史上最低の告白
「待たせたな! 化け物女!」
アーサーからバフを貰ったオレは、確かな足取りでヒビの下までやってきた。
そしてヒビの姿を確認する。髪がヘビで尻尾がキツネである以外はユアと大差はない。『……気づいたら変身できた』とかアイツが言ったら、オレは信じてしまうだろうな。
「アナタがほんめいですか。なるほど、わたしのからだもよろこんでいるきがします」
だがヒビを名乗る女は、ユアからは信じられないぐらいしっかりと言葉を口にした。なるほど、確かにコイツはユアじゃない。
「ユアの身体、返してもらうぞ」
オレは腹の底から吐き出すように言葉を紡いだ。その声の重さから、改めて自分がアイツをどう思ってるのかを痛感する。
「でしたら、ちからづくでうばうがいいでしょう。もっとも、そうかんたんにわたすつもりはありませんが」
ヒビはそう言ってユアの剣を構える。このまま正面から戦っても勝ち目はない。
だが
「一瞬で終わらせる!」
オレはここに来るまでに覚悟を決めてきたのた。くっそ恥ずいが、それで助けられるのならどうってことは……ない!
「ユア! 好きだぁ!」
オレは全身全霊で愛を叫んだ。今まで一度も言ったことがなかった、本音を。
しかし
「うぉ!」
ヒビは動揺すら見せることなく攻撃を仕掛けてきた。
「くそっ! 届かなかったか!」
オレはそれをなんとか躱しながら、自分の言葉が届かなかったと悟る。
しかし
「しってます」
「えっ?」
「だから、そんなこととっくにごぞんじなのです」
ヒビはヤレヤレと言いたげに首を横に降った。は? ウソだろ?
「そのていどのじじつでは、かのじょのかんじょうをゆさぶることはできません」
「やめろ! それ以上言うな!」
オレはヒビの言葉に顔が熱くなる。今まで必死に隠してきたのにバレバレだったとか……オレを殺してくれ!
「さて、てもつきたようですのでおわらせましょうか」
ヒビが目を光らせてオレを睨んでくる。まずい!
オレは身体が硬直させられないように、すかさず距離を取った。
だが、どうする? オレなりの告白をあっさり跳ね除けられたら打つ手がねえぞ。
「もっと本音をぶち撒けて! あの大物な子でも思わず反応しちゃうようなド派手なの!」
すると、様子を見に来たらしい武藤有希が無茶振りをしてくる。これ以上って、けっこう際どいことになりそうなんだが⁉
でも、ユアを助けるのに恥とかプライドとか言ってる場合じゃない。後でユアにドン引きされるかもしれねえが……
ここはぶち撒けるしかない!
オレは捨て身の気持ちで言葉を発しようとする。
だが
「まさか、だまっていわせるとでも?」
ヒビの攻撃がさらに激しくなって襲ってきた。言葉を叫ぶどころか、回避すらさせてもらえねえ。
オレはヒビの斬撃を容赦なく喰らっていく。まずい、このままだとまた……!
ドクン
来やがった!
オレは自らの悪魔の力が疼き出す。くそっ、ここで暴走しちまったら振り出しに戻っちまう!
オレはよろめいた勢いでたたらを踏む。
「おやおや、アナタのなかにもぎょしきれないそんざいがいるのですね。さすがはすきあっているものどうし。とてもおにあいですよ」
ヒビは皮肉るようにオレたちの関係を褒めそやしてくる。その言葉は少し嬉し……いや嬉しくねえ!
変えねえと。制御しきれないのがお似合いだなんてとんだ恥さらしだ。
どうせお似合いになるのなら、互いにしっかりと制御できててすごいのがマシだ!
ドクン
身体が動悸を刻む。恐ろしいほどの力が、理性を覆い尽くさんとオレに襲いかかってくる。
「う、ぐ、ぐあああああ……」
だがそれを、オレは頭を抑えつけながら必死に抗った。
──ルキウス、助けて
脳裏に浮かんだのは、さっきユアから聞いた言葉。オレの生きる意味。
──待ってろ、オレが必ず助けてやる!
そして、オレは確かにそう返事をした。男が約束した以上、その言葉は命に換えても守らなければならない。
てめぇ自身の弱さに負けてるわけにはいかねぇんだ!
「うおおおおおおお!」
オレは雄叫びを上げる。この雄叫びは本能に敗北した悪魔の叫びじゃねえ。
本能に打ち克った人間の叫びだ!
「はあ、はあ、はあ」
「な、なにがおこって? さっきのすがたになるのでは?」
ヒビは事態を飲み込めずに狼狽えている。
「人間は成長する生き物だ。さっきあんだけ恥さらして、学習しねぇわけねぇだろ」
「こざかしいです。だからといってかてるわけではありません!」
「だから言ってんだろ。人間は──」
オレは一気にヒビへと接近する。
「成長する生き物だってな!」
そしてヒビの懐に入り込むと、そのまま剣閃の雨を食らわせてやる。皮肉なことにユアは剣術に覚えがない。ましてやオレとの模擬戦なんてもってのほかだ。
そのおかげで、オレはヒビを防戦一歩に追いやっていた。
「くっ、うごきがよみづらい! しろうとのこのこよりきほんがなってない!」
「コレがオレのやり方。我流で型に嵌らねえのがオレだ!」
さらに攻勢を強めていく。剣で揺さぶりをかけて、油断したところに槍の一差し。距離を取るなら斧を投げて不意をつく。ヒビはオレの動きにタジタジだ。
ヒビがなんとか弾いた斧をオレは空中でキャッチする。そして槍に変えて投げる姿勢を取った。
奴はコレに対応しようと身構える。
チャンス!
オレはニヤリと笑みを浮かべると、槍を投げなかった。軌道だけを変更してヒビの背後へと回り込む。
「しまっ……!」
そして、奴が言い切るより早く後ろから羽交い締めにした。
「わたしともどもくしざしになるつもりですか!」
「その通りだ。そうすればてめぇは逃げられねえだろ?」
「か、かのじょをきずつけることになりますよ!」
「確かに、だから後で──」
オレとヒビの身体に槍が迫ってくる。
「ジャパニーズ・ドゲザしてやらぁ!」
そして、二人共々貫いた。
「そ、んな……」
ヒビは予想外の動きに驚嘆の声を上げている。後はさらにインパクトのある言葉を言えば終いだ。
「さあ、ルキウスさん! 思いっきり言っちゃって!」
武藤有希がせかしてくる。言われなくても、今から言うさ。
オレは腕にユアの感触を感じながら
「ユア! お前のサービス正直溜まらなかった! お前と同室で過ごした2週間、見せられるたびにずっとやばかったんだ!」
耳元で自らの劣情を曝け出した。
脳内では、2週間のユアとの共同生活が頭を駆け巡る。アイツの下着姿が脳裏に焼き付いて離れねえ。何度思い出しては悶えたか分からん。つーか今も悶えてヤバイ。
「おまっ⁉ 何言ってんだだルキウス!」
「コイツァ拳骨が必要なようだな!」
後方から野郎どもがオレにやいやい言ってくる。けど仕方ねぇだろ? 文句は隣で赤くなってる武藤有希に言ってくれ。
「まったく、なにをいうかとおもえ……ば⁉」
ヒビが呆れたような口調になったその瞬間、ヒビが驚いたと同時に身体が硬直した。
「……ルキウス!」
「ユア!」
この特徴的な間は間違いない。ユアだ! ユアにオレの声が届いたんだ!
「「それでいいのかユアさん(ちゃん)⁉」」
遠くから野郎どものツッコミが聞こえてくる。そこについてはオレとしても同感だ。
でも、そんなところが魅力的なんだよな。
「わたしののっとりを、こんなげれつなかんじょうでくつがえそうだなんて!」
「……やっとルキウスが私の素晴らしさを言及した。コレはとても大事なこと」
ユアとヒビが、一つの身体で言い合いをしている。
「ですが、わたしをおいだすことはふかのうです。わたしをおいだすには、アナタごとしぬかふういんするしかありません」
「少なくとも体内の主導権を握れば、お前は何もできねえだろ? 後は封印しちまえば終いだ」
「……待って。私は別に追い出すつもりはない。むしろアナタには、そのまま私の体内にいてほしい」
「い、いったいなにをいって!」
「んだユア!」
オレはユアの言葉に驚きを隠せない。今まで散々、オレが翻弄されてるのをお前は見てきただろ!
「……でも、コレでルキウスとお揃いになれる。そうすれば制御のために一緒に修行もできる。それに」
「それに?」
「……今の姿、とてもかっこいい」
早速ユアらしさが炸裂する。コイツの場合、オレのためなのも事実だろうが、カッコイイと思ってんのもまた事実である可能性が高い。なんなら、そっちがメインまである。
そして、コイツが一度そう決めた以上は、覆すことは子どもの駄々をやめさせるより難しいのだ。
「じょうだんでしょう? こんなみにくいすがた!」
「……そう?」
ユアは首を傾げる。まあ、オレもあまり醜いとは思わない。つーか醜さで言えば、オレの悪魔の姿のほうがよっぽどだ。
「ほんとう?」
ヒビは子どものような口調で尋ねる。
「……うん。だから一緒に行こ?」
「そ、そこまでいうなら……」
ヒビは顔を赤らめると、髪の毛や尻尾が徐々に小さくしていき、やがて元の姿へと変化した。どうやら内面は思ってた以上に幼いらしい。いや、まだ精神が完全に復活してなかったのか?
とにかく、コレでユアが操られる事態を脱することができたはずだ。それがまさか、ヒビをまるごと受け入れる形で決着するとは思わなかったけどな。
「ユアさんって大物ね」
武藤有希が呆れ混じりに呟く。その言葉に、オレは鼻が高くなる気分だった。へっ、すげえだろウチのユアは? オレの自慢の女だ。
「……つかれた」
槍を抜いたユアがそう言うと、うつ伏せにバタリと倒れた。おそらく、魔族の力を宿したことで疲労が来たのだろう。
それを察知したオレは、すぐにユアを抱え起こしにいった。
「大丈夫か? 傷つけちまってすまない」
「……ううん。土下座見れるからいい」
そしてそのまま見つめ合う形になる。しばらく沈黙が続いた所で、ユアが目を閉じて僅かに唇を尖らせた気がした。こ、これはキッスする流れなのか⁉
どどどどどうする⁉ 行くか? 行っちまうか⁉ けどこんな状況で行ってもいいのか? でもユアは準備を……
オレの脳内が混乱状態に陥っていると、ユアの方からガバっと唇を触れ合わせてきた。オレは思考がそこで完全に……キスってこんな感じなのか! 唇柔らけえ!
「ん? んん⁉」
「……うきうす」
いやちょっと待て! 舌まで入ってきてる! 待って待って! これ以上はヤバいって! ああああああ!
ゴツン! ゴツン!
「痛ってえ!」
「……痛い」
すると突然、頭を鈍い音ともに痛みが襲った。
「馬鹿野郎! いくらいい感じになってからって、こんな所で盛ってんじゃねえ!」
どうやら痛みの主はジジイだったらしい。拳を痛めてるのに、わざわざ殴りに来たみたいだ。
その説教と拳に、オレたちのテンションは急激に萎んでいく。
これでよかった……のか?
オレはユアを助けられたはずなのに、なんとも言えない消化不良感に襲われた。




