第四十一章 闇で生きる
後戻りなどするつもりはなかったが、後悔が無いのかと言えば嘘になる。
大切な友人を三人も失った。離れていてもわかる。
カイン、タンタロス、クーフーリン………もう気配を感じられない。
皮肉られてるのか、空は既に晴天へと変わり、三人の友人とアスガルドの戦士達の死を悲しむことを拒否したかのようだ。
「情けない主だ。結局は友人まで殺してしまったな」
「ヴァルゼ・アーク………」
最後の来客は、悪魔の神・魔帝ヴァルゼ・アーク。
初めて見るその姿に、何を思うのだろうか。そう思っていたが、意外に特別な感情は湧かなかった。
「この戦い、俺達レリウーリアの勝ちだ」
「………だからどうした?まだ俺がいる!貴様を倒し、他の悪魔もカイン達の下へ送ってやる!」
「どうあってもケリを着けるか………」
「俺は聖王だ!悪魔ごとき愚族にケツを捲れるか!」
「チープなプライドだな」
「なんだとッ………!」
「アスガルドは元々オーディンのものだ。それを力ずくで奪っただけではないか。何を偉そうに。貴様は所詮盗っ人。ここで散るのが運命だ」
「笑わせるな!オーディンを倒した実力、貴様にたっぷり見せてやる!」
「ロキ。運命とは己の力ではどうにもならない身上を言う。それでもやると言うのなら、相手になろう!」
これはロキの挑戦。
魔帝を倒して名を挙げ、神へ戦いを挑むことが死んだ友人への弔い。
聖王は友人の仇と野望の為。
魔帝は揺るぎ無い神の威厳の為。
互いの称号に相応しい立場の戦いだった。
「大丈夫ですかぁ?」
タンタロスを倒し、それでもまだ体力に余裕がある分で、休んでいた葵達を案じてやった。
「うん。大丈夫だよん」
はるかは、それを証明するようにガッツポーズを見せた。
とりあえず、はるかが元気だと安心する。
「純お姉様」
純に手を差し延べ、
「よくやってくれましたわ」
こちらもいつもの調子で答えながら、健闘を讃えたいのか、結衣の手をしっかり握って立ち上がった。
「強いのね」
葵も、結衣を褒めてやりたかったが、自分の招いたことへの後ろめたさが、中途半端な言葉で終わらせてしまう。
「葵お姉様も。無事で何よりです!」
太陽みたいな結衣の笑顔。救われる。
きっと責められるだろうと思っていただけに、本当に有り難い笑顔だった。
「ありがとう、結衣。結衣が来てくれなかったら、私達タンタロスに殺されてたと思う」
自分一人で挑むつもりでいたが、結局、結衣一人で片付けてしまった。
畏まる葵を、結衣はただジーッと見つめている。
「な、何よ!」
「な〜んか、いつもの葵お姉様らしくないから。頭でも打ちました?」
日頃の強気な葵が見えない。理由がわかっているから、わざと茶化したのだ。
「あ、あのね〜………」
「しゃあないよ。ずっと一人で心細かったんだろうし。ね、葵ちゃん?」
「はるかちゃん!」
はるかが葵の首に腕を回し、ニンマリと白い歯を見せた。
「御心配無用でございますわ、結衣ちゃん。彼女も、少しはわたくし達の存在というものを、身に染みてわかって頂けたはずでしてよ?」
「そりゃまあ………」
「ほうら!これでしばらくは屋敷でもおとなしくしていてもらいますわ」
「ちょっと!なんでそうなるワケ!?」
「当然でなくて?一人よがりの行動で、危うく仲間を死なすところでしたのよ?」
「だからって!あんたに決められたくないわ!」
「んまっ!なんて言い草ですの!お二方、聞きまして!?さっきまでの反省の態度は、まるっきしの演技でしたのよ!」
「別に演技なんかしてないから!」
「では、今のその態度はどう説明致しますの?」
「ほんっっと、可愛げのない………!高飛車女っ!」
「な………た、高飛車女!?くっ………この、唐変木っ!」
「ケンカ売ってんの!?」
「税込みで売ってますわ!!」
やっぱりこうなるのかと、はるかと結衣が苦笑いをした。
でも、それがレリウーリアの健全な姿であり、最も安心する場所なのだ。
しおらしい葵の姿も、高飛車じゃない純の姿も、誰もみたいとは思わないだろう。
「あなた達の会話は、いつも平行線なのね」
そこへ、ヴァルゼ・アークと進んだはずの由利が戻って来た。
結い直したポニーテールが質素に揺れていて、軽いアクセサリーのようだ。
「由利姉様っ!」
いち早く、結衣が抱き着きスリスリ頭を擦り付ける。
由利に頭を撫でられ、結衣は満足ではある。が、葵達はそうはいかない。
全員が勝手な行動をしたのだ。こと、葵に関しては容赦に値する事象ではない。
「司令」
葵は由利の前にひざまずく。
「謝って済むことでないことは、重々承知してます。如何なる処分も………」
「頭を上げなさい」
「司令………」
「自分のしたことがわかっているのなら、私から言うことは何も無いわ」
「それって………レリウーリアに私はいらない……と?」
「あなたの処分は、総帥がお決めになること。その総帥は、最後の戦いをしに行ったばかり。帰って来るまで保留よ」
由利は首を振り、葵の思惑を否定した。
「………わかりました」
そう言われれば、葵から何も進言することはなくなる。
「お〜〜〜いっ!!」
そこへ、翔子の叫ぶ声がした。
振り返ると、戦いを終えた仲間達がやって来る。
それを確認すると、誰も死なずに済んだことに、葵は感謝する。もちろん、誰に感謝したわけではないが、何となくそんな気分だった。
「みんな………」
「なあに涙目になんてなってんのさ。らしくないって」
絵里が結衣と同じことを言う。
「生きててくれて何よりだぉ」
翔子も、軽いウインクで気持ちを和らげてくれた。
「今度、食事当番代わってもらうからね」
ローサの言葉に頷く。
誰も責めない。いや、責めるくらいなら、ヴァルゼ・アークの命令を無視してまでアスガルドには来ないだろう。
来てくれたのは、純粋に自分を仲間だと思ってくれているから。
「みんな、本当にゴメンなさい」
だからこそ、葵も素直に頭を下げた。
「気にしないで。天使と戦う前に、いい体験出来たし。ストレス発散にもなったから。クスクス」
千明は自慢の髪を指に巻きながら言った。
「副司令」
「無事で居てくれたなら、それだけで充分よ」
美咲は、葵の両肩に手を載せ、優しく微笑んだ。
「那奈ちゃん………愛子ちゃん………」
「これっきりにしてよ?」
「うふふ。若気の至りってことで」
肩をすくめた那奈に、愛子は笑って言った。
そして、一番感謝しなければいけない人物がいる。
「景子」
「…………。」
カインの身動きを封じる為、空間を飛び越えてデスティニーチェーンで援護をしてくれた景子。
その実力に驚愕するよりも、あれが無ければ死んでいたのだと思うと、やはり感謝せずにはいられない。
「私も、純ちゃんも、はるかちゃんも、あの時あんたの援護が無ければ死んでたわ。ありがとう」
もはや、あれをどういった理屈でやってのけたかは問題じゃなかった。
「礼には及ばないのです」
景子もまた、そのこと自体に触れたくない。
葵はどうあれ、あれこれ聞きたがる者もいる。説明するつもりもないし、恩に着せたいわけでもない。
「何コソコソ話してんの?」
言ってる側から、翔子が鼻をヒクヒクさせ始めた。
「何でもないのです」
「うっわぉ。冷たぁ。葵ちゃんには言えて私には言えないの?」
「…………。」
いつものだんまりと仏頂面で逃れるしかない。
こうしておけば、やいのやいの言わなくなることを知っている。
「逃げたな」
「ま、まあまあ。景子も疲れてんだし」
「あれぇ?葵ちゃん、何で庇うの?ますます怪しい」
「な、何でって、普通のことでしょ!」
「普段の葵ちゃんらしくないなぁ」
今回ばかりは強気に出られない葵。
それでも、居心地がいい。
これを壊していたかもしれない。そう思うと、自分の浅はかさにパンチ百発くらい叩き込んでやりたかった。
「次はあなたが、みんなを守りなさい。みんなを大切に想うなら。これからの戦いの方が辛くなるでしょうから」
「司令………はい」
「いつか総帥が野望を叶えるまで、私達は寄り添って戦って行かなきゃ。悪魔としてね」
人としての平凡な幸せは望めないことを、由利は悟っている。
悪魔としての幸せ。それは、愛すべき主が望みを叶えられるよう、尽力あるのみ。
闇で生きる住人は、未来に光を求めない。