ありのまま
『ありのままでいい』という言葉が嫌いだった。
自分なんか弱くて、醜くて、脆くて、汚くて、ずるい。
そんな自分のままで良いなんて思えなかった。
甘い戯言にしか聞こえなかった。
でもある時教わった。
『ありのまま』と『今のまま』は違うと。
現状への不満も、成長したい自分も、
全てを自分のものにするのが『ありのまま』だと。
何て怖い言葉だろう。
何て救いのない言葉だろう。
消えてなくなりたいほど恥ずかしい思いも、
殺してしまいたいほどの自分への憎しみも、
何一つ捨てる事なく自分だと受け入れるのに、
前向きな気持ちにも背を向けられないなんて。
人のために尽くせた自分も、
楽しみを独り占めにした自分も、
美しいものへの憧れも、
醜いものへの怒りも、
成功者への賞賛と嫉妬も、
傷ついた人への憐憫と優越も、
そんなもの丸ごと受け入れたら、
自分とは何だかわからなくなる。
綺麗なのか薄汚れているのか、
正しいのか間違っているのか、
このままでいいのか変わるべきなのか、
生き続けるべきか死ぬべきか。
百万の言葉を費やしても、
天才と呼べる文章力があったとしても、
その混沌は言葉にできないだろう。
言葉にしようとした途端に、それは形を変えてしまう。
でも、何だろう。
怖いのに、不気味なのに、
このよくわからないものは、
流動するから柔らかく、
自分と同じ温度を持っている。
決して思い通りにはならないのに、
決して離れる事もない。
優しくないのに安らぐ。
憎たらしいのに嫌いになれない。
これが『ありのまま』と言うなら、
楽になる言葉であるはずがない。
人生をかけてでも捕らえられるかどうかわからない、
面倒で厄介で手強い敵だ。
そんな敵と戦う事を宿命付けられたというのに、
終わりのない戦いが目の前にあるのに、
心はほんの僅かに熱を持ち、
足元に落ちていた目は前を睨みつけていたのだった。
読了ありがとうございます。
己のありようを求める人に、簡単に答えなんか出ないよという言葉は、残酷なのか救いなのか。
ただ、周りが皆完璧で、自分だけが不完全だと感じてる人がいたら、ここにものたくってるのがいるよと知ってほしいな、なんて思うのです。