第十五章 未確定条理
「派手にやってくれたな」
タンタロスは水晶に映し出された第一階層を見ていた。
「ロキ。そろそろシナリオを教えてくれよ」
カインは待ち切れずと、ロキを急かす。悪魔からの宣戦布告を受けたのだ、出迎えるべきだろうと。
ところが、ロキ自身は、
「シナリオなんて考えてない。悪魔の復活も予想してなかったし、こんなに早くアスガルドに乗り込んで来ることも、予想してなかったからな」
他人事のように軽く言う。
第一階層を焼き払われたというのにだ。
「なら、このままユグドラシルで待つのかよ?」
カインとしては、ロキの顔を立ててやりたい。だから、明確な指示が欲しい。
ゲームとは、ルールが支配するから楽しめるのであって、何でもありとなると、興ざめしかねない。
「そう焦るな。悪魔共が来るまで、まだ時間はある。俺らが動くのも、クーフーリンが来てからでも遅くないだろ」
せっかくなら、四人が集まってから始めたい。ロキはまだ動かないとカインを窘める。
「アイツは気まぐれだぞ?来るか来ないかもわからんのに、それを待つのか?」
「ロキがそう言うんだ。何か考えがあるんだろう?」
納得しないカインを、タンタロスも言い聞かせる。
「まあ、考えとまでは言わないが、それぞれの階層には、その階層を任せている番人がいる。悪魔共がこのユグドラシルへ辿り着くには、その番人を倒さねばならん。………ちょっとした余興にはなるだろ」
と、自分の部下にたいして期待はしていないようだ。
要するに、悪魔退治は自分を含む友人ら四人で行いたい。それがロキのルールらしい。
カインは肩をすくめ呆れて見せる。
「ロキ。お前………アスガルドを捨てる気か?」
タンタロスが感じたのは、アスガルドが戦場になることを、ロキが気にも止めていない不自然さ。
「捨てる気はない。だが、アスガルドだけで満足したくないだけだ」
「人間界を我が物にするのも、それだけの理由か?」
「おいおいタンタロス、そんな顔するなよ」
しかめっ面に成りかけたタンタロスにそう言った。
だからと言って、成りかけた顔が途中で止まったわけでもなく、やはりしかめっ面にはなってしまった。
「お前は昔からそうだ。アスガルドをオーディーンから奪うから力を貸せと言った時も、言うほどこれと言った志しが無い。結界としてアスガルドの王にはなってはいるが、そんなものに興味など無いことくらい見抜いているのだぞ。何の目的も無く、気まぐれで悪魔に手を出すのなら俺は奈落へ帰る」
機嫌を損ねたタンタロス。が、それすらも懐かしく思える。
「志しならあるさ」
だから明るめに言ってやった。
「人間界に移住するなどと、たわけた志しなら聞かん」
「違う。俺は神を皆殺しにし、神の世界も手に入れるつもりだ。人間界を手に入れるのは、中継地点が欲しいからだ。アスガルドとは違う、世界まるごとが要塞と呼べる軍用世界にする為だ」
「……………。」
ロキが明かした志しとやらが、カインとタンタロスにどう聞こえたかなど、尋ねるまでもなかった。
「フ………フハハハハハッ!!」
吹き出したのはカインだ。それが、ロキを馬鹿にした笑いでないことくらいは、ロキにはわかっていた。
「またお前のわがままにしては、ちゃんと考えてあるじゃないか」
そうカインが茶化す。しかし、それは皮肉なんかではなくて、むしろロキを讃えるもの。
「冗談じゃない。俺達はお前の部下じゃないんだ。悪魔退治はともかくだな………」
苦い顔をして言うタンタロスの肩を、ポンッとカインは叩いて、
「どうせ暇だろ?」
「な、なんだと!誰が暇だと言った!」
「いいじゃねーか。お前も神が憎いはずだ」
「それはそうだが」
「なら、やってみようぜ。悪魔退治はその前座だ。へへ。楽しくなるぞ」
さっきまでロキに呆れてたカインがテンションを上げ、タンタロスが呆れている。
「もう闇の中で生きるのは飽きただろ?」
ロキは駄目押しでタンタロスの確かな合意を求める。
大切な友人だからこそ、理解を得たい。ロキから提供するゲームは、カインやタンタロス、これから来るだろうクーフーリンには最高のエンターテイメント。その主催者たるロキ自身の利益。力を貸してもらうことで相殺出来る。
言葉少なに語るロキを、カイン同様タンタロスも理解して“やれている”。
「俺はヴァルゼ・アークと戦いたいだけだ。気分が乗らない時は、降ろさせてもらう。それでいいか?」
素直じゃないと思いながらも、
「もちろんだ。お前らは俺の部下じゃない。大切な友人だからな」
ロキは、タンタロスなりの表現に胸を熱くしていた。