第二十五章 天罰は、死をもって
「何の真似だ」
美形に似合わぬ容姿のカインは、今にも爆発しそうな苛立つ声を吐いた。
それは対峙している葵に向けられたものではなく、彼女を倒そうとした矢先の、カインの腕を掴んでいる男に向いたものだ。
「聞こえなかったのか?何の真似だと言ったんだ………タンタロス!」
中途半端に飛び出した技は、葵の脇を逸れてしまった。タンタロスさえ腕を掴まなければ、葵は死んでいた。一応は仲間であるタンタロスに邪魔をされる筋合いはない。
逸れて行った技は、庭園の花を散らして、直進運動を無くした。
タンタロスの手を振りほどき、敵意の眼差しで彼を睨む。
「だんまりはないだろ?言い訳があるなら聞いてやるから、さっさと言えと言ってるんだッ!」
少しずつ、怒りが零れる。
当然、葵にも何が起きたかはわからず、助かったのかさえ定かではない。
「この女はヴァルゼ・アークの前で処刑する。そう決めたはずだ」
「事情が変わったんだ!邪魔をするな!」
「そうはいかん。ロキは許したが、決め事は決め事。守ってもらわねば秩序が乱れる」
「仲間内の決め事に秩序もクソもないだろ。所詮、お前も神の血を引くクソ野郎ってことだな!」
「落ち着け、カイン!」
暴言を吐くほど冷静さを欠いたカインは、タンタロスに掴み掛かろうとしたが、
「………そいつを始末するのはオレだからな」
ぐっと堪えて庭園の方に去って行った。
「命拾いしたな。まあ、せいぜいわずかに寿命が延びただけだが」
「今私を殺さないこと、後悔するわよ」
「見上げた根性だ。満身創痍の状態で強気を保てるとは」
「絶対………殺してやる!」
そう言って、葵は気を失った。
雪原の寒さが景子の本来持つ機敏な動きを奪う。範囲効果の共鳴振動は、景子がどこへ移動しても、常に付き纏う。無論、どの程度まで範囲効果があるのかは視認出来ない。
「どこへ逃げても無駄だ!お前は言わば篭の鳥だからな!」
「……………。」
口を“へ”の字に曲げ、景子はなるべく止まらないようにしている。
動き回ってる時は、共鳴振動が弱まる。逆に立ち止まると、集中放火を浴びることになる。
うっとうしいと思う反面、残ったのが自分でよかったとも思う。
なぜなら、距離を置いて共鳴振動を発動し続けるヨルムンガンドに対して、剣や槍やらのロストソウルを使う他のメンバーでは、そのうちやられてしまう可能性が高い。那奈や翔子の銃器は、威力重視である為、個人に対し使うのなら立ち止まらなければならない。動いていても問題はないが、狙い撃つ精度は落ちるだろう。
翔子の波動砲は、広範囲の大勢の敵に有効で、那奈のアルティメットバスターは、遠距離の敵を狙撃するのに優れたロストソウル。どう考えても、ヨルムンガンドを相手に出来るのは自分しかいなかったと、改めて納得する。
自分なら………そう、デスティニーチェーンなら、空間の一部を歪ませ、新たな場所に出口となる歪みを作ることで、空間的に言えば別の座標から攻撃可能だ。おまけに、断続的に歪みを作れば、五メートルしかないデスティニーチェーンは、どこまでも、どんな場所へでも飛んで行く。
簡単に言えば、どんなに離れていても、景子が敵を見失わない限り必ず到達するのだ。
「アスガルドが失われてしまうのなら、せめて、この地の為に命を捧げ戦った証に、シュミハザ、お前の命を貰う!」
共鳴振動が強くなった。ビリビリと、感電してるように肌が軋むと、切れ味抜群のナイフで切り付けられたように赤い線が刻まれる。
「この程度………負けるわけがないのです」
景子の視界から逃れようと、鋭敏な動きを繰り返すヨルムンガンドだが、どんなに瞬間的な移動を見せても、景子はしっかりと捕捉している。
右に………左に………上に………また右に………狙いを定める必要はない。ヨルムンガンドの気配を、オーラを感じていれば、デスティニーチェーン必ずダメージを与えるはず。
「今なのです!デッドエンドネメシス!!」
勢いよく飛び出したデスティニーチェーンは、ヨルムンガンドの数メートル手前で歪みを生み、その中へ菱形の刃となったチェーンの先が消える。
「な………どこへ消えた!?」
驚き、一瞬動きを止めたヨルムンガンドは、すぐに辺りを警戒する。景子のデッドエンドネメシスがどんな技かわかったからだ。
「クッ………どこだ………どこから来るッ!?」
研ぎ澄ます。五感を。
「後ろかっ!」
空間に波紋が立ち、デスティニーチェーンが現れた。
「させるかあッ!!」
バックラーをデスティニーチェーンに向け、共鳴振動で軌道を変えようと試みる。しかし………
「な………ッ!?」
また波紋を立たせ、目の前で行方を眩ますと、今度は一秒にも満たない間隔でヨルムンガンドの頭上に現れ、脇腹を菱形の刃が貫通した。
「うぐっ………なんて………技だ………」
地面に一度突き刺さり、デスティニーチェーンは景子の手元に帰る。
ヨルムンガンドの血で、雪が赤く染まる。
「お前と私とでは、格が違うのです!」
雪原が、悪魔に怯え出した。




