第三十七章 プライド
「あの子………なんなの?」
葵は、タンタロスと互角にやり合う結衣に、ただただ舌を巻くだけだった。
はるかと純も同じだ。実力なら自分達の方が上だと思っていた。
避雷する為に、かなりの素早さで動き回っている。それ自体は大した問題じゃない。
葵達が驚いているのは、それを結衣が低空飛行でこなしていることだ。地面すれすれ、旋回速度まで神業の域にある。
タンタロスの近場を飛び回るのは、タンタロスが自分に被害を受けるのを恐れ、魔法の威力を下げさせる目的なのだろう。
「結衣ちゃんって、頭いいからなぁ」
はるかの感心先は、自分にはない結衣の知能。思い付きであれが出来るわけではないことを知っている。理論を組み立て、訓練によってより確実な動きへと完成させていたのだ。
「お若いのに、見上げたものですわ」
うかうかしてられないなと、でも嫉妬だとか皮肉じゃなく、ただ素直なまでに純もそう思っていた。
離れた場所から見ていると、結衣のスキルの高さは一目瞭然。三人は、この先も結衣、そしてさっき助けられた景子には、勝てないだろうと認めていた。
「私達、感謝しなきゃね。命………救われてるもの」
雨が打ち付けるユグドラシルで、葵は涙をごまかしていた。
「悪魔ってのは不憫な生き物だよなあ?」
ゲイボルグの尖端とシャムガルの尖端で力を押し合う。
ニヤニヤとするクーフーリンの醜顔に、正直吐き気さえする。
声色だとか口調も、由利の生理的に受け付けない代表そのもの。
「不憫?私達が?」
ゲイボルグを払いのけ、間合いを取る。
「悪魔は嫌われ者だ。おまけに、ヴァルゼ・アークの加護がなくては生きられない。ジャッジメンテス、お前は元は純粋な神だった。理由は知らねーが、闇に身を投じた代償は、高かったんじゃないのか?」
「余計なお世話よ。それにね、ヴァルゼ・アーク様の加護があるからこそ、私達悪魔は闇を支配出来るのよ。………そう、心の闇もね」
「闇を支配するのが、そんなに至福かよ?どうせなら、光の射すところを支配したいってのが、通念じゃねーのか?」
「どんな人も、闇に心を置いているの。誰にも知られない自分を抱いて。だから私達悪魔は、闇を支配する。あなたも例外じゃないのよ?クーフーリン。欲望は、心の闇より生まれるんだから」
何かを願えば、闇は深くなる。願いを叶えるまでは、光を見ることなど叶わないのだから。
由利の口上を聞き終え、クーフーリンは敢えて納得して見せ、わざとらしく二回ほど頷くと、
「心の闇を支配するというのは、確かに的を射てる。しかしよぉ、それは下等な生き物に限っての話さ。俺様は英雄だ。心に闇なんてもんはねぇよ」
「本当にそうかしら?」
「なぁにぃ?」
「英雄の条件ってのはね、ただ強くあるだけ。期待に応えられる強さを持っていれば、それだけで英雄になれるのよ。実績なんて必要ない」
「ケッ。じゃあ何か?ヴァルゼ・アークも英雄だってのか?」
「あの“人”は英雄とは違う。強くあるだけでなく、表裏のように儚さも秘めている。そうね、例えることなんてスマートじゃないわ。言葉の限りを尽くしても、あの人に相応しい言葉なんて存在しないもの」
「妬けるねえ。そこまで慕われりゃ、ヴァルゼ・アークも本望だろう」
英雄と言われることは、クーフーリンにとってこの上ない優越感であり、アイデンティティでもある。
由利はそれを否定したのだ。
英雄のなんたるかなど、取るに足らないことなのだと。
「じゃ、戦闘再開だ!ジャッジメンテス、お前を倒し、俺様は英雄の神にまでなる!」
「いらっしゃい。英雄は所詮英雄。人々に躍らされた、稚拙な偶像だって教えてあげる」
ぶつかり合うのは、プライドとプライド。