第二十六章 笑わない少女の顔
「はぁ………はぁ………次元空間を……武器が移動するなど、聞いたこともない」
幸い致命傷にはならなかったが、出血が止まらなく、激痛がヨルムンガンドを襲う。
「がっ………し、失態だ……」
「失態ではないのです」
「な、何ぃっ?」
「お前より、私の方が格が上だと言ったはずなのです。だから安心していいのです」
「こ……小娘ッ!」
景子の淡々とした言葉は、ヨルムンガンドにしてみれば嫌味意外の何物でもなく、激痛を凌駕した怒りが先走り、景子の喉元を鷲掴む。
「そうやって………命を懸けて強さを誇示しても、主なんて何もしちゃくれない!きっと、お前ら悪魔の主もだ!」
「なら………なぜお前は戦うのです?」
ロキを批難しながらも、ヨルムンガンドは戦うことをやめない。それは、本音と建前の、むず痒いジレンマだと、若く使命感に情熱を燃やす景子に話しても理解はしてもらえない。
「答える義理はない」
だから敢えて言わなかったのだが、
「そんな曖昧な気持ちだから強くなれないのです」
あっさりと言われなくていいことを言われてしまう。
「………どこまでも生意気な。まだ若いお前に教えてやる。お前らの主ヴァルゼ・アークも、お前達をいいように利用しているだけだ。命を懸けて仕えている部下の、ささやかな想いなど見向きもしない。いつか、お前もヴァルゼ・アークに裏切られる」
「ロキがアスガルドを捨てる理由はなんなのです?」
ヨルムンガンドの教えとやらに耳を傾けたわけではない。ただ、ヨルムンガンドが哀れに想えただけ。景子に、他人を思いやる気持ちは皆無だ。それをヨルムンガンドがわかるわけはない。
「それはわからない。だが、お前ら悪魔の侵入をやすやすと許したのは、アスガルドを荒らされても構わないという意志の表れ。まして、ロキ様は、我々アスガルドの戦士ではなく、御自身の友人とやらを召集した…………我々に何の説明もなく………」
「……………。」
アスガルドを守る為の戦士。立場は景子と変わらない。
身を、心を捧げ、命ある限り主の為に戦うことを義務付けられた。
それでも、景子がヨルムンガンドに共感出来ないのは、単に敵だからではない。
「初めて戦う相手が、愚痴しか零さない奴だなんて、つくづくツイてないのです」
鷲掴みにされた喉が鳴る。獲物を美味そうに眺める猫のようにゴロゴロと。
うっかり手を緩めてたヨルムンガンドも、本格的に景子の首を絞める。
「お前のような子供に言うべきではなかったな」
収まらない怒りが、アドレナリンを噴出させ、脇腹の痛みを麻痺させている。このまま、首を絞めるという、いささか戦闘行為から掛け離れた行為で、景子を葬ろうとした。そう、したんだ。
悪魔の首ひとつ。確実に貰うつもりで腕に力を入れる。景子の細い首くらい………そう思ってとどめを刺そうとした時だった。
「うがっ?!」
いつの間にか、デスティニーチェーンがヨルムンガンドの首に絡み付いて、景子の首どころか、自分の首が絞め上がる。
「ぐふ………っ………があっ………」
虚ろな瞳は、虚ろなまま景子を見ている。
「子供?言ってくれるじゃない。一番聞きたくない言葉なのよ」
瞳をルビーのように赤く染め、特徴のある語尾を取っ払い、大人びた口調と声色で景子が口を開いた。
「な………何が………?」
何が起きたのか。雰囲気がまるで違う景子に、戸惑わざるを得ない。
「あんたの主がどうだか知らないけど、私のヴァルゼ・アーク様まで愚弄される筋合いはないわ」
見た目は十四歳の少女。なのに、気味が悪いほどに色艶のある声。
無愛想な少女の顔は無く、悪巧みのしてそうな微笑みがそこにある。
「シ……シュミハ……ザ………!」
「アスガルドが好きなのよね?感謝してね。お望み通り、ここで死なせてあげるから。あ、もちろん冷凍保存のおまけ付きでね!」
デスティニーチェーンが蛇のようにヨルムンガンドの身体を這い周り、
「サヨナラ」
ヨルムンガンドの心臓を貫いた。
「哀しい女。ロキへの想いと、部下としての責務が重ならなかったのね」
糸が途切れたように、速やかに元の無愛想に戻る。
「………悪魔は強いのです」
景子が見せた別の顔。それは、愛子の二重人格とは違うもの。
景子の本質のような。
しかし、それを知る者は、誰ひとりとしていない。