
「フッ。よくわからんよ、そういう気持ちは。でもまあ、戦いの場を提供してくれるなら、それで充分さ。………エデンは退屈だからな」
「退屈はいかん。心が腐る」
ロキは、そう答えたカインに満足そうだった。
戦火の中でしか生きられない者達。
欲望を満たす為だけの戦いが始まる。