俺が幼馴染に告白されてから、超照れ屋の照井さんが大胆で激しい件。
さくっとお読みくださいませ。
「好きです。付き合って下さい」
放課後の教室。黒髪ロングの美女、霞ヶ岡美鈴は俺に向かって言った。
その表情はうっとりとしていて、本当に俺のことが好きなように見える。
廊下で小さな物音がしたが、俺は動じない。
今、この空気を壊すわけにはいかないからだ。
俺は真剣な表情を作り、静かに返答する。
「……悪いが無理だ」
続けて理由を伝える。
「だって──毒舌だし、ちっぱいだし、あともし俺みたいな陰キャが人気者のお前と付き合ったらブーイング凄そうだし」
やっちまった。ついつい口が滑ってしまった。
でも、大丈夫。
だって、霞ヶ岡美鈴は本気で告白していないのだから──
「うわっ最悪! 告白の予行練習だとしても、和毅にフラれるなんて屈辱、汚辱、恥辱なんですけど!」
「辱の三段階活用!? 言い過ぎじゃないですかね?」
「だって! 恭平くんはそんなムカつく言い方しないし、そもそもフラれる前提なのがむかつくの!」
「すまんすまん。最悪のケースを想定しようと思ってな」
美鈴は幼馴染の俺などではなく、学年屈指のイケメン、吉木恭平のことが好きだ。
ということで種明かしをすると、俺は美鈴が吉木に告白する練習に付き合っていただけで、決して俺と美鈴の間にラブがあるというわけではない。
「わたしへの嫌がらせとしか思えないんだけど! 最悪なイメトレになったし、やり直し! ほら、テイク2いくよ!」
「あ、はい。さっさと終わりたいんで次はオッケーする」
「そこっやさぐれない! 爽やかな恭平くんに少しでも近づけて! じゃないとわたしの正拳突、お見舞いするから!! ! 」
げ。そういえば美鈴のやつ、空手の有段者だっけ。
「誠心誠意、努めさせてもらいます……」
そもそもスタイルとルックスに優れた美鈴がフラれるとは思えないが、その後も何度か付き合わされることになったのだった。
◇
そして翌日。
人気者の美鈴とは違い、平凡な俺にはフツーの高校生活が待っている──はずだった。
しかし、隣の席の少女が妙におかしい。
薄く青がかったボブヘアー、幸が薄くも整った顔、小柄な体型。
うん、やはり見た目はどう見ても、照井詩帆さんだ。
あとは照れ屋で無口な性格ならば、正真正銘、照井さんなのだが。
「……ぁ、その、んと、ぇっと、か、かずききゅんっ」
隣の席になって早二カ月。
俺は初めて名前を呼ばれた。
というか照井さんは壮絶に噛んでいた。
「どうしたんだ?」
あの照井さんが話しかけるほどのことだ。
顔だけでなく耳まで赤く染め、よほど伝えたいことがあるんだろう。
「……コ……ナ……せんか……?」
「ん?」
「……コイバナしませんか……?」
「へ?」
「……コ、コイバナですっ」
「え……!?」
「……やだったらいいんです」
「いやじゃないぞ。ただいきなりのことで驚いただけだ。じゃ、コイバナとやらをしようか?」
どういう風の吹き回しかわからないが、せっかく照井さんがひねり出した話題。
ホームルームが始まるまで話しつくそうではないか。
「……ふあっ! ぁ、ありがとうございますっ!!」
照井さんはわかりやすく表情を明るくし、胸の前で小さくガッツポーズした。
ああ、健気で可愛い。
どこかの毒舌ちっぱい幼馴染にも学んで欲しい限りだ。
「コイバナ初心者なんだけど、まずは好きなタイプとか話すものなのか?」
照井さんはうんうんと頷き、俺ではなく黒板のほうを見ていた。
どうやらまだ目は合わしたくないらしい。
俺も照井さんに倣って前を向くとしよう。
「好きなタイプか。性格は謙虚で言葉遣いが綺麗な子がいいな。あと、顔はキレイ系よりカワイイ系だな」
いやほんとに俺の好きなタイプとかダレトクって感じなんだが、なぜか照井さんはメモ帳に一言一句そのまま書き写してた。
あの、次のテスト範囲『俺』だったりします?
「……わ、わかりました、でございます、かずき様、かずき殿? 貴殿はお好きな人などおられるのでしょうか?」
「えっと、喋り方はいつものままで充分綺麗だと思うぞ。あと、殿はあまりにも時代錯誤だな」
「……はぅ、そうですか。戻しますね…………」
照井さんなりのボケかと思っていたが、ボケにしてはシュンとしていた。
どうにも不思議な子だ。
「それで、好きな人だったか。う~ん、いないなぁ」
「……ふあっ!! い、いないんですかっ!!!」
照井さんは急にテンションを上げ、俺のほうへ身を乗り出した。
いっきに距離が縮まり、初めて目が合う。
彼女の目は青くてビー玉みたいにきらきらと輝いていた。
「お、おう。ちょっと落ち着こうな」
「……はっ。ご、ご、ご、ごめんなさいっ。つい好きな人もいて、付き合ってるものとばかり…………」
まさに文字通り、照井さんはハッと我に返っていた。
しかしながら、なぜそんな早とちりをしていたのだろうか。
「どうして俺が付き合ってるなんて勘違いを?」
自分で言うのもなんだが、俺は女子との絡みはほとんどない。
あると言っても、幼馴染の美鈴がたま~に隣クラスからやってくるだけで、彼女が勘違いする理由が見当たらなかった。
「……えと、わたし、見ちゃったんです。かずきくんが──」
「俺が?」
いいところで、俺は思いもしなかった男子生徒に名前を呼ばれる。
教室のドアから半身を出し、その長身イケメンは手招きしていた。
「かずきくん、ちょっといいかな? 」
「吉木……?」
あの美鈴が惚れたイケメン野郎が視線の先にいた。
吉木恭平とは初対面なはずだが、わざわざ指名して何事だろうか。
「……ぁ、お呼びでしたら行ってきてください」
「ごめん。また戻ってきたら話しような」
照井さんはがっかりしたような、というより、悲壮な表情をしていた。
俺はその理由をまだ知らない。
この時はまだ、照井さんと吉木の関係を知る由もなかった──
◇
「えっと、なんだった?」
「やあ、はじめまして。ちょっと聞きたいことがあってね」
「いきなりだな。まぁできるだけ力になるけど」
学内トップカーストのお願いだ。
俺に断る権利はない。
「単刀直入に聞くね。いったいどうやってしほちゃんと話すことができたのかな? 」
「どうやって? いやフツーに照井さんがコイバナしよーって話しかけてきたんだが、それがどうかしたか?」
吉木は目を見開いて驚いた。
いやいや、確かに照井さんは静かだし、消極的な性格だけど、他愛もない話をする時だってあるだろう。
でも、吉木にとってはそれが珍しいことだったらしい。
「どうかしたって……。僕が何回話しかけても 無視されるもんだから、キミがどんな手を使ったのか気になったんだ。まさか脅してないよね」
「んなわけ」
それにしても無視されても話しかけるなんて、マメで熱心なやつだ。
でも待てよ、そこまでするってことはつまり──
「まさかのまさかだが、吉木は照井さんのことが好きなのか? 」
初対面で聞くには憚られたが、もうそうとしか考えられなくて聞いてしまった。
吉木は周りを見渡し、人がいないのを確認すると堂々と答える。
「うん、好きだよ。だからこそ、わざわざ恥を忍んでキミに聞いてるのさ」
「……なるほどな」
そんなに俺に聞くのが恥なんですかね。
俺は頭を抱える。
だって吉木は照井さんを好きな一方、美鈴は吉木を好きなわけで。
「悪いけど、俺も照井さんについて詳しくない。もしかしたら照井さんが照れ屋だから、吉木と話せないって可能性だってあるし、一概に脈なしとも決められないな」
「そうだね。だったら、聞いて欲しいんだ。好きな人がいるのかね。さっきコイバナしてたなら自然に聞けると思うし」
「そうなっちゃうか」
「うん、だめかな?」
「……はぁ、仕方ない。わかり次第、伝えに行く」
「ありがとう。助かるよ」
そう言って吉木は教室に戻って行った。
さて俺は厄介なミッションを与えられたもんだ。
メインミッションは、照井さんに好きな人がいるかきくこと。
そしてサブミッションは、美鈴に吉木の恋心を伝えること。
美鈴はムカつくやつだがそれでも腐れ縁。
失恋する前に吉木の恋事情を伝えてやりたい。
考えをまとめ、教室に戻ることにした。
「照井さん、話の続きしようか」
俺が話しかけると、照井さんはビクンとしたのち、深呼吸をしていた。
「……はぅっ! がんばれ、詩帆。す~は~す~は~。お、お話しましょうっ」
俺と話すだけで、深呼吸するほどストレス溜まるんですかね。
「えっと、さっき俺は好きな人いないって言ったんだけど、照井さんはどうなんだ?」
ストレート。
もうストライクコースど真ん中で聞いた。
照井さんは面食らったようで、なんだかわちゃわちゃと騒がしい。
「ぁ、どうしよう。詩帆、言うべき? んー、でももう両想いはありえないから、ごまかすのが一番かな? 好きな人いないって言うのは淡白だし、好きな人はいるけど教えないってのがよき? でもそれだともったいぶってめんどくさい女の子になっちゃわない? なるよね、うんうん。ふえ~どうしたらいいの!?」
脳内会議をしているが、全て筒ぬけていた。
必死な照井さんを見ていると、再び視線がぶつかる。
「……ひゃっ! また視線が……!」
照井さんが固まる。
俺、メデューサじゃないですよ。
「いや、ひとりで話し込んでたもんだから、つい気になってな」
「……き、きこえてたんですか!?」
「きこえてたな」
「はぅ、おわった……」
「大丈夫だ。聞き取りにくくて、あんまりわからなかったから」
「……あっ、そうでしたか。よかったです」
さて、どうしたものか。
照井さんはあまり自分の好きな人について言いたくないようだ。
全力で問答してたくらいだし。
だったらここは、吉木への気持ちを聞こう。
それでもメインミッションは完了する。
「……そういえばさっき吉木と初対面で話してたんだが、照井さんはあいつのこと知ってるのか?」
知らないはずがない。
だって吉木は何度も話しかけているのだから。
「……ぁ、知ってるっちゃ知ってます。けど…………」
「けど?」
まだ続きは言っていないが、彼女の暗い表情から察する。
「……その、わたし、あの人苦手です」
「え、吉木だぞ? 吉木恭平、あの人気者が苦手?」
「……はい。爽やかな感じですけど、執拗に話しかけてきて怖いんです」
「ほう、そういうもんか。あとで吉木に伝えておく」
「……え! ありがとうございます!!」
テンションの上がり具合から、本当に感謝しているのが伝わる。
なんなら勢い余ってぐいっと握手された。
かと思えば、照井さんは手を繋いでいる事実に羞恥し、顔から湯気が出ていた。
「……ひゃっ! わたしったらいきなり大胆なことを……! こんなの……こんなの不健全です!!!」
手握ったくらいで大げさな。
ちなみに、あまりにも照井さんが大きな声を出すものだから、クラス中から視線が集まり、俺が照井さんに迫っただのと妙な噂が流れた。
誤解を解くまえに、俺は吉木にミッションの成果を伝えに行くことにする。
◇
「え? 嫌がってるって?」
「だな。照井さんのことを考えるならそっとしたほうがいい」
俺は脈なしだと暗に伝えた。
だがどうにもこの吉木という男は言うことを聞かず──
「わかったよ。今日で決着をつける。悪いけど、昼休みに彼女を屋上に呼び出して欲しいんだ」
「いや待て。それでどうにかなると思えないんだが」
むしろ悪手だろう。
ここで潔く手を引くのが最善に決まっている。
「僕は彼女に告白する。そこでしほちゃんの口から全てを聞かないと納得できないよ」
どこまでも自己中だな。
でも俺が何を言っても効き目はない。
こいつの病気の特効薬は、彼女自身が拒絶することだ。
そうして現実を知らないと、ずるずると都合のいい理由をつけて彼女に迫るだろう。
「……はぁ、わかった。昼休みだな? もしフラれたら潔く引いてやってくれ」
「うん、もちろんだよ。そんなことになったらね」
吉木の、まさかフラれるわけないでしょという自信満々な微笑みが脳裏にこべりついた。
というやりとりを終え、現在は昼休み、屋上の物陰。
あの後、照井さんは勇気をもって立ち向かうことを選択した。
照れ屋で人と話したがらない少女が一歩踏み出した瞬間だった。
照井さんの待つもとに、吉木が向かっている。
そしてそれを怪訝な目で見つめる、隣の幼馴染が小声で呟いた。
「和毅が呼び出すから何かと思えば、もしかして──」
「そのもしかしてだ。吉木は今から照井さんに告白する」
「は、はぁ!? って、ん~くちふしゃがにゃいでっ」
訳、口塞がないで。
「静かに。コソコソと見てるのがバレるだろ」
「あ、そうだった」
「わかればよろしい」
俺はメインミッションのかたわら、サブミッション「吉木の恋心を美鈴に伝える」も遂行していた。
ここで吉木の告白を見れば、美鈴が変に失恋することもなくなると思っての行動だ。
とはいえ、人の感情とは推測できぬもの。
失恋して傷心の今をチャンスと見て、美鈴が猛アタックする可能性もある。
でも、俺としては吉木なんかと付き合って欲しくないと思っている。
だからこそ、口頭で伝えるのではなく、美鈴を屋上に呼んだ。
おそらく、今日この瞬間、吉木の本性が現れるだろうから。
「そろそろ話し始める。耳を澄ますとしよう」
「いえっさ~」
話しかけるのはもちろん、吉木からだった。
『ありがとう。僕のために来てくれて』
『…………』
前髪を執拗に整える吉木と相反するように、照井さんは微動だにしない。
『えーと、彼からどういう風に伝わってるか知らないけど、君に伝えたいことがあるんだ』
照井さんはこくんと小さく頷く。
風がそよぐ音が聞こえるほどもったいぶってから、吉木は端的に言った。
『僕は照井さんが好きだ。付き合って欲しい』
隣の美鈴が視線を外す。
自分の好きな人が他人に告白している事実に、目を当てられなかったのだろう。
俺としても残酷なことをしたと思うが、これからの光景はきっと美鈴のためになるはずだ。
『……す~は~す~は~』
照井さん特有の深呼吸。
でも、朝の時とは違って、むしろため息のような重さがある。
照井さんは何か言おうとして、ううんと首を振った。
逡巡が垣間見える。
『えーと、返事はまだかな?』
吉木、アホか。
照井さんが一生懸命言葉をひねり出そうとしているのに、そんな急かすような真似するなっての。
吉木はまるで照井さんのペースがわかっていない。
今すぐ指摘してやりたいが、今は二人の時間。
俺が介入するのはまだ得策ではない。
『……ふぅ』
今度は正真正銘、ため息を吐いて、彼女は返答する。
『……ぇっと、ごめんなさい』
吉木の作った笑顔が瞬時に消える。
ちなみに丁寧な言葉遣いも消えていた。
『……マジ? かよ…………』
ちなみに隣の美鈴も、マジ?という顔をしていた。
そら驚くわな。学校一人気のイケメンがフラれてるわけだし。
『ちょっといいかな。理由を教えて欲しいんだけど』
『……その、怖いんです』
『僕が怖い? こんなに優しくて爽やかなのに?』
少しキレ気味で吉木は問う。
『……ぅ、あの、しつこく話しかけてきますし』
『あ~なるほどね。僕たちみたいなコミュ力ある人種だと普通なんだけど、それが却ってダメってことね。あ~そっかそっか、陰キャだもんね。だからあんなのと楽しそうに話してたんでしょ。ほんっとこれだからカースト底辺は。僕が上にあげてやろうとしてるのに』
最低だな。自分がフラれた腹いせに言いたい放題か。
多分別れたら元カノの悪口言うタイプ。
そろそろ俺の出番だろう。
俺は吉木の豹変に茫然とする美鈴を置いて、静かに歩き出した。
「そもそもさ、陰キャは社会不適合なんだから治すべきであって、だから優しい僕が正してあげようと──」
「よう。吉木」
「──!? どうしてここに君が?」
「陰キャ代表として話をしたくてな」
「……かずききゅん!!!」
照井さんは俺の後ろにすぐさま隠れる。
庇護欲がそそられ、無性にナデナデしたくなったが、さすがに場違いなので控えた。理性の勝利。
さて、事態の鎮静化といこうか。
「一部始終を見てたのはすまん。でも、フラれた腹いせに暴言を吐くのはいただけないな」
「ふっ……暴言? 僕は当たり前のことを言ってるだけだよ。言わばアドバイスさ」
「八つ当たりで説教してたように見えたが」
「そんなことないよ。あぁ、君も陰キャ側だもんね。お似合いじゃないか、カースト底辺同士」
何か言い返そうと思ったが、それより先に照井さんが口を開く。
あの照れ屋で、寡黙な少女はもうそこにはいない。
「どうして、どうしてそんなに見下すんですか……! 日の目を浴びたい人もいれば、日陰で静かにしたい人だっているんです! それはただの住み分けであって、誰かに強要したり、是非を問うようなものじゃないはずです!!」
大きな声と熱量をもって彼女は伝えた。
まるでもう一つの人格が宿ったように。
「な…………」
絶句し、表情が固まる吉木。
彼は照井さんの正論に反論できるほどの理論を持ちあわせていない。
「吉木、朝言ったはずだ。フラれたら潔く引いてくれと。説教も暴言もいらない。ただ諦めて、今後は照井さんに関わらないでやってくれ。頼む」
「どうして、僕がこんなにコケにされなきゃいけないんだ……こんな陰キャに」
どうにも俺に言われるのが癪らしい。
吉木が上下関係を定めている以上、一向に折れてくれる様子はない。
その膠着を破ったのは、黒髪ロングの幼馴染だった。
「どうも、恭平くん」
「……みすずちゃん? いったいどうしたんだい?」
吉木はケロッといつもの顔をして問いかけるが、残念ながら美鈴は一部始終を見ている。
「わたしって陰キャかな?」
「いや、違うと思うよ。むしろ逆じゃないかな」
「うんうん。じゃあ、そんなわたしから言わせてもらうけど──」
「え?」
「勝手に人の性格で上下関係決めるのやめよっか」
純真な笑顔で美鈴は言った。
昨日まで告白しようとしてた美鈴が言うのだから怖い。
でも、美鈴はこう見えて柔軟なやつだ。
好きであろうと、盲目にならず、物事の是非を判断できる。
もっとも、もう好きじゃないだろうが。
「え…………君も僕と同じ陽キャじゃないか」
「ある人はそう言うかもしれないよ。でも、わたしは詩帆ちゃんも和毅も見下したりしないから」
「でも社会的に見たら──」
「多様性の社会で何言ってるの。ダイバーシティだよ、恭平くん」
「なんで、なんで僕が虚仮にされなくちゃいけないんだ……! どいつもこいつも、くそ! 全部お前のせいだ!」
瞬間、こちらに向かって吉木の拳が迫ってくる。
「──俺かよ!」
どうにかして避けようとするが、その意味はなかった。
なぜなら、空手黒帯の美鈴が成敗していたからだ。
腹に突きを食らった吉木が悶えながらうずくまる。
「う、うぐぅ、、はぁ、くっ」
「お、おい、正当防衛、だよな?」
「もちろん、たぶん? きっと、おそらく……」
「おい、自信無くすなよ」
「でもあれくらい男の子なら耐えてもらわなきゃ」
「そうは言うけど」
地べたで死にそうになっている吉木を見下ろす。
多分、俺も食らったら同じようになっているだろう。
「いい気味よ。こんな最低男」
未だ吉木は死にかけのカナブンみたいにうずくまっている。
必死に言葉を出そうとしているが、かすれた声しか出ていない。
「吉木、そういうことだ。もしお前が照井さんに執着するようなら、また美鈴の拳が飛ぶと思ったほうがいい」
吉木は目を見開いて首を横にぶんぶんと振った。
どうやらよほどトラウマになったらしい。
「ふんっ。ご飯食べに行こっ。ここにいても気分悪いだけだし」
「……だな。よかったら照井さんも一緒に食べないか?」
「……は、はいっ! でもその前に、ひとつだけ言わさせてください」
「なんだ?」
「おふたりとも本当にありがとうございました」
深くお辞儀する照井さんを見て、俺と美鈴は静かにほほ笑んだ。
◇
グラウンド端のベンチ、そこで俺たちは弁当を食べる。
左に美鈴、右に照井さんという異色のメンツ。
両手に華なわけだが、どうにも気まずかった。
というのも、照井さんがずっと落ち着きがないのである。
「…………ぁ、あのっ!」
勇気を振り絞って出した一声。
俺と美鈴の会話が止まる。
「どうしたんだ?」
「…………えっと、んーと、こんなこと、わたしが訊くのは憚られるんですけど……」
「ん~? わたしはなんでも答えるよ! 事務所NGナッシングっ」
「……あっ、それではお言葉に甘えさせてもらいます」
俺は食べる手を止めて、照井さんの質問に集中する。
「…………み、みすずちゃんはっ、か、か、かずききゅんっのことが好きなのでしょうか!!」
「て、照井さん!?」
噛んでいるのはお馴染みとして、どうしたらそんな思考に。
一方、美鈴は俺のほうを向いて、真剣な顔で話し始める。
「好きだよ」
「は!?!!?!?」
コイツ何言って──
「…………ぁ、ですよね。知ってました。強力なライバルですぅ……」
俺が混乱するなか、美鈴はわかったようにぺろっと舌を出す。
「あ、でも誤解しないでね、志帆ちゃん。わたしは幼馴染として好きなだけで、異性としてはこれ~っぽっちも好きじゃないから」
「…………ぇ、そうなんですか?」
照井さんはホッとした表情を見せるが、すぐさま怪訝になる。
「でも、でしたら、昨日の告白はいったい……」
「昨日の告白? もしかして告白の練習のことか?」
「れ、練習だったんですか……?」
「話は長くなるんだが──」
「──というわけで、昨日の告白はただの練習ってわけだ。だから照井さんの勘違いだな」
そういえば、告白練習中に物音がしてた記憶が。
あれは忘れ物を取りに来た照井さんが、驚いて取り乱した音だったのか。
「よかったね、志帆ちゃん。嬉しい?」
「……はい!!!」
「あれれ、どうしてそんなに嬉しいのかな~??」
美鈴は意地悪モードに入っていた。
「……やっ、それは、その」
「こら美鈴、照井さんをいじめない」
「え~だって気になるじゃん。わたしが和毅のこと好きじゃないって言った時の志帆ちゃんの顔、安堵って感じだったし」
「そりゃ、この空間で恋愛が始まったら気まずいだろうし、それを回避できて安堵したんだろ」
「ふ~ん、ほんとにそうかな。さ、志帆ちゃん、答えを教えてっ」
わずかな間の後、照井さんの必殺技、問答が始まった。
「ぇ、でもかずきくんはこの空間で恋愛が始まるのが気まずいっていうし、だったら、好きなんて言えないよね、うんうん。そもそも片思い確定なわけだし。となると、どうやってごまかせばいいんだ~~~~~~~~」
照井さんが壊れた。
俺は心配だったが、美鈴は笑っていた。
さすがのドSである。
「ふむふむ、じゃあ、わたしはお邪魔なようだしドロンしようかな~」
「え、でもお前、弁当まだ残ってるんじゃ──」
美鈴の手元を見ると弁当箱は空っぽだった。
代わりにハムスターみたいにほっぺが膨らんでいる。
「それでは~」
「……行っちゃったな」
「……そ、そうですね」
小鳥のさえずりが響くなか、沈黙が続く。
「……わたし、本当に嬉しかったです。感謝しきれません」
ぽつりと照井さんが呟く。
「まぁ決め手は美鈴だからな。あいつ様様だよ」
「そうかもしれません。でも、最初に間に入ってくれたのはかずきくんでした。あの時、泣きそうになったのは秘密です。あ、今言っちゃったから秘密になってないけど。ってそうじゃなくて。だから、わたしにとってかずきくんはヒーローなんです」
「そんな大げさな」
「……大げさなんかじゃありません!!」
照井さんは思いあふれたのか、勢いよく俺の肩に手を伸ばす。
「うわ!!」
俺は驚いてのけぞってしまい、ベンチの端から転げ落ちる。
空を見上げれば、照井さんが俺に覆いかぶさっていた。
「……ご、ごめんなさい! つい!!」
押し倒されるような形だが、照井さんはどく気はないようで。
「え、ちょっと、え!?」
少しずつ俺の方に顔を近づけて、そのまま──
「……はっ! わたしったら破廉恥なことを……! こんなの……こんなの不健全です!!!」
いやこっちのセリフだ。
まったく、訳のわからない子だ。
顔を赤らませるくらいなら、大胆なことしなければいいのに。
でもそんなところも可愛いな、なんて思ってしまう俺も俺か。
「ほら、教室戻ろっか」
俺は器用に立ち上がると、照井さんに手を差し出す。
「……あ、ありがとうございます」
「ところで、照井さんって頭よかったよな? よければ数学教えて欲しいんだけど」
「えっ、あっ、喜んでお教えします!」
「お、助かる」
「任せてくだしゃい!」
気づけば、なんてことない会話もできるようになり、俺の日常に彼女は溶け込んでいく。
たまに暴走してしまうけれど、俺は超照れ屋な照井さんを少しずつ好きになっていくのだった。
少しでもいいなと思っていただけたら、評価☆☆☆☆☆のほどよろしくお願いいたします~!