第二十一章 コンビネーション
「オラ!オラ!オラーッ!」
絵里のロストソウルは、生きた蛇のように空間を自在に動き、アルベリヒを追い込んで行く。
避けることに集中しているアルベリヒを追っては、ローサが接近して攻撃する。
「優等生もいいけど、男は“陰り”のある方が魅力的よ!」
太い刃のロストソウル・神息を打ち付ける。
アルベリヒはブーメランを手に鍔ぜり合う。
「フッ。お美しいお姉様方にご教授頂けるとは、実に光栄です」
神息を押し返し、後方宙返りをして間合いを取る。
まだ体力に余裕があるからこそのパフォーマンスだろう。
「あなた方のような部下をお持ちの魔帝は、さぞ幸せでしょう。男として嫉妬してしまいますよ」
「そりゃそうよ。あの方の為に身も心も捧げてるんだから」
自慢げにローサが言う。
「ということは、あなた方が死ねば魔帝は悲しまれる………そういうことですね?」
「まあ………多分」
そう突っ込まれると、ローサも自信がない。悲しんではくれるかもしれないが、深い悲しみ方はしないかもしれない。
「僕は、魔帝の悲しむ顔を見てみたい。神々が恐れる悪魔の神。情の深い男だと、噂で耳にしたことはありますが、果たして、それほどの人物が部下を失った程度で悲しむのか。………殺し甲斐がありますよ!」
アルベリヒが投げたブーメランを、ローサがのけ反りかわす。が、少し行ったところですぐにUターンして来た。
「げっ!嘘でしょ!?」
後ろを向いていたローサは、すかさず逆立ち、戻って来るブーメランのタイミングに合わせて高く跳ね上がかわした。
「やりますね。仕留めたかと思ったんですけど」
どうやら、普通のブーメランの認識は捨てた方がいいらしい。アルベリヒの任意の場所でUターンさせることが可能。そう推測するローサは、安易に近付けなくなった。
「調子に乗んないでよ」
「あはは。そんなつもりはありませんが、そう思わせたなら………謝りましょうか?」
無邪気に笑うアルベリヒが、脅威に感じる。
「弱気になってどうすんの」
「絵里さん………」
「私達はレリウーリア。上級悪魔の継承者じゃない。相手がどんな武器を持っていようと、ロストソウルには劣るわよ」
横に来て絵里が言うと、
「わかってます。ちょっと作戦を練ってただけです!」
強気に言って見せる。
「安心したわ。あんたの弱虫のせいで、こんなとこで死にたくないもの」
「ぬ……ぬわぁんですってぇ………」
「まあ、恐いなら下がってもらってて結構。手柄を独り占めするだけだから」
「そんなこと!させるわけないでしょ!同じこと何度も言わせないで下さいッ!」
「だったら………」
絵里が低く構えを取り、
「ボサッとしてないで着いて来なさいッ!」
アルベリヒに突進する。
「な、なんで絵里さんが仕切るのよ!」
慌ててローサが先を越されまいと絵里に続く。
「勇猛なお方達だ」
それを嘲笑うかのように、アルベリヒが放った手足のように動くブーメランが、二人を翻弄する。
「しつっこい!」
鎧をかすめて飛んで行っては戻ってまたかすめて。絵里はリズムを取り、アルベリヒを誘導する。
二つしかないブーメランなら、確実に自分を狙ってくることを確信して。
後方のローサが近付いて来ないように、アルベリヒ自身は計算の上でブーメランを操る。それを見抜いている。
実際、絵里を足止めするかのように細かくブーメランの軌道を狭める。
そして、高速で飛び交う二つのブーメランがローサを拒む。
「くっ……これじゃ近寄れない!」
アルベリヒの背後へ回り込もうとしても、ひとつが飛んで来て阻止される。
「あんのトロマ………」
それをチラッと見ては、絵里が愚痴を零す。
本音は、アルベリヒを一人請け負ったのだ。二人いるのだから時間は掛けられない。
ただ、思いの外アルベリヒの攻撃が緻密で繊細なだけ。隙を突いてローサにも攻撃に転じて欲しいのだが、それは難しいらしい。
「ローサが宛てにならないなら、せめて懐まで入り込まなきゃ」
一念発起し、危険を承知でアルベリヒの懐へ飛び込もうとする………が、
「ストリームシュート!!」
察知したアルベリヒが、待っていたとばかりに絵里を畳み込む。
「ヤバ………!」
ブーメランが絵里を中心に公転し乱気流を起こして跳ね飛ばす。
跳ね飛ばした絵里を追い、アルベリヒがジャンプし、
「まず、一人目!!」
カウンターを合わせ地面に蹴り飛ばした。
「絵里さん!!」
あまりに衝撃波が強く、嫌な予感がし駆け寄った。
モデルが職業にしては、細身の外見から想像出来ないタフな身体をしている絵里。万が一など有り得ないだろうが、それでも生身の肉体が耐えられる衝撃じゃない。
「絵里さん!しっかり!」
「……………。」
「絵里さん!!」
「………う………うる……さい………」
「絵里さん………よかったぁ………死んだかと思ったぁ」
勝手に殺すな。と、胸の内でだけ呟いておいた。
「へぇ。ストリームシュート喰らって、まだ生きてるんだ」
「アルベリヒ!今度は私が相手よ!」
「アシュタロト嬢。歓迎します。どこからでもどうぞ」
「ガキ!ナメんな!!」
神息を振り上げかかって行く。
「バカ………!」
絵里は叫んでローサを止めたくとも、身体が動かない。
「うおおおおおっ!!」
「誰が来ても同じ。ストリームシュート!!」
アルベリヒの技の犠牲になる。
「うわああぁっ………!」
そして、再びジャンプしたアルベリヒが、乱気流の中心にいるローサをロックオンしようとする。
「今度は一撃で葬る………!!!?」
しかし、先に乱気流の中からローサがアルベリヒをロックオンしていた。
「そんな………!!」
一瞬驚いてしまったのが隙を生む。
「残念でした!!」
そのまま、ニヤッと笑ったローサは、乱気流を操りアルベリヒを巻き込む。
乱気流はやや乱れながらも、放物線を描いて地面に衝突する。
絵里が喰らった以上の衝撃波が起こる。
「ローサ!!」
舞い上がった砂埃が収まりかけた頃、ようやくシルエットが浮かぶ。
「ぐっ………なんて人だ………ストリームシュートを操るだなんて………」
ふらつきながらも立っていたアルベリヒだが、その後ろで赤く光る瞳があった。
「ガキんちょが調子に乗るからよ」
それはローサで、神息の刃をアルベリヒの喉元に背後から宛てがう。
「信じられない………僕の技を利用するだなんて………」
「バカね、あんた。直前に見てるのよ。この瞳で。どんな技かわかってしまえば、そんなに難しいことじゃないわ。ま、ダメージは相当負ったけど」
「………油断した…………」
技を利用されたショックは大きく、アルベリヒは抵抗力を無くしている。それを絵里が見逃すわけがない。
「ローサ。その子、しっかり捕まえといて」
そう言って、残る力を一点に集中させる。
「え、絵里さん?」
さっき感じた嫌な予感とは別の“嫌な予感”。
「ま、待って下さい!まさか私ごと………!?」
自分を巻き添えにアルベリヒにトドメを刺そうとする絵里。動揺するローサを見て、
「ほ、本気ですか!仲間を犠牲にするんですか!?」
アルベリヒもまた動揺する。
ローサを犠牲にせずとも、勝負は着いたはず。なのに、絵里は全力で来ようとしている。
「確実に仕留めておかないとね。………天地創造!!」
放たれたオーラは、迅速にアルベリヒとローサを襲う。
「う、うがあぁぁぁーーッ!!」
アルベリヒの叫び声が響き、戦いが終わったことを告げる。
「………勝った」
ふうっ。と息を吐くと、全身の力が抜けた。
空を見上げ、
「これでよかったのよね………」
と、呟くと、
「ひとっっっつもよくない!!」
「あ、あら、ローサ!」
「どういう神経してるんですか!危うく“死ぬ”とこでしたよ!」
「ご、ごめんって。いやぁ、あんたなら、きっとギリギリ避けてくれると思ったから」
「思ったから?思ったから!?思っただけで本気で技を放ったんですか!!」
「うるさいなぁ!死ななかったんだから別にいいでしょ!」
「よくないでしょ!だからガサツだって言ったんですぅ!!」
「ガサツガサツってうるさいっ!大体ね!私があの小賢しい武器を請け負ってる間に、さっさと攻撃すればよかったのよ!そうすればこんなにケガすることなかったんだからね!このっ、下心丸出し変態女っ!」
「キーーーッ!!仲間を殺しかけた挙げ句、悪口まで言いますか!」
「何よ!文句あんの!アルベリヒを倒したのは私なんだし、約束通り総帥と一晩過ごすから!」
「ちょっと待って下さい!絵里さんがトドメを刺さなくても、あのまま私がアルベリヒを倒してました!それに!あそこまで追い詰めたのは、私です!手柄を横取りするのはやめてもらえます?さっきも言ったでしょ!」
「黙りなさい!結果が全てよ!」
「なんて人なの!三流モデル!!」
「なんですって!聞き捨てならないわね!」
「あら、ならもう一度申し上げます。“超”三流モデル!!」
「“超”は言ってなかったでしょ!」
「そうでしたっけ〜?」
「くそっ!やっぱあんたも殺しとけばよかった!」
「あっ!本音出しました?」
「出したわよ!」
「キーーーッ!!」
割れるんじゃないかというくらい額をぶつけ、すり合わせる。
激しい戦いの後にありながら、まだ元気な二人を、
「懲りん奴らだな」
「ホントに」
ヴァルゼ・アークと由利が見ていた。
「総帥!」
「司令!」
ローサと絵里も、二人に気付いて慌ててしおらしくする。
千明が思ったように、勝手にアスガルドへ来たことを後ろめたく思っているからだ。
「あの………ごめんなさい!」
ローサが謝ると、釣られて絵里も頭を下げた。
「もういい。頭を上げろ」
主の言葉に従い、二人は頭を上げる。
「葵を思っての行動だ。特別に許そう」
ヴァルゼ・アークが言うと、二人が微笑む。どちらかと言えば、安堵の微笑みか。
「見事な戦いだったわ。もしもの時は出て行くつもりだったけど、その必要もなかったわね」
由利からも褒められ、ますます微笑みが大きくなった。
「あの、千明ちゃんと翔子ちゃんは………?」
置いて来た千明と翔子をローサが案じると、
「心配しなくていいわ。少し休んだら後から追いかけて来るから」
由利がそう答えた。
「ローサ。絵里。お前達にはまだやってもらわねばならないことがある」
そしてヴァルゼ・アークが、二人の顎を軽く持ち上げると、まずはローサにキスをする。
千明にしたように、自分の魔力を分け与える為。
「ん………んん………」
目がとろけたようなローサ。次は絵里に魔力を注入する。
「あぁ………ん………」
向こうから来たご褒美に、二人は夢うつつになる。
「千明と翔子が来てからでもいい。後から来るんだ」
ヴァルゼ・アークの言葉に、二人はただ無言で頷くだけだった。
「少し長すぎませんか?」
「え?」
と、唐突に由利が何かを言ったが、意味を理解出来ず困惑した顔をすると、キッと睨まれた。
「先に行きますから!」
「は……はは………なんなんだ、一体………?」
怒って先を行く由利に苦笑いを浮かべる。
よくはわからないが、触らぬ神に祟り無し。まだ夢うつつから覚めないローサと絵里を置いて、第三階層へ急ぐ。
死の前兆と恐れられる魔帝ヴァルゼ・アーク。その一歩一歩が、アスガルドを災いに陥れている。