私の知るアナクサの真実
「アナクサが帰ってきた?」
「なんだと?」
平穏な1日は、サライの町に住むハンスさんからの早馬で来た報告で突然壊れてしまった。
折角3日の休みを取ったのに...
「なんで今更...」
「しかも子供を連れてだと?」
報告にはアナクサは三歳くらいの小さな子供を連れて来たとあった。
しかもアレックスの子供だと言っているそうだ。
「五年も有ってない人とどうやって?
バカじゃないの?」
手紙を持つ手が震える。
アナクサはそんなに馬鹿だったかな?
いや馬鹿だから、町に居る頃に散々やらかして来た訳だし...
「とにかく行くか」
「そうね、最悪の休暇になりそうだわ」
うんざりしながら帰郷の準備をする一方、情報を集める。
翌日、私達は商会の馬車に乗った。
休暇を楽しみにしていた子供達に申し訳ない。
「アレックスです」
翌日、昼過ぎにサライの町に到着した私達は直接アナクサの実家に出向いた。
家の前に停められた一台の馬車。
扉には浄化協会の紋章が飾られていた。
「おお待ってたよ」
扉が開き、疲れきったアナクサの父ハンスさんが顔を出した。
目の周りがどす黒く、アナクサとの再会が喜びに満ちた物で無かった事を感じさせた。
「遅くなりました」
「いや構わない...すまんな急に」
ハンスさんは私達を店にある住居へ案内する、
鍛冶屋は休みにした様だ、当然だが。
「いいえ、アナクサは?」
「出掛けてるよ」
「出掛けてる?」
「ああ、妻の墓参りにな。
息子を女房に会わせるとか言って」
ハンスさんの奥さんは二年前に他界した。
ずっとアナクサの事を心配しつつ、病気で亡くなったのだ。
今更の様に罪滅ぼしをするアナクサの態度、アイツは全く変わってない。
「なるほどね」
「変わらないな、いつもその場しのぎだ」
私達が今日、ここに戻って来る事は早馬で事前に知らせていた。
それなのにアナクサは居ない。
反省を見せればなんとかなる、アナクサのふざけた行動に腹が立った。
「...すまん、結局は迷惑を掛けちまった」
ハンスさんは悲しそうに項垂れる。
奥さんの墓参りに同行しなかった時点で、アナクサの気持ちが分かったのだろう。
「どんな子供でした?」
「可愛い子供だったよ、アレックとか言っとったな、男の子にしてはちょっと小柄だったが」
「ふざけるな!!」
アレックだと?
我慢できず、テーブルを叩いた。
「落ち着けよ」
「...アイツは」
消え入る様な声でハンスさんはうつ向く。
一体どれだけ父親を悲しませたら済むのか。
「父さん達が居なくて良かった」
「全くね」
アレックスの両親は仕事を引退し、遠くの街で私の両親と悠々自適の生活を楽しんでいる。
こんな馬鹿な話に付き合わさないで本当に良かった。
「戻りました」
暢気な声と共に扉が開く。
数人の人間を引き連れ、現れたアナクサ。
少し老けた様に見えるが、ちょっとくらいの苦労で性根は変わらなかったのか。
「...アナクサさん」
「あぁ...アレックス」
アレックスに気付き、アナクサは子供の手を引き、駆け寄って来る。
この子供がアレックか。
黒髪に黒い瞳、彫り浅い顔。
アナクサは紅い髪で、アレックスは金髪。
どこをどう見て、アレックスの子供と言い張れるのか?
顔も全く似て無いし。
「カリーナなの?随分綺麗になって...」
今私に気づいたふりをするアナクサ。
見たら分かるだろ?
「その子が?」
「そうよ。
ほらアレック、お父さんに挨拶なさい」
「...お、お父さんなの?」
私の質問に、ふざけた言葉で子供の背を押すアナクサ。
後ろに控えた連中はアレックスと子供の顔が違いすぎてるのを気にする様子は無い。
つまり、アレックスの子供で無い事を承知してるのか。
「......」
当然だが、アレックスは子供に近づかない。
困惑した表情のまま、アナクサを見ていた。
「どうしたのアレックス?
ああ、大丈夫。この子の父親は貴方だけ、血の繋がりなんか関係無いわ」
...今アナクサはなんて言ったの?
こんな茶番劇は終わらせよう。
「アナクサ...」
「皆さんお疲れでしょう、私の商会で休んで下さい。
アレック君も一緒に行っといで、お菓子や玩具が一杯あるよ」
私の言葉を遮るアレックス。
冷静な彼の言葉に、頭に昇っていた血が落ち着く。
ここでアナクサの顔を潰したら、コイツの立場を失う事になる。
アレックスはやはり凄い、感情に左右されないなんて。
「ちょっとアレックス、何を勝手に...」
「ハンスさん、すみませんが皆さんを商会に」
「...分かった、どうぞこちらに」
ハンスさんは連中を連れ出す。
奴等も困惑している。
感動の再会を予想していたのが、これでは。
「座れ」
皆が出ていき、残ったのは私達三人。
これでようやく話が出来る。
「早く座りなさい」
「...なによカリーナ、偉そうに」
ブツブツ言いながらアナクサが座る。
きっと私達が何も知らないと思っているんだ、そんな訳無いのに。
「アレックの父親はリョージとか言う奴だな」
「だ、誰よ?そんな奴知らないわ!!」
アレックスの言葉、アナクサは真っ赤な顔で立ち上がる。
先ずは5年前の失踪劇からだ。
「アナクサ、私は6年前、2年間王都に居たのよ」
「それがどうしたの」
「貴女が男と役目を捨てて逃げたの、5年前だったわね?」
「だからそれ...あ!」
「思い出した?」
今度は真っ青に変わるアナクサの顔。
知られたく無いわよね、自分の恥だから。
「随分とリョージさんと懇ろだったみたいね、王都で何度か見かけたわ」
「...見てたの?」
アナクサを見たのは偶然だった。
男と仲良く連れだって歩く姿は騙されている感じは全くなく。
しなだれ掛かる様子に唖然とした。
「だ、騙されていたのよ!
アイツは私の金が目当てで!!」
「それは本当みたいね」
浄化協会で聞き込んだ情報は確かにそうだった。
男をあてがい、女の金を奪う。
それは確かにあった。
しかし、それは問題では無い。
「手紙も来なくなって...アレックスに手紙を何度も書いたのに...協会の奴等は...」
「別に協会経由で手紙を出す必要ないじゃない、直接出したら町に届くのに」
「ぐ...」
ふざけたい言い訳だ。
こちらはアナクサの居場所がわからないから手紙を協会に出すしかない。
しかしアナクサはサライの町に出せば良いのだ。
こっちは、どこにも行ってないのだから。
「協会をクビになったのも、協会に無断で浄化をしたからでしょ?」
「それは...」
「違う?」
アナクサは協会に無断で瘴気の浄化を行った。
浄化を行う順番は協会が決めているのを無視し、独断で行った。
「瘴気に困っている人を黙って見逃せられなかったのよ!」
「協会に黙って金を請求してか?」
「アレックス、どうして...?」
「協会に黙って浄化を勝手に行い、懐に金を入れる、そりゃ協会も追放されるよ」
「あ...あぁ」
追放の理由は簡単に調べが付いた。
リョージは数人の女を使い、こうして小遣い稼ぎをしていた。
そうして得た金の一部はサラム王国の協会支部に流れていたのだ。
「まあ、国外でやったらダメよね」
「ウゥ...」
調子にのったアナクサとリョージ。
サラム王国の外でも同様に不正を行い、他国の協会にバレ、二人は追放された。
サラム王国の協会は二人の不正を知りつつ黙りを決め込んだ。
「ぜ...全部リョージがやった事よ!
私は利用されただけだから!!」
唾を飛ばし、叫ぶアナクサ。
もう繕う余裕も無いのね。
「死人に口無しだから真相は闇だけど」
「ほら見なさい!」
リョージは四年前、娼館の近くで惨殺死体となり見つかった。
犯人は見つかっていない。
手口からして、犯行はプロの殺し屋らしいが、誰の依頼なのかは問題じゃない。
「男に騙された女を演じて、協会に取り入り、男の手口を暴露して不正を正す。
とんだ調査室長も居たものね」
「うるさい!!」
アナクサ、真実だと認めているような物だぞ?
「お前らはいつもそうだ!
私がなにをしたと言うの!?
この町に尽くし、人々を助けただけよ?
偉そうに!」
「だから商会を乗っ取ろうと?」
「違う!
私はアレックに立派な父親が必要だと思ったからよ!」
「俺の意思は?」
「だから私は頑張ってきたじゃない!」
「それは返事になってない」
呆れた妄言を撒き散らすアナクサ。
浄化魔法の使い手として甘やかし過ぎたのだ。
こんなにひねくれた人間にしたのは私達の責任でもある。
「お前、子供の事はどうする気だ?」
「アレックは私がちゃんと...」
「違う、お前が9年前に置いて行った子供だ」
「え?」
「...忘れていたのか」
「酷いわね...」
アナクサは9年前、町を出る時自分の子供を置いて行った。
当然だが、子供の父親はアレックスでは無い。
近隣の町を浄化しに行った際に身籠った子供。
父親は誰か分からなかった。
不特定多数の男と関係を結んでいたのだ。
結局それが原因で町を去っただけ。
アナクサが言っていた、世界を救うだのは町の人達から向けられる白い目に堪えかねただけだ。
アレックスと結婚もアナクサの妄言。
そんな気はもちろんアレックスに無かった。
厄介者のアナクサが気分良く、町を出ていける様、黙っていた。
アナクサの母親は、残された孫の世話に疲れて死んだのだ。
「もう消えてくれ」
「ア...アレックス」
「そうよ、ここに貴女の居場所は無いの」
「カリーナ...」
「貴女の残した子供は商会で面倒見てる。
だから、これ以上恥を晒さないで」
「...分かった」
静かにアナクサは立ち上がる。
何かに吹っ切れた様子だった。
「幸せにねアレックス、カリーナ」
「言われなくとも」
「当然よ」
協会の馬車に乗るアナクサ。
何も分からないアナクサの子供は玩具を手に笑っていた。
馬車は走り出す。
ハンスさんの姿は無い。
二度と娘に会えないかもしれない、分かっていても嫌だという事か。
アナクサが町を去って半年後、協会本部のカリクサという女性が協会を去ったという話が聞こえて来た。
カリクサは優れた浄化魔法の使い手の娘アレックと二人、無償で瘴気を浄化する旅を始めたという。