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第三章 静穏なる招来

愛子は高校で社会科を教えている。昔、自分が学生の頃に憧れた恩師が社会科を教えていたのもあり、その恩師を目指すべくなった職業ではあるが、


「はぁ………」


現実はそう甘くはなく、まだまだ新米の愛子には、思春期の若者を相手にするのは容易でない。


「どうしたんですかあ?神藤センセ!」


溜め息を零しながら歩いてると、


「結衣」


「なんか浮かない顔して、愛子お姉様らしくないなあ」


結衣の通う高校での教職というのが、唯一の救いだった。


「うん。なかなかみんな真面目に授業受けてくれなくて」


立場の違う結衣にわかってもらえるとは思ってないが、ついつい愚痴を零してしまう。


「そう?愛子お姉様の評判は二重丸だよ?」


「評判もいいんだけど、やっぱり一応教師だし」


「ふぅん………悪口言われるよりいいと思うけどなあ。総帥とかに相談とかしないの?」


結衣は景子を除く他のレリウーリアのメンバーを、「お姉様」と慕う。景子のことは妹のように可愛がるが、自分も可愛い妹でありたいのだ。

そんなお姉様の中でも、おっとりしている愛子には、何かと相談しやすい。だからたまには自分も。と、思うのだが、こういう悩みを抱えたことがないからアドバイスに困る。経験不足とはこのことかと、辞書で調べるより理解が早かった。


「したわよ。『道を極めるには時間がかかるものだ』って言われた」


「すぐに解決しないってこと?」


「そうねぇ。知識だけでは意味が無いってことかしら」


その道を歩く為に得た知識が、歩き始めた途端に飾りにしかならなくなる。本当に必要なものは、時間をかけて手にするしかないのだ。それをわかっていても、今どうにかしたいジレンマに、愛子はやはり溜め息をつく。


「そういうことを割り切れないのよ。私」


ヴァルゼ・アークだけならず、由利と美咲も同じことを言った。つまりそれは、経験という宝があっての確かな指南。明確な答えなのだろう。


「そんなに悩まないで。愛子お姉様は闇王ベルゼブブを継ぐ者。もっと堂々としてて欲しいなぁ」


「うふっ。ありがと。そうよね、明日からは悪魔としての神藤愛子。人を捨てて生きる身分なんだから」


いつも、無邪気で明るい結衣に助けられる。


「じゃあお姉様………」


「え?」


結衣が目を閉じて唇を差し出す。それは、褒美をくれとの催促。つまり、キスをねだっているのだ。


「ゆ、結衣!」


「ん〜ん〜、みんな来る前に、は・や・く!」


「ダメよ!こんなところで!」


こんなところでも何も、そんな趣味はない。ただ、これは結衣なりのスキンシップ。率先して手伝いをしたりしては、こうやってキスをねだる。それがまた憎めず、“お姉様”達に可愛がられる要因なのだろう。


「ってことは、屋敷に戻ったらってことだよね?愛子セ〜ンセ!」


「もうっ!結衣!」


「約束したからね〜!」


廊下を走り去って行く結衣は、とても高校生をしていた。誰も彼女が悪魔だとは思わないだろう。


「ふぅ………あの元気、うらやましいな」


愛子はすっかり気を取り直し、校庭に陣取る桜を見た。


「悪魔…………か」


踏み出した世界に、少しだけたじろいていた。










休憩になり、千明はスタジオを出て行く。

好きでなった女優だが、今はそうでもない。汚い業界だと知り、いい加減冷めていた。

もちろん理由はその他にもある。一番の理由は、非日常的な世界が自分を待っているから。

悪魔として生きる。それが堪らなく気持ちいい。


「は〜あ。帰ってゆっくり寝たいわねぇ」


と、呟くと、


「あれ?千明じゃない」


「絵里」


「ここのスタジオだったんだ」


「まあね。絵里は撮影?」


「そ。相変わらず、三流の仕事ばっかだけどね」


千明よりは年上の絵里も、今の千明の人気は認めざるを得ない。自分が通信販売の下着のモデルなのに対し、千明は女優、化粧品のCMまで持つ実力派。

だから、最初は嫌いだったタメ口も、今は抵抗がない。それだけ業界での千明の地位は高い。


「クスクス。そんな弱気な絵里なんて見たくないわ。仕事に三流も一流もないって。強いて言うなら、仕事に向き合う姿勢が、その境目じゃないかしら?」


妖艶さを生まれ持った千明は、女優になることが運命だったのだ。そう納得してしまう。


「千明。やっぱあんた才能あるわ」


「そう?私にはわかんないけど。ま、素直に褒められておくわ。クスクス」


手の甲を口に宛てがいクスクスと笑う千明は、ちょっと心外な気分なのかもしれない。


「それよりさあ、あんたローサのこと構い過ぎじゃないの?」


と、千明が話題を変えた。


「あっちが突っ掛かって来んのよ。文句は受け付けないから」


「よく言うわよねぇ。いい遊び相手だったりするんじゃないのぉ?」


「クソ生意気なだけよ。総帥も、なんであんな女に白羽の矢を立てたんだか」


「あらあら。そんなこと司令の耳に入ったら大目玉よ?」


「わ、わかってるって!言わないでよ!」


「さあ………?」


「千明!」


「冗談よ。クスクス………」


明日から悪魔としての任務が始まる。わかっていても、そう簡単に気持ちを切り替えるのは難しい。

言われれば、確かに悪魔の記憶もあり、それが根本的に彼女達を悪魔にしているのだから、切り替えるまでもないものと思える。が、そこが一番、面倒なところで、まだ馴染み切れない記憶は、時に混乱さえ招く。人間としての自分が本当なのか、悪魔としての自分も本当なのか。中々思惑通りには行かない。


「でもさ、楽しいわよ。実際」


絵里が本音を語ろうとした時だった。物凄い爆発音と共に、悲鳴が聞こえ、千明が撮影していたスタジオから火が出ていた。


「………事故?」


一見、冷静に言ったように見える千明の顔は、スタジオにいるスタッフを案じている。

居ても立ってもいられなかったのか、千明が一目散にスタジオ目掛け走る。


「千明!」


絵里も慌てて追いかける。

周りの関係者らしき者達も、騒ぎ立てながら駆け寄って行く。

火薬を使ったりすることもある。事故が起きないとは言えないが、それにしても大きな爆発音だった。


(何………?胸が……騒いでる)


絵里は、慣れない感覚に戸惑っているが、一般的に言う胸騒ぎとは明らかに別物だった。


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