第十七章 不退転の魔王
本来なら自分には無かった力。それを、惜しみなく振るっている千明。戦いと言ってしまえば、あたかも正義のような印象さえ受けるが、漲る力に陶酔し目の前の敵を傷付けることに快感を覚えていた。
「クスクス。てんでお話にならないわねぇ」
それは紛れも無く妃山千明としての人格。断じてベルフェゴールの人格ではないと、確かな感覚が胸の中にあった。
「くっ………これなら!」
戦闘経験なら、フレイヤーの方が断然上なはずなのに、押されっぱなしで千明を捕らえられない。
氷の刃は千明にかい潜られ、距離を取っても懐への接近を許してしまう。その度に腹を蹴られ、冷や汗をかきながらまた距離を取るしかない。
「あらあら。随分無様ねぇ。なんだか虐めてるみたいじゃない。クスクス」
「悪魔風情が……!なら、取って置きをお見舞いしてあげますわ!」
両手を頭上にかざし、アスガルド語だろうか、何やら詠唱する。
キラキラとスパンコールのように輝く微粒子が集まり、やがて大きなミラーボールとなる。
離れた場所にいても肌がビリビリ痛み、放出されるエネルギーに圧倒される。
「フフ………これであなたも終わりよ、ベルフェゴール!」
「………取って置きがあるなら、最初から使えばいいのに」
そう言いながらも、千明からさっきまでの微笑はなかった。それほどまでに、蓄積されたエネルギーが膨大だからだ。喰らえば死ぬ。
かと言って、ただ避けるだけでも、予想される衝撃波でダメージは必至だ。
防ぐ術は同量のエネルギーをぶつけて打ち消すのみ。
「くらいなさいっ!!フリージング・グロリアス!!」
フレイヤーがミラーボールを落として来る。
ゆっくりと重力に従い動き出す。
空気に擦れ、削り取るように音を響かせる。
「甘く見てたかしら。さっさと殺るべきだったわ」
徐々に迫るミラーボールに備え、ありったけの力を溜める。
実際、自分にどれだけの力があるかはわからない。打ち消すだけの力がなかったなら………。
「一か八か………受けて立つしかないか」
目を細め、眩しさを軽減する。
ところが、急に落下速度を上げて来たミラーボールに、千明は溜めていた力をぶつけはしたが、その勢いを弱めることも出来ない。
「………ヤバくない?」
押し潰される。力押しの戦闘なら、間違いなく勝っていたのに。と、こうなることを予測出来なかった己の甘さを、今更ながらに呪う。
「消えろ!悪魔め!」
フレイヤーの声が耳障りに思えても、言い返す余裕などなく、溜めた力が解放しきる。
力が抜けた身体では、抵抗する意志すら貫けず、
「最悪………」
ミラーボールは爆発した。
「仲間が来たみたいよ?」
ユミルが葵にそう言った。
「……………。」
しかし、葵がリアクションをすることはない。如何なる理由があって仲間が来てたとしても、自分勝手な行動を取ったのだ。あるいは死さえ覚悟しなければならない。
許しを請うつもりはないが、このまま終わるのは本意じゃない。
「嬉しくないのかしら?」
そんな葵の胸中など知らず、ユミルが檻の中の哀れな魔王に問う。
だが、それはからかいが半分だ。
「嬉しいわけないか。醜態を晒したんだものね」
「用がないなら消えて。何も話すことなんてないから」
「生意気な。そんなこと言える立場だと思う?」
「クサイ息、吐くなっつってんのよ」
「な………」
カッとなったユミルが、雷の魔法で葵の肉体に電流を流す。
「あぁっ………!」
死ぬほどではないが、かなり効いた。それでも葵は、四つん這いになりながらもユミルを睨む。
「何なの………その顔は!」
もう一度、葵を戒める。
「あうっ………!!」
「フン!いい気味だわ!せいぜいそこで仲間が来ることを祈ってなさい!」
これ以上暴言を吐かれれば、殺し兼ねない。自制しようとユミルが牢獄を出ようと背を向けた時、
「あぐっ!!」
首を腕で絞められ鉄格子に頭をぶつける。その腕の主は、もちろん一人しかいない。
「やってくれるじゃん。死ぬかと思ったわ」
葵が鉄格子を介して、ユミルの耳元に囁く。
「ぐっ………どこにこんな力が……!」
「ナメないでよ。私は魔王サタン。あんたと格が違うの」
ぐっと細い腕に力を入れる。
「がはっ………あぐ……」
「私のロストソウルはどこ?」
このまま言わなければ、葵は自分を絞め殺すだろう。その危機感から、ユミルは無意識に来た道の先を指さす。
「チッ。ここには無いってワケね。面倒くさい」
最後に一気に締め上げ、ユミルを“落とす”。
落ちたユミルの身体をまさぐり、檻の鍵を探して開けた。
「私は死んでもいい。でも、ロストソウルだけは守らなきゃ」
レリウーリアでいられる唯一の証。命より重く、自分の存在より尊い。
不退転の決意の下、今の葵には死さえ進む道のひとつだと思えている。