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白馬の王子様の居候生活


 真っ白な部屋、ベッド以外にはほとんど家具も何もない。


 まるで無菌の研究室のような部屋で、僕は目覚めた。


 僕は起き抜けのぼんやりとした意識の中で、自分の置かれた状況を把握しようと部屋を観察する。しかし、分かったのはこの部屋には何も無いことと、埃っぽさがないことから手入れが行き届いていることぐらいだった。


 今度は自分の格好を確認する。服装は制服から病衣に着替えさせられており、頭を触ってみると包帯が巻かれていた。


 僕は得られた情報から、誰かがここに運んで手当てをしてくれたのだと推理した。



 誰がここまで運んで手当をしてくれたのだろう?



 僕の記憶の中にある最後の記憶は、紅い瞳に手を伸ばした所だった。つまりその紅い瞳の持ち主、僕にとってのお姫様がここまで運び、手当をしてくれた可能性が高い。



 コンコン



 軽くだが、確かに扉を叩く音がした。


 僕はそのノックの音にドキリと胸が高鳴り、瞬く間に心臓の心拍数が上がっていった。


 つ、ついにお姫様が……!?


 僕は深呼吸し、お姫様との邂逅に身構える。


「どうぞ」


 そして、大丈夫だと言い聞かせてからノックに答えた。



 ガチャリ



 扉はゆっくりと開かれていった。僕は息を飲み、お姫様との邂逅を待ち構える。


……しかし、入ってきたのは珍妙な格好をした女性だった。僕はその容姿から本能的に自分のお姫様ではないと判断した。というより、僕のお姫様がこんな変態な訳がないと信じたかった。



 何故ならその女性は、下着姿に白衣というあまりにも痴女めいた格好をしていたからだ。



「目は覚めたようだな」


 白衣の女性は表情を崩すことなく淡々と述べる。


「ええ、あなたの格好のおかげでイヤでも覚醒しましたよ」


「目が泳いでいるぞ。本能と理性のぶつかり合いが見て取れる」


 僕は顔を朱に染めて目を逸らした。物心がついてから男所帯で生活してきた僕にとって、女性の下着姿に免疫がない。         


 オマケにその女性は、均整の取れたプロポーションをしているもんだから、ますます目に毒だった。


「ほっといて下さい!ところで、あなたが私を助けてくれたんですか?」


 僕は白衣の女性に目線を合わせず質問する。


 白衣の女性は薄く笑みを浮かべて


「人にモノを頼むときは目を見て言うものだ。それができないのならば、君の望む解答をくれてやる訳にはいかないな」


 と、強引な論法で僕に無理難題を押し付けてきた。


「い、いいでしょう」


 僕はチラチラと白衣の女性に目線を合わせる。


 けど、やっぱり直視するのは照れくささと常識観から躊躇われた。


「中々かわいい反応するじゃないか。しかし、これじゃあいつまで経っても話が進まないな。仕方ない、頑張ったご褒美に君の望む情報をやるとしよう」


 どうやら白衣の女性は満足したようだった。ぼくは安堵と同時に少しだけ残念な気持ちになる。


「君を助けたのは私じゃないし、私のような女でもない。安心しろ。むしろ真逆と言ってもいいな」


 彼女はからかうような口調で言い残し、部屋から出ていこうとする。しかし、ドアノブに手を掛けた所で


「ああ、そうそう。君のダメージは既に完治している。後遺症の心配もないだろう。その包帯はフリだ。痛みがないのなら外してしまって構わない」


 と告げてから今度こそ部屋から出ていった。


 台風一過。僕の脳内にはそんな言葉が思い浮かんだ。



 コンコン



 しかし、秋の台風のように間髪入れずに再びノックの音が聞こえてきた。僕は再び息を飲む。


 こ、今度こそ、僕のお姫様だ。ま、まずは、お礼を言うところからだな!


 僕は脳内で会ってからのシュミレーションを始め、抜け作にならないように注意して声に応じた。


「ど、どうぞ」


 僕の声は僅かに震えていた。心臓は心拍数をぐんぐん上昇させ、身体はあちこちから発汗していた。



 ガチャリ



 部屋の扉はゆっくりと開かれる。僕は自らのお姫様との邂逅にゴクリと唾を飲み込んだ。


 そして、次の瞬間。僕は彼女に釘付けになっていた。それもそのはず。だって、入ってきたのは──



「えっと……大丈夫?」



 僕は少女の姿にしばらく言葉を失った。


 僕の脳内で既視感が暴れ回る。その少女を見た瞬間に頭に掛かっていたモヤが晴れ、夢の中で何度も見た、少女の顔を思い出した。



 僕は知っている。この少女を。ずっと前から。



 少女の姿は、僕が何度も夢に見た、紅い瞳の少女そのまんまだったのだ。


 その容姿は僕の好みドンピシャだった。艷やかなボブカットの黒髪に、どこか儚げな印象を与える顔つき、線が細いスラッとしたスタイル、その何もかもが好みを貫いていた。


 僕は脳天に、雷を食らったような衝撃を受けた。



 間違いない! この人だ!



 僕は、予定通りに一目惚れした。


 脳内でカチカチと歯車が噛み合うように、彼女をお姫様と判断し、生涯この少女に尽くすビジョンをも幻視した。



 僕はこの子を幸せにするために今生きている!



 僕の暴走する妄想は、己の生存理由を悟るまでに至った。



「あの、もしも〜し?」


 少女は僕の反応に少し慄きつつも呼びかける。少女の反応は僕の想定外の反応に困惑している様子だった。


 ああ、そうだ。何か言わないとね。

 僕は少女の反応を愛おしく思いながら、極めて穏やかな気持ちで彼女に送る言葉を探した。そして



「愛しています」



 僕は開口一番、少女に愛の告白をした。


「ほえ!?」


 彼女のリアクションも当然だ。いくらなんでも過程を飛ばしすぎである。


「えっ? えっ? えっ?」


 少女は顔を真っ赤にして困惑していた。さらに僕は畳みかける。


「今のは冗談じゃないんだ。僕は君を愛している。結婚を前提にお付き合いして欲しい」


「い、いきなり!?」


 少女は自分の状況を掴めずにあわあわしておる。無理もないことだろう。僕と少女の温度差には大きく差があるはずだ。



 でも、構わない。



「僕は、ずっと君を探していたんだ。君に会える日を、楽しみにしていたんだ」


「ほ、ほんとう?」


 少女は僕の言葉を聞いて目を潤ませる。満更でもない表情に僕は歓喜した。


「本当だとも」


 僕は付け加える。


「今日、ここで初めて君と出会うことができた。これは運命だ。間違いない」


「今日、初めて……」


 しかし、少女は今の言葉に何か思うところがあるのか、途端に目を伏せてしまう。


「どうしたんだい?」


 僕は少女の異変に気づき優しく問いかける。


「アーサーは私のこと、覚えてないのね」


 少女はそう言って、喜んでいるのか悲しんでいるのか分からない曖昧な表情を浮かべた。



 覚えて……ない? そういえば、彼女は僕の名前を呼んでいた! まさか、過去にどこかで出会ったことがあるのか!?



 僕は過去の記憶領域にすぐさま検索をかけ、自分の記憶の中で唯一思い当たる節を見つけた。


「もしかして、君も夢の中で?」


 僕は少女に尋ねる。僕の思い当たる節とは、自分の見ていた夢の経験だった。


「夢?」


 しかし、少女は僕の意図を測りかねているようだった。



 まあ、違うよね。



 僕は少女の振る舞いに心の中で納得する。


「その反応だと違ったみたいだね。もしよかったら、僕たちがいつ出会っていたのか教えてくれないかい?」


 僕は単純な興味からに少女に質問する。しかし、少女は戸惑うように視線を泳がせながら


「それは……自分で、思い出してくれると助かる。私がそのことを言うのは、あなたの傷を無闇に開くことになるかもしれない。もしかしたら、忘れてるなら忘れたままの方が……」


 と苦しげに、言葉を紡ぐように僕に意味深な言葉を告げた。


「……わかった。君との本当の出会いは自分で思い出すよ。けど、もし思い出すことができたら、その時は改めて僕の返事に答えてほしい」


 僕は少女の提案をあっさりと受け入れる。僕としても少女の発言はとても気になる。本当は、今すぐにでも問い詰めて聞き出したかった。けど、それ以上に辛そうにする少女を僕は見ていられなかった。


 僕は少女に精一杯優しい眼差しを向ける。分かった、と。君には言えない事情があるんだね、と伝えるために。それは、もしかしたら自分の思い込みかもしれないけど、でも、そうあってほしいと信じている。


「返事って……あっ」


 少女は僕の言葉に気づいて頬を染める。そして



「もし、あなたが私との思い出を思い出してそれでも、わ、私を好きでいてくれるなら! 私はあなたの思いに答える! 私もあなたのことが好きだから!」


 

 少女はくし立てるように早口になりながらも、僕の想いに返事をした。


「えっ? それって……」


 僕は少女の発言に驚いて聞き返す。まさか聞き間違いじゃないよな? なあ?


「だから、条件付きだけどオッケーってこと! 何度も言わせないで!」


 少女は顔を紅くしながら怒ったように言った。えっ? うそ? マジ?


「い、いいの?」


 僕はさっきの少女のように度肝を抜かれる。


「う、うん」


 少女が頷いて返事をすると、僕も少女もお互い気恥ずかしくなり、まともに会話を交わすことができなくなってしまった。


「やれやれ、まさかここまで大胆なことになるとはな」


「うわ!」

「ひょあ!」


 僕と有希はいきなり襲い掛かる来訪者の声に飛び上がる。


 2人でシンクロするように振り返ると、そこにはさっきの下着白衣の女性が立っていた。


「もう! 明美ってばいきなりびっくりさせないでよ!」


 少女は抗議するように白衣の女性に檄を飛ばす。


 白衣の女性はそれに対して怯む様子もなく


「むしろ感謝してほしいぐらいだがな。君らが初々しすぎるから、ちっとも話が先に進まない」


 と少女の発言に対して真っ当な反論をした。


 少女はその言葉に反論が浮かばないのか、ウッと言葉を詰まらせ


「そ、それもそうね。まだアーサーは私の名前を知らないものね」


 と浮かばない反論を取り繕うように白衣の女性の意見に賛同した。



「いや、ちょっと待ってほしい」



 しかし、僕はそのまま自己紹介になる流れを断ち切るように言葉を差し込む。


「な、なに? 私がアーサーの名前を知ってるのは……」


 少女は僕の発言の意図を勘違いしているようだった。それも確かに気になるけど、今は聞くつもりはない。


 これは僕の立場として言わねばならないことだった。


「まず始めに言わなきゃいけないことがあるんだ」


 僕はお姫様に会ったら言おうと思っていた言葉を告げた。



「助けてくれてありがとう。君のおかげで助かった」

「えっ……うん! どういたしまして!」



 僕の言葉に少女は虚をつかれて驚くものの、その言葉の意味を理解した後は嬉しそうに微笑みを浮かべた。


 うっ! その笑顔は反則だ。


 僕もその笑顔に顔を朱に染めつつも、言ってよかったと心の底から満足した。


 さて、最初に言うべきことは言った。これでようやく自己紹介に入れる。


「僕の名前はアーサー・P・ウィリアムズ。よろしくお姫様」


 僕は続けざまに自己紹介をする。


「そんな、お姫さまだなんて……」


 少女は僕の言葉に恥ずかしそうに照れる。


 ああ、いいな。やっぱり。僕はこの子の反応ならいつまでも見ていられそうだ。


「おい、おべっかにデレデレするのはいいが会話を続けたまえ」


 白衣の女性は照れる少女に釘を刺す。少女はその言葉によって我に返り、コホンと咳払いをして


「そ、そうね。私も自己紹介しないと。私は武藤有希。よろしくね王子様」


 と僕の言葉への趣向返しのつもりか、ニコッと微笑んで王子様とつけ加える。

 

 やめろ。そういうのはダメだ。くっそ照れる。


 僕はその言葉に口をムニムニさせてニヤけるのをなんとか堪えていた。


 好きになった人に自分の夢(王子様)なんて言われたら嬉しいに決まってるじゃないか。

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