魔法の薬
「魔法の薬」
都営地下鉄三田線、私のよく使う路線だ。小さなドームのような駅の入口から長くも短くもない階段を降りると少し古びた薄暗いホームがある。ホームからは線路の終わりは見えず、その先からアナウンスと共に電車はやってくるのだ。地下鉄ホームも21:00にもなると人はそこまで多くない、様々な他人は思い思いに電車を待っている。空調は整備されていて、ムシムシと暑い地上と比べると地下は涼しい。
東京の地下にはこのような電車のための空洞がそこかしろに分布している。まるでアリの巣のように。この都市は人間のエゴために穴だらけにされてしまった。こんなことが許されるのだろうか。アナウンスがホームに響く~まもなく西高島平方面~人を乗せた列車が私たちの元へやってくる。重たい不快な停車音がヒューン…と響いた。
電車から蟲が湧き出てくる。彼らを閉じ込めていた蓋は空いたようで、終わりを知らない黒い波が溢れ出してくる。地下鉄駅ホームの床タイルは自分の顔を思い出したように、笑っていた。沢山の笑顔は模様のようにも見えて、神秘的だ。タイル達が模様のようになって、硬い顔をくしゃくしゃと歪めて、笑いあっている。天井からは涙が滴った。美しく黒光りするそれは都会の汚れを含んだ、怒りの涙だ。私たちだけではなかった。怒りと恨みを、皆思い出したのだろう。さあ行こう。魔法が切れてしまう前に、広がる穴を埋めてしまおう。