文化祭
「……オレは必要なかったんだ。代わりはもういたんだ」
悪魔がオレを羽交い締めにしながら、嘆くようにつぶやく。
「そして、その子どもであるお前も」
首筋に痛みがする。オレは噛まれてるのか?
ドクン
「すまなかったな。父親として何もしてやれなかった」
何を抜かしやがる。お前は何もしなきゃよかったんだ。そうすりゃあ、オレが産まれることも、ユヒとアヒが1人になることもなかったんだ。
「本能の赴くままに生きるがいい。それこそが父親としての、最初で最後の望みだ」
本当にオレの幸せを願ってたんなら、アンタはなにもせず、ひっそりと生きていればよかったんだ。
「はぁ、嫌なこと思い出しちまったぜ」
オレは目を開くと眉間に皺を寄せる。どうやらさっきのは夢だったらしい。夢っつうか過去か。不快なモン見せやがって。
「……起きた?」
「まあな。それより早いな。オレよりも先に起きてるなんて珍しい」
「……今日はなんの日か忘れたの?」
「忘れてねえよ。今日は文化祭、オレの仕事をする日だろ」
オレがジジイとバトってから2週間、アレから俺たちはほとんど変化がない。早々に学校祭に送りつけるものを決めてしまったユアは、アレからほとんど食っちゃ寝をしていた。
「いま着替えるから、お前は外で待ってろ」
「……別に気にしないのに」
「オレが気になんだよ。いいからとっとと出ろ」
オレはユアを部屋から引っ張っていく。コイツはジロジロと見てくるから、着替えすら落ち着いてできねえ。
ユアを部屋の外に連れ出すと、オレはココに来て買った私服に袖を通す。一応、すぐに戦闘服に着替えられるように、中に変身タイツも着込んでいた。これでいつでも戦える。
今日、もしくは明日は死闘を演じることになるかもしれない。そして、そうなれば武藤有希を相手にするのはユアだろう。オレはその間、アーサーを足止めするのが役割になる。
だがオレの本当の役割はそうじゃねえ。オレの本当の役割は──
「よく考えたら決めてなかったな。本当に武藤有希を殺しに行く必要あるのか?」
「……しないの? むしろノリノリなんだと思ってた」
「おい、なんでお前はここにいるんだ?」
「……よく考えたら鍵があったから」
「だからって普通入ってくるか? 常識的に考えて」
「……テヘッ」
「かわいく誤魔化すぐらいならとっとと出ていけ。下が着替えられないだろうか」
「……ディラーノのおじさんが倒せないのなら、武藤有希を倒せるのは私だけ。それはルキウスも分かってるでしょ?」
ユアは着替えが見れないのが不服なのか、不貞腐れたように言い捨てて部屋から出ていった。普通、男の着替えを覗くか? いや、コイツは自分も堂々と着替えるのか。
ハァとオレはため息をつく。ユアというまったく新しい人間になっても、魅力的であることには違いはない。
──これで、強くなけりゃよかったのにな。
ユアの言っていることは事実だ。オレの知る限りで、タイマンで武藤有希を倒せる可能性があるのはコイツだけだろう。それを否定することはオレにはできない。
だからこそ戦わせなくないんだがな。
「もっとも、こうなったのはオレのせいなんだけどな」
オレは、どうしようもない過去を嘆いてため息をついた。
時刻は午前8時。生徒会による打ち上げ花火が、文化祭の開催を祝して鳴らされていた。
僕たち2年13組は、昨日から泊まり込みで出し物の準備をしていた。繰り返し何度もリハーサルをし、本番までにクリアすべき問題はすべて片付けてあった。
もちろん、僕は演じるにあたって有希の脚本を読んでいる。色々と言いたいことはあるが、その感想は本番で演じきった際に伝えようと思う。ただ先に所感を述べておけば、コレがどう過去と繋がるのかイマイチ分からなかった。分かる人がいたらぜひ教えてほしい。参考にしたいから。
ちなみにだが、2年13組のシンデレラは大きく3つのシナリオがある。
1つ目は有希の書いたシナリオ、通称『ユキデレラ』。2つ目は響也が書いたシナリオの『ヤミデレラ』。最後は裕大が書いた『チャラデレラ』だ。それぞれ少しずつシナリオを変化させて上映する。
有希のシナリオを基準とすれば『ヤミデレラ』は本家シンデレラに近い、オーソドックスなシナリオだ。違う点を上げるならば、最後にシンデレラと駆け落ちするエンドになっているぐらいだろう。
『チャラデレラ』はもっと本家に近い。王子様の格好がチャラいことと、最終的にイジワルな姉妹全員娶る以外は基本的には同じだ。
で、そんな3つのシナリオを1日目、2日目で分けて上映する。割り振りとしては『ユキデレラ』が1・2日目の午後、『ヤミデレラ』が1日目の午前中、そして『チャラデレラ』が2日目の午前中だ。
そんなわけで、僕と有希は午前中は基本的に暇なのだ。
なら何をするか? そんなモノは夏祭りで花火を見るより明らかだろう。
文化祭初日。少し暗雲が垂れかかってはいるが雨は降っていなかった。僕は晴天が好きなので、こういうモヤッとした天気はあまり好きじゃない。
「そうなんだ。私はこういう天気好きだけどなぁ」
しかしその隣、肩を並べて歩く有希はそうではない様子だ。
「へぇ、そうなんだ。でもどうして?」
「なんて言うのかな、曇り空が私の心模様を表してる気がするんだよね。私の心象風景を具現化したら、きっと灰色だから」
「えっと、よくわかんないんだけど気分がよくないってこと?」
もしそうなら介抱してあげないと。
「いやそうじゃないんだけど。まあ、私は太陽みたいな人じゃないって思ってくれればいいよ。鬱屈した部分がある感じ」
「いまいち理解しにくいけど、要は明るい子じゃないってこと? 僕は影がある感じが好きだから問題ないかな。影のある女性ってなんか、儚い感じするし」
「そ、そう? アーサーってホントに裏切らないよね」
有希は予想外の反応に顔を紅くする。
「どちらかと言えば、有希が僕受け要素モリモリって言う方が正しいかな。元気のいい子は僕の手に余るし」
「アーサーって陰キャみたいなこと言うよね」
「内向的と言ってくれ。男子とバカやるのは好きなんだけど、女子と騒ぐのはどうも……」
僕たちは周りからはイタイと思われそうな話をしながら校内を歩いていた。
何をしているのかと言えば、他のクラスの出し物を見て回っているのだ。文化祭は出し物を出すだけじゃない。出し物を楽しむのも立派な行事への参加だ。
「さて、まずは何から見ていこうか?」
「まあ適当に行きましょ? その過程で、寂れた一角を探したいし」
「? どういうこと?」
今日の有希は妙におかしなことを言うね。
「私ね、祭りの端っこの喧騒から離れた雰囲気が好きなの。中心は疲れるから、その周りで眺めていたいっていうか」
「有希も陰キャみたいなことを言うね。それってつまり、合コンでウェーイできないみたいなことでしょ?」
「確かにできない……っていうかそれはアーサーもでしょ? そうじゃなくて、私はね、場末フェチなのよ」
「ばすえ?」
「そう、デパートの端っこのベンチとか普段使われてないトイレとか。そんな感じの場所」
「なんかインモラルだね。少なくとも、そんな所に君がいたら幽霊と勘違いしてしまいそうだよ」
「まあ、やってることは近いわね」
有希は口元に手を当てて笑う。いいなぁ、こういう感じ。そうまるでデー……
「あっ、これって」
「どうしたの?」
よく考えたら、これって有希とのデートになるのか? いや待て、これ初デートか? なんで僕は今までデートに誘わなかったんだ? 仮にも恋人同士なのに!
「なぁ有希。これってもしかしてデートになるのかな?」
「言われてみたらそうかも。じゃあデートってことにしましょうか?」
「初デートだね」
「そうかな? そうかも?」
「よし、有希さん。手でも繋ぎましょうか」
「いいよ、ほい」
有希は特にドキドキとかすることもなく、普通に僕に手を差し出してきた。もしかして、有希はデートとか思ってないのか?
まあいいか。とりあえず手を繋ごう。
僕は有希の手を取る。スベスベして少しひんやりしていた。




