第二十二章 誇示する力
「報告致します!先程、地下牢より悪魔が脱走!追ったユミル隊が全滅致しました!」
ロキの怒りを買うのを恐れ、報告に来た衛兵は、まくし立てるようにはっきりと言った。
ところが、買った怒りは主であるロキではなく、
「ユミル隊が全滅って………ユミルはどうしたんだ!」
カインだった。これにはロキとタンタロスも驚いたようだが、口にする前にカインが衛兵の肩を揺さ振る姿に、言葉がすんなり出ない。
「それが………」
全滅だと言った。カインも確かにそれを聞いているからこそ、もう一度聞く必要があった。
言葉を選んでいるのか、それともユミルに対し個人的な情があるのか?何も言わない衛兵は、無言の肯定を返した。
「なんてことだ………さっきまで会話を交わしたばかりだと言うのに………」
何故カインがそこまで思い詰めるのか、ロキにもタンタロスにもわかり得ないが、
「何処へ行く、カイン」
部屋を出ようとするカインの行動の理由はわかり得た。
タンタロスは何も言わないカインを引き止める。
「決まっている。サタンを始末してくるんだ」
「勝手な真似はするな。クーフーリンが来るまで我々は動かない約束だ」
「止めるな、タンタロス。このままサタンを好き放題させておくわけにはいかない」
だが、それはカインの個人的な都合であることは、タンタロスにはわかっている。
その理由もまた、想像出来た。
「サタンはオレが殺す!………いいな?ロキ」
「………好きにしろ」
ロキの承諾を得て、カインは葵を始末に向かった。
「いいのか?」
タンタロスはロキの思考が理解出来なかった。自分の統治する世界を荒らされ、あまつさえ、目と鼻の先で部下が殺されたのだ。ましてや、ユミルの行動を見ていれば、ロキの側近であることは明白。カインの取った行動は、本来ロキが取るべきなのだ。
「カイン(あいつ)は熱い奴だ。ユミルにどういった感情を抱いていたかは知らんが、ああなったら言うことは聞かんさ」
「………お前がいいなら構わん」
ロキは確信している。悪魔達が第六階層までやって来ると。
それを承知で特別な指示を部下に出さない。そんなロキの姿に、タンタロスは少し不愉快だった。
その振る舞いが、神の傲慢に思えたから。
第三階層も、これまでと同じように大勢のアスガルド兵に出迎えられた。
那奈がバスターライフル型のロストソウル・アルティメットバスターで一掃する。
出来れば彼女の力も温存して置きたかったが、そうも言えない状況に那奈が自ら申し出たのだ。
「さすがにちょっと厳しいんじゃないの〜?」
はるかがそうぼやく。温存してるのは那奈や愛子だけでなく、全員が力を温存している。
ユグドラシルがメインイベントなのだ。そこに何が待ってるかわからない。葵の安否も彼女達にはわからないのだ。全てをぶつけて進むのは愚策だろう。
「お黙り!ここまで来て泣き言は許しませんわ!」
純もはるかと気持ちは一緒だが、士気が落ちるのを懸念し、敢えて叱咤した。
「ユグドラシルまで後三つ昇らなきゃならないのよ?地道に行くしかないって!」
一番の頑張りを見せる那奈が言う。
しかし、現状ははるかの意見が正しい。
どうせ親玉が存在するに決まっている。対して、自分達のうち誰かが必ず残る。これはパターンだ。
雑魚さえいなければ、スムーズに事が進むのだ。問題は、その雑魚をどうするか。
階層を上がれば上がるだけ人数が最低一人は減る。ユグドラシルに行く頃には、十一人いた仲間も、数人になってしまうのだ。
後から来てくれればいいが、慣れない実戦で無駄が多い戦いをしている。来てくれたとしても、どこまで役に立つか………期待は出来ない。
眼鏡の位置をインテリっぽく直し、美咲は考える。
「愛子」
そして美咲は決断する。
「フン。だから最初から言っただろ!」
美咲に呼ばれ、重厚な鎧を引きずるように敵の前に出る。
黒い人格の愛子は、やはり瞳を青く光らせ、ロストソウルをガツンと突き立てた。
「なあ副司令」
「なあに?」
「感じるだろ?あの敵の群れの中から、一際強いオーラを。多分、親玉だぜ?」
「………でしょうね」
「ついでだ、ここにはあたしが一人で残る」
「愛子!」
「おっと!意見は聞かないからな。葵が待ってるんだ。早く行ってくれ」
「………わかったわ」
「商談成立だな」
すると、辺りが暗くなる。敵は不気味に思ってか、攻撃を中断するが、それは命取りだということを知らない。
空から………いや、亜空間から燃え盛る太陽のような球体が現れる。
ベルゼブブ最大の技。第一階層で見せた比ではないことは、仲間にしか知らない。
「くらいやがれっ!ベルゼビュートキャンディ!!」
球体が開き、目にも留まらぬ速さで殲滅して行く。
その様は、宇宙で星々が輝くよう。
「行くわよ!」
美咲が愛子の肩を叩いて、飛び出した。
第四階層へ行く塔はすぐそこ。意外に近いことに安堵すると、
「行かせるか!」
野太い声がして、美咲を攻撃して来た………しかし、
「………愛子!」
「行け!」
愛子が立ちはだかって守ってくれた。
再び第四階層へ向かう仲間達。第二波は訪れず、やがて全員の姿が見えなくなる頃、
「なんだよ、二回目はスルーか?」
焼け野原に立ち込める煙の向こう側に、愛子が声をかける。
「貴殿が狙っているのに、そんな危険な真似は出来んよ」
どれくらいの“差”があるだろうか。身長二メートルはあるだろう大男が、ローサの使う神息より大きな剣を持って現れた。
「やっとお出ましか!どいつもこいつも、部下が死ななきゃ出て来ねーのかよ!」
愛子は、大男の顔をよく見てやる。
無精髭に、凛々しくはあるが太い眉。自分に劣らない重厚な群青色の鎧。
強そうで何より。メイン人格の愛子なら、腰が引けてたかもしれない。
「主に戦わせずして勝利を掴む。それが従者の仕事だ。貴殿ら悪魔も同じはず」
「ヘッ。堅物かあ?やけに事務的な話し方だな」
「生れつきだ。気にするな」
デカイ図体の割りに物静かな大男。話し方からしても、育ちがいいのがわかる。
「私はアスガルド第三階層番人スルト」
「あたしは闇十字軍レリウーリアの闇王ベルゼブブだ」
「ベルゼブブ………こいつは光栄だな」
「そりゃどういう意味だ?」
「悪魔界でジャッジメンテス、リリス、アドラメレク、ベルゼブブと言えば、魔帝に仕える四天王。その一人と戦えることは、強さを求める者ならば一度は手合わせ願いたいと思うはず」
「フッ。嬉しいねえ。でも勘違いしてるぜ?」
「勘違い?」
「ああ、そうだ。強さだけなら、レリウーリアであたしが一番強い。無論、ヴァルゼ・アーク様は除いてな」
その満ち溢れる自信の愛子は、ダモクレスの剣を担ぎ上げ、力を誇示するが為挑発する。
「来い!遊んでやる!」