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第四十章 老いた英雄

「こんのぉぉ〜〜!!」


タンタロスの放った魔法を、自らの技で対抗する。

空中で魔力を雲散させれば、最悪、犠牲になるのは自分一人。タンタロスを倒せなかったとしても、仲間がなんとかしてくれる。

とは言え、それは本当に最悪の場合で、前向きがモットーの結衣は、タンタロスに負ける気はさらさらない。


「ムダだッ!魔力の全体分布が違う!何をするつもりか知らんが、俺の魔力を上回らん限り、掻き消すことなど不可能!そのまま塵になれッ!」


地上で喚くタンタロスの声が耳障る。


「塵になんて………なって………た・ま・る・かあ〜〜〜〜〜〜っ!!」


刹那。タンタロスの放った魔力の塊を引き裂いた。


「バカなッ!!」


引き裂かれたサクリレイジダークネスは、化学反応を起こしたように唐突に爆発し、大気を震わせる。

それでも、結衣は無事では済まないだろうと高をくくっていると、


「私の勝ちよ!タンタロス!奈落の底で眠ってなさいッ!」


飛沫ひまつする魔力の欠片を掻き分け、結衣はダイブして来た。

全く防御態勢を取っていなかった。

無防備な上に油断。

結衣のロストソウル・オリハルコンは、タンタロスの胸に×印を刻み込んだ。


「うおぉ………ぐはっ………お、おのれ…………」


ふらつく足に言うことを聞かせられず、膝が落ちる。


「こ、こんなバカなことが………」


「あるのよ」


「ぐっ………ナヘマー……!」


「自分が犠牲になることも、ましてユグドラシルを吹き飛ばしてしまうことも避けたかった為に、放った魔法は継ぎ接ぎだらけの粗末なものだったわ。あんな魔法で私を倒そうだなんて、百年早いのよ!」


威力は充分だったはず。だが、結衣の動きを完全に封じる為に、大きくし過ぎた魔法は、密度が薄く意図も簡単に破裂させることが出来た。

有利に働くはずのタンタロスの強大な魔力は、個人戦向きではなかったのだ。


「小娘に………負けるとは……」


地面に倒れ伏し、タンタロスは息絶えた。


「悪魔を見くびらないで!」


いつの時代も、勝者は誇る権利が与えられる。










一方、由利とクーフーリンの戦いは、互いに一歩も退けを取らない槍と槍の攻防。

槍の尖端だけが音速の速さで盾突き合い、触れ合う旅に込めたオーラが放電する。


「いいねぇ!この緊張感!ゾクゾクしやがるっ!」


「緊張してるのはあなただけよ、クーフーリン!」


「へっ。クールだな。その仮面の下で、どんなツラで俺様を見てやがるんだ?」


「そうね………少なくとも、下品な顔はしてないわ!」


鋭い突きがクーフーリンの頬を傷付ける。

それだけの傷であっても、すぐ隣には死が傍観しているようで、命を擦り減らす戦いに高揚していくのがわかる。

擦り減らした寿命の分だけ、また英雄としての格が上がる。

相手がレリウーリア司令官なら尚のこと。

意気込むクーフーリン。だが、その満ち足りた自信を、由利は重視していなかった。それは、勝てると判断する要素があるからだ。


「クーフーリン。私との戦いを楽しそうにしてくれるのは嬉しいんだけど、もうそろそろ終わりにしましょうか」


「終わり?へっ。正気かよ?まだ始まったばかりだろ」


「だからよ。英雄に興味はないのよ」


「そいつは残念だ。けど、終わらすってのは、誰の勝利を持ってのことだ?」


「決まっているわ。私よ」


「言うねぇ。まさか俺様の弱点でも見つけたかあ?」


もちろん冗談だ。クーフーリンは、自分に弱点があるとは思っていない。

事実、言うだけのことはあるし、由利でなかったら勝負は早々に着いていただろう。

過信にも取れる言動は、彼自身の経験がそうさせているだけで、自分の実力を充分理解している証。


「どうなんだ、ジャッジメンテス?」


「平たく言えばそういうことかしら」


一瞬。クーフーリンの背筋が凍りつく。

確かに一度は負けた相手だ。しかし、それは千五百年という忘却に等しい昔話で、その敗因こそ過信の一言に尽きるものだった。

今、唯一の負けを喫した人物を前に、同じ過ちを犯してはいない。

なのに、非常に曖昧な言い方ではあるが、由利は弱点を見つけたと言い切った。


「どうしたの?恐い顔してるけど?」


「俺様に弱点などあるわけがないッ!」


「試してみればわかるわ」


そう言って、由利は不意を突いてシャムガルを突き出す。


「チッ!」


クーフーリンは、サッとかわして見せたが、また頬に傷を作ってしまう。


「やっぱりね」


それは、由利に確信させる結果だった。


「やっぱり?どういう意味だ?」


「あなた、近間のものが見えないのね?」


「…………!?」


初めて黙った瞬間だ。

クーフーリンは、由利が何を言ってるのかわからないわけじゃない。むしろ、当たっていることに驚いている。


「離れたところは見えてるのに、近くのものは見えない。正確には見えづらいのよ。それは、人間の世界では“遠視”って言うの。古代人のあなたには理解が難しいでしょうけれども」


「エンシ………?」


「人体の仕組みまでは話しても無駄でしょうから省くけど、目の状態が悪化してるのよ。千五百年前よりも」


「だ、騙されるかッ!たまたま頬をかすっただけだッ!」


「いいえ。違うわ。あなたは私の攻撃を、ある瞬間から憶測でかわしている。それも、かなり重度な遠視だわ。下手すれば、乱視にもなってるかもね」


「ランシ………?知るかよ!仮に、お前の言う通りだとして、それが致命的な弱点だとは思わんな!」


「人間って頭いいのよ。医学……科学……なんでも自分達で調べ、実験をして知識を築き上げる。千五百年前はただの悪魔。でも現在いまは、人間がベースの悪魔。魔力や腕力だけじゃ到達出来ない領域を、人間は知能だけで切り開いた。最初から勝負は着いていたわ」


「………俺様の目の状態は良好だ!」


「クーフーリン。あなたは老いたのよ」


「何………?」


「千五百年という永い年月は、あなたから身体能力を奪ってしまっていたのよ。ええ、怖がらなくていいわ。神でさえ、老いてしまうのだから」


老いた。そんなこと、クーフーリンはただの一度も考えたことがない。

切実に考えれば、当たり前のことだ。ケルトの英雄の寿命が何年だろうと、成人を過ぎれば老いが始まる。避けられぬ生体現象を、知識として知らないクーフーリンにとっては、堪え難いショックでしかない。


「老いた………だって?信じられるかよ。俺様はまだ現役だ」


見た目も、人間に換算すれば三十代前半。

老いと言われるほどの老化は感じられない。

身体も動く。聞き流そうとしても、動揺が拭い去れないのだ。


「肉体の老化は意外に遅いものよ。でも、身体の内部や眼球までは鍛えようがないものね」


由利が笑った。口元だけが見える仮面のその奥で、由利はクーフーリンの最期を見ている。


「この距離でなら、あなたを仕留められる」


シャムガルをバトンのようにくるくる回す。

心理面でも優位に立った今、警戒するものは何もない。


「ジャッジメンテス…………お前の思うようにはさせねえーーーーッ!!!」


不安に耐え切れず、先に攻撃に転じたクーフーリンだったが、もはや隙だらけ。

由利は目線をクーフーリンの心臓に合わせる。


「私の勝ちよ!明鏡止水!!」


華麗に、そしてスマートにカウンターアタックを決める。


「ごはあっ…………ま………また…………負けるのか………」


再戦の無い雪辱戦は、調律神ジャッジメンテス・仲矢由利に軍配が上がった。

その勝利に酔いしれるそぶりもなく、由利は乱れたポニーテールを解く。

綺麗な髪がストンッと落ちる。


「英雄の最期なんて、実に呆気ないわね」


仮面を外し、光の塵となり消えて行く英雄の亡きがらを見つめる。

そして、両目に指を当てコンタクトレンズを外した。


「ソフトに代えようかしら?」


人間の知恵も、捨てたもんじゃないな。と、一人感心するのだった。


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