エピローグ 母の人生
エピローグ足しました。
シェル王国にある港町アコヤ。
港が一望出来る小高い丘に立ち、私は目をこらす。
「どうでしょう、アレック様」
隣に立つアコヤの町長クラムさんが心配そうに私を見る。
半年前からアコヤの町は突然の災禍に見舞われ始めた。
一部の作物は枯れ、井戸の水を飲んだ住民が体調不良を訴え出したのだ。
王都で小さな商会を営む私は噂を聞き、もしやと思い1日を掛けアコヤの町に来た。
「あそこですね」
街道から外れた森の一部から禍々しい空気を感じる。
間違いない、あれは障気による物。
「行きます、案内を」
「わかりました」
町の人間と現場に急ぐ。
必要な物は無い、あれくらいなら私の浄化魔法で充分だ。
「これは?」
「魔獣の死骸です、ここで死んで障気が発生したのでしょう」
そこにあったのは、半ば白骨化した魔獣の死骸。
見た目は単なる動物の物に見える、普通の人間は魔獣と気づかないだろう。
「危険ですから下がって」
「は...はい」
死体に近づく人を止める。
不用意にこれ以上近くのは危険。
浄化魔法を身体に循環させ、静かに近づいた。
「浄化...」
死骸に手を翳し、浄化魔法を対象方向へ照射させる。
見た目に分からないが、周囲の障気は霧散し、消えて行った。
「これで大丈夫です」
安全を確かめ、死骸に火を放つ。
たちのぼる煙にも障気は含まれて無い。
「ありがとうございます!」
「いいえ、まだ穢れは充分に取れていません。
一年後にまた来ますから」
染み付いた障気を除去するには繰り返し浄化するしかない。
今回の汚染具合なら、もう一回で充分だろう。
「アレックさん、お茶でもいかがですか?」
「そうですね、一杯頂きます」
クラムさんの誘いに応じる。
折角1日を掛けて来たのだから、美味しい物でも食べて、お土産に海産物でも買って帰ろう。
「良かった...まさか障気だったとは」
「最近は障気を目にする事が減りましたからね」
てっきり町長の自宅でも招かれるかと思っていたが、案内されたのは漁港の脇に立つ一軒の事務所だった。
町の人達の集会所に使われている様で、大勢の人達に囲まれてしまった。
「そうだ、すっかり忘れてたよ」
「俺、初めて見た」
町の人達は沢山のご馳走を振る舞ってくれる。
みんな笑顔だ、本当に困っていたのだろう。
世界を蝕んだ障気も、浄化協会の活動により目立った被害は最近殆ど聞かれなくなった。
今回の様に、迷い込んだ魔獣の死体から障気が出る位だ。
食事も終わり、手に持ちきれない程の土産まで頂いてしまった。
みんなが去った後、私も帰ろうと最後に残ったクラムさんに挨拶の為、立ち上がった。
「...それにしても、見事でした」
「何がです?」
「浄化ですよ、20年前に協会で浄化を頼んだ時よりも、アレック様の方が遥かに早くて」
「そうでしたか」
クラムさんは以前に浄化を見たことがあったのか。
確かに私の浄化魔法はかなり強力と母は言っていた。
「どうして浄化を本業にしないのです?」
「...どうしてでしょうね」
障気の被害が少なくなり、浄化協会は5年前に解散となった。
現在、浄化魔法の使える人間は浄化を本業として生活している。
大きな被害は減ったが、まだ結構な稼ぎになると聞いていた。
「母の教えでしょうか」
「アレック様の母上様も浄化魔法を?」
「ええ、協会の優れた使い手でした」
「...なるほど」
クラムさんは納得顔で頷く。
彼は知っているのか?
浄化魔法を使えたばかりに、人生を狂わせてしまった女が大勢いた事を。
「私の恋人も浄化魔法の使い手でした」
「...まさか」
「もう40年以上昔になります。
アイツはこんな田舎町で一生を終えたくない、そう言い残し町を出ていきました」
クラムさんは静かに、何かを悔やむ様に話出した。
「金を貯めたら必ず帰って来る。
そうしたら一緒に町を出ようと...」
「...帰って来なかった」
「はい...手紙は直ぐに途絶えて。
結局は噂通り、アイツは染まってしまいました」
「そうでしたか」
「後から知りましたが、アイツは報償金を元手に商売を始めたそうです、しかし共同経営の男に騙され、全てを失い、借金まで...それからの行方は全く...」
母と同じ道を歩んでしまったのか。
でも、母よりクラムさんの恋人は幸せだったかもしれない。
「私の母は協会に行く前、既に壊れてました」
「壊れていた?」
「ええ」
どうしてこんな話をする気になったのか、自分でも分からない。
今まで誰にも話した事は無かったのに。
「母は自分の住む町だけでなく、近隣の町まで浄化をしていました」
「ほう...それは感謝されたでしょう」
「それはもう...でも、善意で返す人間ばかりじゃ無かったんです」
「...まさか」
どうやらクラムさんは気づいた様だ、母の辿った運命に。
「ある町で母は襲われました。
薬を盛られ、大勢の男に」
「もしかして...それで貴女が?」
「いいえ、私はその後に別の男からです。
襲った男達は母を手篭めにし、浄化魔法を使える人間を自分達の物にしようと考えたようです」
「...酷いですね」
「ええ...」
母にも油断があった。
浄化魔法の使い手として、大切に扱われ、人を疑う事を知らなかったのだ。
言われるまま男に抱かれ、自分を見失い母は壊れてしまった。
「ようやく見つかった母は既に身籠っており、襲った奴等は制裁を受けましたが、母は笑うだけでした」
母には好きな人も居た。
それが昔見たあの人だろう。
母は自分の中に別な考えを持つ人間を作り上げ、すがれる人間を探し続けていた。
...結局は見つからなかったが。
「母には色々と教わりました。
私と二人、15年旅をする中で沢山の物を見せてくれました。
人間の美しさ、愚かさ、そして生きる術をです」
私の様になるな、そんな気持ちだったのかもしれない。
「...お母様は?」
「私が18歳になると姿を消しました。
今はどうしてるか」
「...分からない」
「はい...」
それは、ある日突然だった。
起きると宿屋のテーブルに大量の金貨と一枚の書き置きを残し、母は消えていた。
金は協会に勤めていた頃の蓄えだと分かった。
書き置きにはアレックス商会を頼る様に書かれていた。
アレックス商会に手紙を送ると、直ぐに迎えはやって来た。
母は予め手紙をアレックス商会に送っていたのだ。
そこで数年間商売の基本を学び、五年後シェル王国でアレックス商会の支店を開いた。
「ありがとうございます、言いにくい事まで」
「いいえ」
なぜかスッキリした。
今まで誰にも言えなかったのだから。
「アレック様は幸せですか?」
「はい。素敵な主人と可愛い子供に恵まれ、とっても」
主人とはアレックス商会で知り合った。
現在は私の商会を手伝ってくれている。
このシェル王国に商会を出したのも主人の提案だった。
多民族国家のシェル王国なら私の黒い目や黒髪も目立たないだろうと。
お陰で差別も受けず、生まれた子供達ものびのび育っている。
「お母様も幸せに過ごしていたら良いですね」
「はい...クラムさんの知り合いも」
「そうですね、アイツの幸せも願ってみましょう」
笑顔で私達は頷く。
港から見えるのは遥かな水平線。
その向こうに、母が笑っているような気がする。
「来年は家族と来るからね」
そう呟いた。
ありがとうございました。