第二十三章 ベルゼブブ愛子
愚かな行動だったと悔いた。主に認めてもらい、仲間を出し抜こうなどと考え、たった一人アスガルドへ来たこと。おまけに、出し抜こうなどと考えた仲間が助けに来たと言う。
「みんな………」
涙腺が刺激される。身勝手な奴だと嫌われてると思ってたから。
仮に、ヴァルゼ・アークの命を受けてのことだとしても、命懸けで乗り込んで来てることに変わりはない。
行かねば。ロストソウルを奪還し、仲間の下へ。
ふと、目に止まった。空にあるはずのユグドラシルに庭園がある。
綺麗な花が咲き乱れ、実によく手入れされている。
「これだけの庭園だ。きっと手入れには時間を要しただろう」
誰かの声が。柱の陰から人影が現れる。
「あんたは………確か、カイン!」
「貴様の様な闇の者にはわかるまい。言葉も話さぬ草花の、その果敢無き命を育む大変さを」
「何言ってんの?花がどうしたって?」
「………小さく地道な作業をしてたんだろう。オレは彼女をよく知らないが、心が美しいことだけは、この庭園の花を見てわかった」
「誰のことよ?彼女って」
「貴様がついさっき殺した女だ」
カインに言われ、ユミルのことだと思った。
カインの話から、庭園の世話をユミルがしていたことは推測がつく。が、カインはユミルをよく知らないと言った。だから、その怒りの意味までは理解出来なかった。
それに、葵にしてみればどうでもいい。二人の間に恋愛感情があろうと、友情があろうと、興味がない。
明らかなのは、今、カインが自分を殺そうとしていること。
ならば選択はひとつしかない。
「闇に堕ちし堕天使め!悪魔に成り下がった愚者め!この世から消し去ってくれるッ!」
と、カインが突然攻撃して来た。
「くッ………!上等じゃない!たかだかエデンの住人如きが、レリウーリアに盾突きやがって!」
剣で受けたカインの矛を払い、葵は風を起こす。
「そんなに花が好きなら、花で埋葬してやるわ!百花繚乱ッ!!」
吹き荒れる花びらが、カインの身体に襲い掛かった。
「遊んでやるだと?」
挑発されはしたが、スルトは機嫌を損ねることなく、それどころか鼻で笑って見せた。
「笑わせる。今の貴殿は、差ほど余力はあるまい。“気”の乱れは隠せんぞ」
二度も大技を使った愛子は、呼吸の乱れこそないものの、スルトの言う通りオーラに乱れがある。
「チッ。うぜー野郎だな。ガタガタ言ってねーで、来いよ!」
「………死に急ぐか」
「死ぬのはオメーだよ!」
「よかろう。ならば、我が一太刀………受けてみよ!!」
くわっと目を見開き、バカがつくほどデカイ剣を振り“落とす”。
ダモクレスの剣を横にして受け止めた愛子だが、その衝撃は凄まじく足が地面にめり込む。
「な……なんてパワーだ……」
「ベルゼブブ、貴殿の細腕では私には勝てん!諦めろ!」
「るせー………!始まったばかりで諦められるか!」
スルトの腹を蹴り飛ばし、難を逃れる。しかし、腕は痺れ、一気に負荷のかかった肉体は、鈍い痛みを伴う。
「仲間がロキ様に捕まってるらしいな」
スルトは間合いを取った愛子を攻めようとはしない。
「だから助けに行くんだよ。ついでにロキの野郎もブッ潰すけどな!」
攻めて来ないスルトに、その機会を与えまいと愛子は攻めに転じる。
「ベルゼブブよ、我々は道化だとは思わんか?」
間髪なく攻撃する愛子を、機敏に避けては魔法らしきものを放って敬遠する。が、なぜか本気ではない。
「道化だぁッ?!!どういう意味………だよッ!」
スルトの本気でない態度に苛立ち、雑な応戦をする。
対して、スルトは無駄の無い丁寧な回避をしながら、
「互いに主のわがままに振り回されているではないか」
そう言った。
「ケッ!なんだよ、主に対する不信感か!生憎だが、あたしの主は、テメーんとこの“うすらバカ”とは違うんだよ!」
「本当にそうか?」
「あぁん?ウチの主様にケチつけんのか?」
「ヴァルゼ・アークが何かを求めれば、貴殿らは命を賭してまでそれを叶えるのだろう?」
「当たりめーだろ!あたし達は、ヴァルゼ・アーク様の為だけに存在してるんだ!あのお方が海を望めば海を手に入れ、天を望めば天を手に入れる!その為なら、命なんて何度でも賭けてやるのさ!」
「やはり道化だよ。貴殿らは」
「だったらなんなんだ!テメーらは違うってのかあっ?」
「違う」
「何ぃ?」
「このアスガルドで、争いを望む者は誰もいない。皆、平和で暮らしたいとそう思っている」
スルトが静かに話始める。剣を振り上げようとした愛子の手が自然に止まった。
「我が主、聖王ロキ様は、常に新しいものを手に入れようとする。その度に、どれだけの民が苦しむのかわかっておられぬ。今回とて、貴殿らに喧嘩を売らねば………」
愛子が焼き尽くした第三階層を見渡す。番人として、守らねばならない世界の見るに堪えない姿。
スルトは理解している。愛子の発動させた技を見て、ロキは売ってはならない喧嘩を売ったのだと。
だからといって、戦いを拒否したいわけではない。愛子に語りかけるのは、偉大な主に仕える身分として愛子の本音を聞きたいのだ。
「今更泣き言か?でけー図体の割りには、弱虫なんだな」
「かもしれん。だが、貴殿なら仲間が傷つく苦しみをわかるはずだ」
「フン。わりーけど、共感は出来ねー」
「ベルゼブブ………なぜだ!貴殿らは現に、仲間を助けにアスガルドへ来てるではないか!」
「ああそうだ。確かに葵を助けに来た。けどよ、それは葵がヴァルゼ・アーク様の為に命を懸けてるからだ。もし、レリウーリアの中にヴァルゼ・アーク様に不信感を抱く奴がいれば、迷わず殺す!」
ガツンッとダモクレスの剣を突き立てる。愛子が本心からそう思っている表れだ。
「議論すらしないと言うのか?」
「議論?ハハッ!何の為に?あたしらは悪魔になると決めた時に、心も身体もヴァルゼ・アーク様に捧げたんだ!ヴァルゼ・アーク様を否定することは裏切るということ!裏切り者は殺す!それがあたしらレリウーリアの掟であり絆だ!」
純粋なる忠誠心。狂っていると言ってしまうのは簡単だが、愛子の本心を知ろうとしたスルトに、それを口にする資格はない。愛子はちゃんと答えたのだから。
「愚かだよ………貴殿ら悪魔は」
「その言葉、そっくり返すぜ!テメーのその剣は、主を守る為、主の願いを叶える為に振るう為のもんだろ!戦士が剣を振るうことを躊躇ったら、それは死を意味するってことくらいわかんねーのかよ!しかも、その理由が主への不満だってんだから、笑っちまうぜ!」
愛子は勝利を確信した。弱音を吐いたスルトに、最初のような勢いある剣捌きは不可能だ。
従者として生きる者にとって、主への不信感は仇となる。まして、それを敵に語ったのだ。
「聞いた私が馬鹿だった。悪魔風情に人の心はわからぬ」
スルトは腰を下げ剣を構える。
大きすぎる大剣を上手く扱う構え。重心のバランスが見事に取れている。
「会話は終わりだ!死ねッ!ベルゼブブ!グレートタイフーーーーンッ!!」
全身全霊を込め、スルトが技を放つ。
スーッと息を吸った愛子は、ギラギラと青く瞳を輝かせ、ダモクレスの剣でスルトのオーラを切り裂いて行く。
「な……なんだと……!私のグレートタイフーンを………切り裂いただと!?」
真っ二つに割れたオーラ。スルトへの道が出来ると、愛子が飛び出した。
「死ぬのはテメーだ!スルト!!」
「ぬおおお………!!」
スルトの剣を砕き、ダモクレスの剣は彼の心臓を貫いた。
「うぐっ………ベ……ベルゼブブ………」
「………バーカ!」
愛子はダモクレスの剣を引き抜くき後ろへ飛んだ。そして、剣を地面に突き立てると、同時にスルトが絶命した。
まばゆく輝く青い瞳が、普段の黒く澄んだ瞳に戻ると、いつもの愛子に戻ったことを知らせる。
気持ちのいい勝利だ。ヴァルゼ・アークを愛する想いが力となり、勝利をもたらした。それは愛子にとって誇りなのだ。
「主への疑念を振り払えないまま死んだあなたこそ、道化意外の何者でもないわ、スルト」
その誇りを噛み締め、天を仰いで微笑んだ。
「うふっ。大満足よ」