その3
幻の青を探す彼女、名を佐賀佳代子と言った。
「三十に限りなく近い、二十九です」
笑って言う年齢よりも若く見えた。学生相手の講義を離れて数年、その若さを前に、私は柄にも無く緊張してしまった。考古学などを専攻している偏狭な女、つまり私と同類だろうという偏見をもって会見に臨んだ私は、彼女の若さと快活さに大分戸惑ってしまったのだった。ろくに会話も出来なかったように思う。何度もコーヒーをおかわりした。
出会ったすぐ後に彼女からの誘いがあって、再び同じ喫茶店で会った。その時には、彼女は研究者の顔をしていて、私もコーヒーは一杯で済んだ。私が追い求める失われた青と、彼女が探す幻の青には相違点もあったが、彼女は私の情報を欲しがった。共同研究の発案は自然な流れだった。我々は青にまつわる文献をかき集め、各地に点在する伝承をまとめていった。資金と時間の短縮という、目に見える効率以外にも、私にとっては目的を共にする仲間という存在が、自分でも意外な程に心地よかった。彼女の方でも、孤独な作業に風穴が開いたようだ、と喜んでいた。私たちは、かつてない程に充実していた。
何故青に惹かれるのか、一度彼女に尋ねたことがある。私自身、明確な答えを返せない問いだった。ただ惹かれるから、としか答えようが無い。彼女にしても似たようなものだった。きっかけとしては、愛していた祖母の語る青の物語が、幼年期に強い印象を残した件が挙げられるが、今はただ、体が欲しているとしか言い様がない程の、強烈な希求心を感じる、と彼女は言った。
「恋してるみたいに」
と付け加えて、照れたように笑う。そんな時は、少女のようにはにかんで見せた。酒が入っていたせいもあったろうが、私は彼女の熱意に大いに同調し、全人類でもって求めるべき青である、と大演説をうって、翌朝大いに恥じたりもした。
しかし実際、私たちは青に対して理屈や興味ではない、本能が欲するような枯渇した気持ちで追い求めていた。新しい情報が手に入れば寝食を惜しんで調査をし、伝承が指し示す現地へ足を運ぶのだった。夜を徹する議論、幾日も留守にする現地調査、両親の貯金と退職金で行動している彼女も、私同様潤沢な資金を持つわけでなかったから、彼女がアパートを引き払って私のボロ屋に身を寄せるようになったのもまた、自然な流れであったはずである。私の方では、不謹慎な喜びを抑えるのに必死だったが。
そして青に出会った。
(つづく)
【閑談】
青を巡る物語もいよいよ佳境、といった具合であるが、男というのはつくづく、状況に流されて恋をする生き物である。
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