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義奈は気付けば森の中にいた。
「……あれ……俺は一体……」
周囲は細い木々が立ち並んでいる。
義奈はなぜこんな場所に立っているのか思い出そうとする。
しかし、
「うーん、思い出せない……」
おもむろに頭部を触ってみる。
特に痛みはない。
頭をぶつけて記憶が飛んだという線はなさそうだ。
「ていうか俺は誰なんだ」
その問いの答えはすぐ真下に落ちていた手紙によって解消されることになる。
「これは……」
義奈は足元の土の上に落ちていた一枚の紙を手に取った。
それは自然が生い茂るこの場において明らかに異質な物と言える。
誰かの作為で置かれたものなのはほぼ確定だろう。
紙には文字が書いてあった。
読めということだろう。
何も当てがなかった義尚は、ただ漠然とした気持ちでそれを読み進めた。
――義尚くん。このような形で送り出してしまったこと、大変すまなく思う。
実は君が地球にいた頃に、誤って天界戦争に巻き込んでしまってね。天界で起こった衝撃の余波が丁度君に当たってしまったんだ。つまり、君を『死』の状態へと変えてしまった。こちらの一方的なミスだ。誤らせて欲しい。
しかしそのまま放置となれば神としての面目が保たれないし、何より君に申し訳なさ過ぎる。
そこで、その事後処理として私の独断で君を新たに蘇らせ地球とは別の地――異世界へと送り込むことにした。
今君が立っている場所。そこがまさに異世界だ。
神々の間の取り決め上元の世界で転生させることはできなかったんだ。
そして、転生させる際に僅かながら体の構造を作り変えさせてもらった。
この地、異世界に適応できる体だ。
その影響でもしかすると記憶が一時的に錯乱しているかもしれないが、安心して欲しい。時期に戻ることだろう。
つまりだ。
君には第二の人生を、この異世界で歩んで欲しいと思う。
それは私の罪滅ぼしのようなものだ。
ここまでを聞いて、もしも君が生に執着がない――そこまでして生きたくないと思ったならば同じく傍においてある聖水を飲むと良い。
痛みなく安らかに天に上れるだろう。
だがもし仮に君が生きることを望むのなら、その体で存分に余生を満喫して欲しい。
ちょっとやそっとでは死なないような天界使用の頑丈な体だ。
それに寿命も軽く一万年はある。
時間に束縛されないゆったりとした生活を営んで貰えることを願う。
そして最後になったが、何から何まで勝手な判断で本当にすまないね。
君と直接干渉するのはこれが最初で最後になるだろう。
この先の選択は君次第。
より良い道を歩んでくれることを心から願っている。
其方の運命に幸あれ――
手紙の内容は以上だった。
そしてそこまでを読み終えた瞬間、ふっと青い炎に包まれ手紙は跡形もなく焼失した。
「何だったんだ……」
一瞬茫然自失となる義奈だが、すぐに切り替えて思考を巡らせる。
「えーと、つまり俺は転生してここは異世界。今後はここで生活していかなきゃならないってことか」
義奈はそこまで考え少しホッとする。
案外自分は冷静さを保てているようだと。
(記憶が曖昧で返ってよかったかも……)
前世の記憶は曖昧にしか思い出せないでいた。
家族のことも、自分の年齢すら思い出せない。
覚えているのは自分の名前や性別、その他一般常識くらいのものだった。
ただもし記憶がある状態なら、失ったつらさやもう戻れない悲しみを覚え、今以上に混乱していたかもしれない
義奈は地面に落ちていたガラスの小瓶を拾い上げる。
「生きるか死ぬか、好きな方を選べ、か」
あまりに無責任だ。
そうは思うものの怒りという感情は一切湧いてこない。
「まあ、生き返れただけラッキーか」
ここはポジティブに考えることにした。
人生幸があれば不幸もあるものだ。
幼くして命を落とす人もいる中、こうやって今を生きているだけでも十分だろう。
義奈は飲めば死ねるという聖水をズボンのポケットの中にしまいこんだ。
持ち物は上下のボロ服と靴、そして今の小瓶のみのようだ。
「さて、どうするかな」
何はともあれ生きると決めた以上、いつまでもこの森の中に突っ立っているわけにはいかない。
まずはとりあえずの目標を決めるべきだろうか。
「まあ最低限衣食住は確保しないとな」
そのためには人の生活圏に行かなければならないだろう。
もっともこの世界に人間が暮らしているなんて保証は一つもないが。
「そう言えば体がどうとか言ってたな……」
義奈は自分の身体に意識を集中してみる。
すると――
『能力をセットしました』
そんな文字が、女性の音声と共に脳内に踊った。
「なんだ……?」
周囲を見渡すもいるのはポツリと自分一人。
やはり脳内から聞こえてきたのは間違いないようだ。
「一体何だったんだ」
『――おい、聞こえるか?』
再び、今度は男のぶっきらぼうな声が頭に響いた。
ひどくひしゃがれた聞き取りづらい声だった。
『おい。聞こえるだろ』
「まあ、聞こえるけど……」
『とりあえずその辺のものに触れてみてくれ。何だっていい』
義奈は首を傾げながらも、言われた通りに、近くに転がっていた拳程度の大きさの石ころに触れた。
次の瞬間。
「おお……」
石ころが眩い光に包まれる。
その石ころから、にょきっとミニチュアサイズの人間の手足が生え、地面にちょこんと直立した。
「おっす。俺がアドバイサーだよろしくな」
石ころは毅然とそう言い放った。