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第三十一章 守りたいもの

「これを守りたかったんだろう」


タンタロスがロキに見せたのは、ユミルが世話をしていた庭園。

無論、広大とは言えユグドラシルの敷地にあるもの。ロキだって誰が世話していた庭園かは知っている。

ただ、カインがユミルの死にこだわる訳を知りたかったのだ。


「エデンでは草花は手を加えずとも育つ。そんな面白みのない世界に咲く花より、お前の部下が育てた花の方が魅力的だったんだろう。それを育てた………ユミルだったか?彼女に惹かれたのかもしれん」


タンタロスの推察を聞き、充分に納得出来た。

そこに恋心があったかは定かではないにしても、カインとはそういう奴なんだと、今更になって彼の心を知る。


「それでカインは、一人で悪魔を退治に行ったのか」


ロキは、一番近くにあった黄色い花に指を触れて言った。

今、よく見れば雑草も無く、枯れかかった葉すら見当たらない。そして、色彩の見事なバランス。これだけの花を、一から考えて造り上げたユミルへ、主として感慨無量の極みだ。


「だがタンタロス、カインは一人で悪魔共を片付ける気じゃなかろうな?だとすれば、それは無理な話だ。そんなに甘い奴らではない」


「わかっている。最初に訪れた悪魔共の他に、後から二つ、でかい気配を感じた。………おそらく、ジャッジメンテスとヴァルゼ・アークだろう」


「俺は、お前達にゲームをプレゼントするとは言ったが、想像以上に曲者くせものが多いな………レリウーリアには」


直接見ていたわけではないが、感じていただけでもわかる。


「特にベルゼブブ、シュミハザ………ナメてかかると、こちらが痛い目を見るぞ」


ロキが危惧する。

元より、レリウーリアが強いのは、古く神話から知れ渡っている事実。

………にしても、厄介な能力が、更に厄介になっているような気がする。

噂でしか聞いたことのない上級悪魔レリウーリア。待ち望んでいた戦いが切迫していながら、求めていない汗が背中を伝う。恐怖からか、存在だけで威圧されてるのか。

それさえも、悪魔の能力のひとつにさえ思えてしまう。


「では準備をするか。レリウーリアなど、お前にとっては通過点にしか過ぎないのだろう?ロキよ」


「言うまでもない。悪魔共の歴史も、今日、このアスガルドで終焉を迎えるのだ」


聖王と奈落の主が動き出した。










「ブラッドスプラッシュ!!」


「キャアーーッ!!」


後ろに飛ばされる速度よりも速く、カインの矛が何度もはるかの鎧を砕き散らす。


「はるかちゃんッ!」


はるかを救う為、純が割って入るも、


「雑魚がッ!!」


罵声と共に攻撃の巻き添いを喰う。

はるか共々、無惨に地面に打ち付けられる。


「………一人で挑んで来るだけのことは……ありますわね」


流石と、褒めてやってもいいくらいに、カインは強く、そして華麗だ。

だが、雑魚呼ばわりされたのは許せない。

一瞬、心が折れそうになるくらいの攻撃だったが、カインの一言はプライドの高い純を持ち直させてしまう。


「ですが、こんなところでやられるわけには参りませんわ!」


「サタンといい………タフさだけは認めてやるよ」


「ぬうぅ………まだ負けたわけじゃないよ!」


純を見習い、はるかも気持ちを持ち直す。

二人のその姿を、勇敢と読むか、それとも滑稽と読むか。選択を弄ぶように、カインは言った。


「素直に言おう。噂にたがわぬ実力とは言い難いが、根性と言う“人間独特”のモチベーションは素晴らしい。ユーモラスだ。フッ、悪い意味ではない。オレの友人にも見習わせたい。ユーモアのわからん奴がいるんだよ」


皮肉にしか取れない言葉も、どうやら皮肉ではないらしく、本音を語っているようだ。


「そんな君らに敬意を表し、オレ達の戦いの観戦者を紹介しよう」


嫌な予感が純とはるかを殴り付ける。

カインは振り向き、指を鳴らして合図をすると、神殿のような城のような建物の、二階バルコニー部分に、兵士に小脇を抱えられた葵が現れた。


「葵ちゃんっ!」


はるかが叫んだ。

その呼びかけに、葵が反応を見せた。

その容姿は、傷だらけで、悪魔の高い治癒能力を有してるとは思えなかった。


「………はるかちゃん!純ちゃん!逃げて!ソイツ、並大抵の強さじゃないから!みんなが居なきゃ、勝てないわ!」


それでも、声を上げ二人に警告する。

自分はどうでもいい。どうなってもいい。その気持ちは、まだ変わらない。

なのに………


「お黙りあそばせ!」


純が一喝した。


「純ちゃん、そんな言い方酷いよ!」


そう苦言を呈したはるかも、純の横顔を見て、思わず黙った。


「勝手に行動しておきながら、わたくし達に命令とは、どこまで勝手な人なんですの!」


真剣な眼差しで葵を見つめる。でも、その眼差しは、葵の勝手な行動への怒りの眼差しではない。


−生きててくれた−


その安堵感の眼差しだ。

少し距離があり、葵から純のその表情までは見えないが、なぜだか、純の気持ちが手に取るようにわかる。


「わたくしは、あなたを連れて帰らねばならないのです!かく言うわたくし達も、総帥の命令を聞かずに来たのですから!おーほっほっほ!」


当の純は、気持ちを悟られまいと必死ではあるのだが。


「ほう。ヴァルゼ・アークの命令で来たのではないのか?」


カインが聞くと、


「ええ。ま、諸事情というものがありましてよ。それが何か?」


純が聞き返す。


「知らないのか?」


「ですから、何をですの?」


「ヴァルゼ・アークは既にアスガルドに来ている」


「え………!」


「なるほど。一人の自分勝手な仲間を救いに行くことの承諾を許さなかった主に背き、勝手に仲間を救いに来た部下を案じて、後からやって来たと………中々部下想いの魔帝様だな」


ヴァルゼ・アークが来てる。

純もはるかも、そのことで更に勇気づく。


「そうでございますの………総帥が。ならば、心配は入りませんわね」


「一度逃げ帰って、連れて来るか?ヴァルゼ・アークを」


「勘違いしないで下さいませ。わたくしが心配ないと言ったのは、ここでわたくしが果てても、屍を拾ってくださる方がいるということ。勇気が湧いたと言ったのです!」


グングニルを地面に立て、カインに指を差す。


「もっとも!わたくしの命とあなたの命とでは、釣り合いが取れませんもの、死ぬのはあなたの方ではございますけど!」


決意表明をした純に習い、はるかもカインを指差し、


「まだ終わってないんだからね!これからが本番だッ!」


そう宣言する。


「諦めの悪さも褒めてやろう。オレとしては、その方がありがたい」


カインは再び葵に、


「よく見ていろ!サタン!仲間が目の前で殺されて行く様を!」


恨みを吐き出すように言った。

どんなに暴言や恫喝をされようとも、もう葵には通用しない。


「純ちゃん………はるかちゃん………バカよ、私なんかの為に………」


葵は、そっと頬を濡らす。

望む結果だろうと、望まぬ結果だろうと、自分が満足出来ればそれでいいと思って生きて来た。

それが葵の砦でもあったのだ。

しかし、そんな頑なに信じて来た道が色褪せて行く。


守られているという思いと事実。


守りたいという衝動。


人間を捨て、同じ悪魔に生まれ変わったという、ただそれだけだった絆は、今、花を咲かせ、より強く輝きを放ち始めた。


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